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音のない声。

             byスイチ








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2004年02月21日(土) 『泡沫の街』3


+ヨン+

 外。
 シティの外に出るのは、これが初めてだ。
 外に出る許可は、あっさり下りた。サキヤの四年目にして初めての里帰りだからだ。頻繁になると許可も取りにくくなる。

 サキヤが突然訪ねて来た日の、翌週の日曜日。
モバイルPCといくつかの身の回りの物だけをバッグに詰めて、洋服を着る。
 シティ内ではあまり着ることの無いコートも、必要だとサキヤに説明されたのでクロゼットから引っ張り出す。
 準備が整ったところで、玄関のベルが鳴った。
 ドアを開けると、サキヤ。
「おはよう」
「うん、おはよう、ヒダカ」
 サキヤは不安で顔を曇らせていた。
「大丈夫だよ」
 根拠の無い僕の頼りないセリフに、それでもサキヤは表情を和らげてくれた。
「行こうか、サキヤ」
 うん、としっかりと頷き、サキヤが歩き始める。僕もそれに続いた。

 シティの最北。
 シティと外を繋ぐゲートまでやってきた。
 ドアに近付くと、シュウと音を立ててゆっくりと開く。中に入るとまた扉が有り、その扉は開いていた。部屋の向こうにまた扉が見える。
 今開いている扉の隣に、カードリーダーが設置されていた。
『IDカードヲリードサセテクダサイ』
 プログラムされた声が、スピーカーから流れる。
 サキヤがIDカードを取りだし、スロットさせた。
『IDナンバー、イッチシマシタ』
 シュウと音を立て、その向こう側の扉が開く。
 二人で並んでドアをくぐった。
 途端、扉は閉められた。
 一つ先の部屋の扉を開いていき、通った扉はすぐに閉まってしまう仕組みのようだ。
 次の部屋でも同様にカードを通す。扉が開く。
 また次の部屋でも同様に次の扉が開き、僕らは同時に足を踏み出した。
 途端、ビィビィと警告音が鳴り響く。
『ニンズウガイッチシマセン。ニンズウガイッチシマセン。スミヤカニタイシツシテクダサイ』
 しまった。
 タイミングがずれたか。

 外へ出る許可が下りたのは、サキヤだけだった。
 僕は許可が下りるどころか申請さえしていない。純血である僕に許可が下りないのは、目に見えていたからだ。

「走って、ヒダカ!」
 僕がうろたえた瞬間、サキヤの声が飛ぶ。
「あ、ああ」
 閉まりかけたドアを急いで通り越し、警告音の鳴り響く部屋を走り抜ける。
 先刻カードで開けた扉が、最後の扉らしかった。向こう側に眩い太陽光が見える。
 しかしその扉も警告音と共に閉じようとしていた。
 全力で走る。
「くっそぉ……!」
 走りながら肩から斜めにかけていたバッグを下ろし、扉目掛けて思い切り投げ付けた。
 ガンッ!
 閉まりかけていた扉にバッグがちょうど挟まるようになり、安全装置が働いて扉が再び全開する。
 こう云った重要な施設の扉は、一度安全装置が働いたら次は最後まで閉まるように設計されている筈だ。
 耳にまとわりつくような警告音を聞きながら、光に向かって全力で駆けぬけた。
 半分ほど閉じかけた扉を、まず僕がくぐった。
「っ!」
 眩しい太陽光が僕を突き刺して、一瞬視力が効かなくなる。
 すぐに視力が回復しシティの方を振り返った。
 サキヤがすぐそこまで来ていた。
「サキヤ!」
 扉のすぐそこまで来ていたのに、サキヤの手からIDカードが滑り落ちてしまった。
 ゆっくりと閉じていく扉。
 左手後ろの方に落ちたIDカードを急いで拾い上げ再び態勢を戻した時には、もうほとんど扉は閉まりかけていた。
 サキヤのスピードは、止まったことによって死んでしまっている。
「サキヤぁ!」
 声を張り上げて、扉に手をかけ身を乗り出し、手を差し出す。
 サキヤはそれを掴んだ。
 全ての力を振り絞ってドアを押し、同時に手を引くと、サキヤがその勢いで地面に転がり込むように扉を潜り抜けた。
 扉が閉まったのは、その直後だった。
 バッグの中のモバイルPCが、ぐしゃりと音を立てて潰される。PCの硬さのお陰で安全装置が働いたのだろう。
 緊張とか恐怖とか、そういう感情が綯交ぜになってしまっていて、しばらく動くことができなかった。何も考えられなかった。
 こういうの、初めてだ。
 心臓だけがばくばくといやに早く大きく打っている。
 サキヤも同じように固まったまま、扉を見詰めていた。
「ヒ…ダカ……」
 勢いで転がっていた僕たち二人は、サキヤの声をきっかけにようやくゆっくりと立ち上がる。
「いてて……」
 転がった時に顔をすりむいたみたいだ。
「大丈夫? ごめんね、ぼくの所為で……」
「それより早く逃げよう」
「う……うん」
 僕等は踵を返して、走り始めた。
 少し走って、シティを振り返る。
 ざぶん、と水の音がした。
「島……?」
 シティは、海に浮かぶ島だった。

