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音のない声。

             byスイチ








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2004年02月20日(金) 『泡沫の街』4


+ゴ+

 一週間。
 一週間の間、僕はガッコウへも行けず外出することも許されず、サキヤと通信することさえも出来なかった。
 監察処分を受け、四六時中見張られている生活。
 そんな生活が一週間続いて、僕はようやく解放された。
 登校してクラスに入ると、いの一番サキヤが飛んできた。
「ヒダカ!」
 急いで席を立ち走り寄ってくるので、途中いくつも椅子や机にぶつかっていた。
「おはよう」
 その姿が妙に可笑しくて笑いながら挨拶すると、サキヤは脱力したように僕を凝視した後溜息を吐いた。
「ヒダカ、なんだか余裕だね……」
「そんなことない」
 外から戻ってきてから直ぐに連絡を絶たれていたのだ。サキヤと話したいことは色々あったし、気分もなんだかいつもと違った。
 一週間も欠席を重ねた僕の登校と、騒ぎ立てるサキヤに、流石に視線が集まった。
 普段は僕らのことなんか見向きもしないのに。
「学食、行かない?」
 その視線に気付いたのか、サキヤが僕の制服の裾を引っ張って言った。
 カバンを机の横にかけ、サキヤに続いてクラスを出る。
 学食で、今日は初めて僕がサキヤの分まで注文した。
 野菜入りのリゾットを口へ運ぶ。
 なかなか美味しいなと思いながらサキヤの方を見ると、彼は少しも箸を進めていなかった。
「サキヤ、食べないのか?」
 俯いたままのサキヤに問いかけると、首を横に振る。
 一体どうしたのかと口を開こうとしたところで、サキヤはテーブルに手を突いて頭を深く下げた。
「ゴメン、ヒダカ」
 呆気に取られてスプンを握ったままその様子を見詰めていると、ゆっくりとサキヤが頭を上げる。
「僕の所為で、ヒダカ、一週間も謹慎でおまけに監察なんて……気分悪かっただろう? それに、折角1クラスに上がったのに、2クラスに落とされて……」
「な…んだ。そんなこと」
 土下座のようなことまでされて謝ってくるので、これから何が起こるのかと内心かなり焦ってしまっていた。
「そんなこと、じゃないよ……」
 心底申し訳なさそうに、しゅんとしているサキヤに無理矢理箸を持たせる。
 なんか今日の僕、いつものサキヤのようだなと思う。
「ヒ…ヒダカ?」
「ごめん、ちょっと可笑しくて」
 僕、外に行ってから、少し変わったのかもしれない。
 サキヤと一緒に居て得てきた物に、またプラスされたような気がする。
「クラスなら、次、一緒に上がればいいし」
「そうかもしれないけど……」
 依然として申し訳なさそうな表情をしたままで、箸をぎゅっと握り締めている。
「サキヤの不安が取り除かれたら、それでいい。良かった」
 そしてガッコウで再びサキヤと会うことが出来て、本当に良かった。
 彼が家族に必要とされていて安心したのと同時に、彼がシティから去ってしまうのではないかという不安がさらに膨れ上がってしまっていた。
 それでもサキヤは、帰ろうと言ってこの街へ戻ることを望んでくれたのだ。
「……ヒダカ、聞いてくれる?」
 僕とは対照的に、思いつめたような表情でサキヤが言う。
「うん……何?」
 また少しドキ、として、それを表に出さないようにしながらサキヤの言葉を促す。
「ゴメン。ぼく、最低だ……」
 何を言い出すんだよ……と呆気に取られて何も言えないで居ると、サキヤは益々落ち込んだように俯いた。
「ゴメン、ヒダカがそんな風に思ってくれてると思うと、なかなか言い出せなくて。ずっと黙ってたんだ……」
 振り絞るような声で言葉を繋ぐサキヤは、辛そうで痛々しい。
 きゅうと僕の胸が痛んだ。
「なに……を?」
「ぼくが必要か確かめたいなんて、思ってなかった」
「ど…ういう、こと?」
「最初から、必要とされてないって決め付けてたんだ。ほんとはね、幸せそうにしてる家族を見たら、復讐しようと思ってた。無茶苦茶にしたいって思ってた」
「サキヤ……」
「ゴメン、ヒダカの気持ち踏みにじるみたいなこと……」
「そ…か……」
 どんな気持ちだったんだろう。
 僕に外へついてきてくれと告げた時、家族が引っ越してしまったと知った時、シイナちゃんを見た時、家族のことを聞いた時。
「復讐……出来た?」
 出来たわけがない。
 売家を見た時は酷く落ち込んでいたし、シイナちゃんと会った時は、立派なお兄ちゃんをしていた。
 復讐とか、きっと頭からすっかり抜け落ちていて、必死だったように思う。
 でもサキヤは、困ったようにちらっと僕の顔を見て、
「うん、ちょっと」
 と続けた。
「え、そうなの?」
「シイナに、ぼくのこと言うなとか、いいところに居るんだとか言った」
 それ…が、ちょっと実行した復讐?
「きっとシイナは隠せないよ。ぼくが来たことを言ってしまうと思う」
 シイナちゃんが父親と母親に兄のことを告げたら。
 きっとまたサキヤのことを鮮明に思い出してしまい、母親は余計に寂しくなるだろう。
 そもそもシイナちゃんが、サキヤの写真を常日頃目にしている状況なのだ。
「ぼく、最低だ。ゴメン」
 でも、でも寂しいのは家族だけじゃない。サキヤだって今までずっと辛い思いをしてきた。家族に捨てられたと思い、シティからのプレッシャーも感じながら。
 そしてまた、罪悪感に押し潰されて。
「サキヤ、えらかった」
 家族のことを恨む気持ちは肥大していた筈なのに。
「よく頑張った」
 きっと滅茶苦茶にしようと思えば出来た筈だったのに、結局サキヤは何もしなかった。
 精一杯の強がりを残すだけしか。
「サキヤは最低じゃない。謝ることない」
「ヒダカぁ……」
 ぎゅっと瞑ったサキヤの目尻から、涙が零れる。