+++

 ターミナルの裏の公園で、傷口を洗った。
「痛い? ……よね、傷だもん」
「大丈夫、大丈夫」
 こんな傷、たいした事無い。
「大丈夫じゃないよ、怪我してるんだよ? 駄目だよちゃんとしないと。ほら、じっとしてて」
 サキヤが僕の右の頬骨辺りに出来た傷に、バンソウコウを貼ってくれる。
 そんなサキヤの言動に、何故か笑ってしまった。
「な……なに? ヒダカ。ぼく、何かおかしい?」
 呆気に取られるサキヤに、首を横に振る。
 なんだかサキヤらしくて、と笑いながら告げると、サキヤも笑い出した。
「そうだよね。沈んでるぼくなんてぼくらしくないしさ」
「いや、そういうつもりじゃ……」
 そういうつもりではなかった。
 いつも元気でいろとか、笑っていろとか、思ってない。
 確かにそういうところがサキヤの長所だしいいなと思うけれど、だからと云ってそれを押し付けてサキヤが辛く感じるのは嫌だ。
「……そういうつもりじゃあなくて……」
 でも、それを上手く伝えることができない。感情が上手く言葉に出来なくて、戸惑う。
「ヒダカ、ありがとう」
 そんな焦る僕を見かねて、サキヤが再び笑ってくれた。
「でもさ、ヒダカは手がかかる子だから、ぼくがしっかりしないとね」
 冗談めかして言う。
「ほら、お腹空いたでしょ。食事しよう?」
「あ、ドリンク……」
 潰されたバッグの中だ。バッグ無き今、僕はもう何も持っていない。
「ほら、また配給のドリンク。駄目だって言ってるでしょ。ちゃんと噛んでご飯食べなきゃ」
 サキヤがカバンを持って歩き始めた。
 歩いて数分の所にある建物の中に入っていく。サキヤが、ここは銀行だと説明してくれた。
 そこで通貨を下ろし、レストランで食事を摂る。
 山のように有るメニューの中から、僕はサンドウィッチとコーヒーを頼んだ。

 食事をしながらサキヤの家がどこにあるのか尋ねる。
「うーん。列車で三時間位かかると思う」
「そか。急がないと」
 明日はまたガッコウだ。きちんと授業に出るためには、夜までには帰らなければならない。宿題も有る。
「じゃぁ、コレ食べたら、もう列車で移動しようか」
 ナイフとフォークを器用に動かしながら、サキヤが微笑んだ。サキヤはマナーの成績も良い。
「うん」
 僕はサンドウィッチを手に取った。

+++

 列車の切符を購入し、車内に乗り込む。
 窓から景色が流れていくのを僕が物珍しそうに眺めている反面、サキヤは俯いたままであまり口を開かない。
 途中何度か乗り換えをして、約三時間後、目的の駅まで辿り着いた。
 切符を駅員に渡し、外へ出る。
 サキヤは少しそわそわと周りを見渡した。
「サキヤの家の近く?」
「うん。間違い無い。ここからバスに乗ってまた少し歩くけど」
 駅前に有るバス停でバスが来るのを待ち、それに乗り込む。
 バスを降りた頃には、少し日が傾きかけていた。


「サキヤの家?」
「……の、筈なんだけど……」
 辿り着いた一戸建ての家屋の門には、『売家』の札が掲げてあった。
 よくは見えないが、中に人が居る様子も無く殺伐としている。
 引っ越したのだろうか。
「……あはは……」
 酷く辛そうな表情で、乾いた笑い声。
「サキヤ?」
「あはは……はは……」
 それも徐々に弱まり、ぺたんと膝を突き、道路に座り込んでしまった。

 サキヤの家族は、サキヤに何の連絡も寄越さぬまま引っ越してしまった、と考えるのが妥当だろうか。
 家族を見てみるというのは、家族が自分を必要としているかということが知りたいわけで、居ると思っていた場所に居なかったということは、……。
「サキヤ……」
 言葉に詰まった。
 同じように隣に座り込み、そっと背中に手を添える。
「もう……駄目だぁ……。あはは」
 涙も流さず、サキヤはただ笑顔を貼りつけるだけだった。

+++

 夜が訪れた。
 コートが無かったらどうなってしまうんだろうか、と思う程、冬の夜は寒い。
 こんな夜を過ごすのは、初めてだった。
 公園のベンチ。
 通りを大人たちが楽しそうに談笑しながら歩いて行くのを何組も見た。
 大人が笑うところなんて、初めて見る。
 外のニンゲンはあんな風にするんだなと単純に感心しながら、サキヤにも笑って欲しいなと思っていた。
 
 サキヤは一言も発することなく、俯いたままで隣に座っている。
 声を掛けよう、何か気の利いたセリフを……と考えあぐねてタイミングをみているうちに、何時間もの時間が経過した。
 今晩はシティに帰られないかもしれない。
 初めてガッコウを休むことになるかもしれないというのに、何故か不安も焦りも感じられない。
 今頃シティではことがばれて問題になっているだろうか。
 しかしそんな考えも酷く現実味が無く、目の前のサキヤの問題のほうがずっとリアリティがあった。

 ピィッピィッ
「?」
 サキヤのカバンの中から、突然の電子音。
 はっとしたサキヤがごそごそとカバンを引っ掻き回し、PCを取り出す。
「ゴメン。アラームだった」
 公園の時計は午後十時を指している。
「一応十時には寝る準備始めるようにしてるんだ。それで」
 恥ずかしそうにアラームを切って、再びカバンの中にしまう。
 ようやくサキヤが口を開いてくれた。僕は胸を撫で下ろしたい気分だった。
「サキヤっ、あの」
 でも上手く言葉はつながらない。せっかくのきっかけだ。今を逃したら、また沈黙が続いてしまう。
「ゴメン、ヒダカ」
「……え?」
「折角あんなことまでして付いて来てもらったのにさ、無駄だった。ゴメン」
「そんな……」
 首を思い切り横に振る。
 辛いのはサキヤなのに。
「ヒダカ、そんな辛そうな表情しないで。ぼくなら全然平気だし。要らないと思われるぼくが悪いんだから」
「違うっ、サキヤは悪くないっ。要らなくないっ」
 ありがと、とサキヤは短く言って柔らかく微笑んだ。
 でも、全然笑えていない。
 胸が痛い。
「きっと何かの間違い……そうだ、本当にあの家?」
「……間違いないよ」
 僕の言葉に、首をゆるく振られた。
「ぼくの家族は、ぼくのことを置いて引越しした。これで全てだよ」
「ごめん、……ごめん……」
「どうしてヒダカが謝るの、ヒダカは少しも悪くないのに」
 傍に居て、一緒にここまで来たのに、僕には何も出来ない。
 よく解らない感情に胸を刺激されて、咽喉の奥が痛んだ。
 なんだこれ……。
「ヒダカ、泣くことないよ……」
「……っ……」
 僕は泣いていた。
 何故涙が出るのか、僕自身にもよく解らない。
 酷く咽喉が痛んで、目が熱い。
 それでも僕は「ごめん」と、ただサキヤに言い続けることしかできなかった。
 何も出来ない自分が情けない。
 サキヤが悲しんでいるのか辛い。
 そう思えば思う程、咽喉が痛む。
「ヒダカ……」
 僕の背中を撫でながら、サキヤも声を出さずに泣き出してしまった。

+++

 ドーム状の遊具の中で仮眠し朝方目が覚めたら、サキヤは既に起きていた。
「おはよう」
 やはり目元は少し腫れていて、笑顔も無理しているように見えてしまう。

 公園から出ると、再びサキヤの家の前。
「サキヤ……」
「うん。大丈夫。帰ったら、また一緒に勉強しよう」
 にこりと笑う彼に、僕はただ頷くだけで応えた。
 家に背を向け、一歩踏み出す。
 その途端、遠くから子どもの声がした。
「おにいちゃーん!」
 何気なく振り返ると、僕よりも早く振り返っていたサキヤが、目を見開いている。
 そうしている隙にその子どもは僕たちのところへ走り寄ってきた。
「おにいちゃん。おにいちゃんだよね?」
 あどけない高い声で、たどたどしい言葉を繋げる。
 その言葉は、サキヤに向けられていた。
「……?」
 サキヤの口から、小さな声がこぼれる。
「シイナ……?」
「おにいちゃん!」
 ようやく僕らのところへ辿り着いたその子どもは、ぴょこんとサキヤに飛び付いた。
「もしかして……」
「…………多分、妹」
 確かに四歳くらいだ。幼稚園の制服らしき洋服を着ている。
「どうして、こんなとこに。どうしてぼくのこと……」
 サキヤは目の前のことが理解出来ないらしく、ぱくぱくと口を開く。
 呆然とする僕ら二人を尻目に、その子はぱぁっと明るい表情でしゃべり始めた。
「おにいちゃん、シイナのピアノ、きいてくれるの?」
 妹を目の前にして何も訊けないでいるサキヤの代わりに、僕は彼女と視線の高さを合わせた。
「シイナちゃん? どうしてお兄ちゃんのこと判るの?」
「おしゃしん、いつもみてるの」
「ここ、お家?」
 売家になった家を指指す。
「うーうん。ここは、まえのおうち」
 サキヤがぎゅっと手を握り締めた。
「……やっぱり、引越したんだ。……もういいよ、帰ろう、ヒダカ」
 妹に背を向け、歩き始めてしまった。
「サキヤ……」
「いいよ、帰ろう」
「よくない。ちゃんと訊こう? ……シイナちゃん、どうして引っ越したか判る?」
 そうまくし立てるように質問すると、彼女は人差し指の先を軽く咥えるようにして考え込んだ。
「うんとねぇ、ひろい、から」
「広いから?」
「うん。ママがね、パパとママとシイナだけだと、ひろすぎてイヤだって、いったの」
 それはつまり。
「お兄ちゃんが居ないから?」
「うん。ひろいと、いっぱいいっぱい、さみしくなるからだって」
「サキヤ……」
 声を掛けると、サキヤは僕たちから少し離れたところで俯いていた。
「ねぇ、おにいちゃん、かえってきたの? パパがネ、おにいちゃんはおべんきょうができるから、いいとこにいったんだよって、いってたヨ」
 今度は僕が尋ねられてしまった。
「……それは……」
 サキヤ次第だ。
 サキヤは家族に必要とされている。
 それを理解するのは当初の目的だった。サキヤはこれで、悲しい思いをしなくても済むのだ。
 でも、……でも。
「サキヤ……」
 サキヤはこのまま家族のもとへ帰ってしまうだろうか。
「シイナ」
 サキヤが妹の肩に手をかけた。
「お兄ちゃんと会ったこと、パパとママには内緒だよ」
「え?」
 急の約束に、思わず僕が先に反応してしまった。
 シイナちゃんはゆっくりと首をかしげる。
「どうしてぇ?」
「お兄ちゃんはね、帰らない。パパが教えてくれたように、お兄ちゃん、いいところでお勉強してるから」
 シイナちゃんは腑に落ちないと云った様に再び首をかしげた。
「ねえ、いいところって、どんなところ?」
「ヒミツ」
 サキヤは意地悪をするように、にっこりと笑ってシイナちゃんの唇に人差し指をちょんと当てた。
 彼女は大きな瞳を何度も瞬かせた。

「ねえ、どうしてシイナはここに居るの?」
「…………」
 顔面蒼白といった感じで、シイナちゃんが俯く。
「……迷子?」
 僕とサキヤで、顔を見合わせる。
「ようちえんばすに、のったの。そしたら、おうちがみえたの」
「それで抜け出してきたってことか……」
「幼稚園の名前、判る?」
「うん!」
 元気に幼稚園の名前を言うシイナちゃんの頭を撫でて、サキヤはモバイルPCを取り出した。
 ネットで検索にかけて場所を調べるつもりのようだ。
「サキヤ、新しい家じゃなくていいのか?」
 だいたいの住所を聞いたら、きっと辿り着くことは出来るはずだ。
 母親ならまだ家に居る確率も高かろう。
「……いいんだ。幼稚園に送るよ」
 検索結果が表示される。
「行こうか、シイナ」
 PCをしまい、シイナの手を繋ぐ。それから反対側の手を僕と繋ぐように言った。
 僕とサキヤの間で嬉しそうにしているシイナちゃん。
 歩く時にこういう風に手を繋ぐのは歩行の邪魔にならないか? と思ったけれど、何故か不思議と温かい気持ちになった。
 シイナちゃんの速度に合わせて、ゆっくりと歩く。

「あ、ようちえん!」
 二十分程歩いたところで、シイナちゃんは明るい声を上げた。
 園庭からは子どもの声が聞こえてくる。あまりに喧しいので初めは喧嘩でもしているのかと思ったが、どうやら遊んでいるらしい。
「じゃあ、シイナ、お兄ちゃんとはここでお別れだよ」
 幼稚園の手前で、サキヤは歩を止めてシイナちゃんの手を離した。
 彼女は不安そうな表情で、サキヤを見上げている。
「……ばいばいなの?」
「そう。……元気でね、シイナ」
 ベレー帽の頭を、そっと撫でてやる。
 シイナちゃんは急に幼稚園用のカバンの中をごそごそとやりはじめた。
 そして中から取り出したものを、サキヤに手渡す。
「これね、きのうようちえんで、せんせいとつくったの。おにいちゃんにあげる」
「……ありがとう」
「おにいちゃんにも」
 とてとてとシイナちゃんが僕の方に走り寄り、同じように手を出してきた。
 僕が手を出すと、シイナちゃんの手のひらから僕の手の中に、ころんと転がり込む。
 シイナちゃんは満面の笑みを浮かべて走り出した。
「ありがとう、おにいちゃんたち」
 一度門の前で振り返り、大きく手を振る。僕たちもそれに応えて、大きく手を振った。
 シイナちゃんは子どもたちの歓声の中へ、溶け込んだ。

 シイナちゃんに渡されたのは、細長いピンクのプラスティック容器とストローだった。
「シャボン玉……」
 容器の蓋を開けて、中に詰まった水溶液にストローを漬ける。
 ふうっと勢い良く息を吹き込むと、ストローの先から液が散ってしまっただけだった。
「あれ……」
 うまくいかないな……と少し落ち込みながらサキヤの方を見ると、彼は上手に数多の球体を吹き出していた。
「うわ……サキヤ上手い」
 僕たちを取り巻く淡い七色の球体にそっと指を触れると、それは当たり前のように弾けて消えてしまった。
 日に照らされ、弾け散った後の霧状の水溶液がキラキラと輝く。
 僕らはしばらくその光景を見入っていた。
「ヒダカ、帰ろうか……」
 シャボン玉を吹く事を止め、サキヤはくるりと僕の方を向く。
 サキヤの目的は、果たされた。
「でも……」
 それでいいのだろうか。
 サキヤは必要とされていた。それで、シティに帰って、サキヤは満足なのだろうか。
「いいんだよ」
 言葉を繋げられないで居る僕の心を見透かしたように、サキヤは笑って言った。
「帰ろう」
 と。

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