「ありがとう、サキヤ」
「それ、ぼくのセリフだと思うけど……」
 手の甲で涙を拭いながら不思議そうに首をかしげるサキヤに、僕はもう一度、ありがとうと呟いた。

+++

 僕はこの街で生まれた。
 この街で育った。
 この街で学習をし、自己の能力を生かし、いずれこの街の為になる仕事をするだろう。

 それが正しいことなのか、間違ったことなのか。
 僕には判らない。
 正しいとか間違っているとか、そんなことを考えること自体、酷くくだらないと思っていた。
 ただ全てが馬鹿馬鹿しいと思っていて、ガッコウもシティもニンゲンも、意味の無い、価値の無いものにしか思えなくて。
 自分の感情すら、理解できなかった。

 今は?
 今は……。

 僕には、シティには……価値があるのだろうか。

 そもそも、この街――Lシティは何故生まれたのだろう。
 四百平方キロメートル足らずの島で、外とは隔離された街。
 一切の生活苦を取り除かれる代わりに、知能だけでニンゲンは判断され、優劣を決められる。
 研究、開発、外の企業への助力……仕事は山のように有る。
 財政ももちろん潤う。
 が、それが目的か?

 うっすらと知り得た外の生活と自分たちの生活にあまりに差が有りすぎて、理解できない。
 僕たちの生活が普通だと捉えた時、外のニンゲンのしていることはあまりに愚かではなかろうか。
 反対に外が普通だと捕らえると、僕たちは酷く意味がないことをやっているように思える。

 僕たちは、一体何故上を目指しつづけるんだ?
 僕たちはシティにとって、何なのだろう。

+++

「サキヤ……」
 監察処分が終了して丁度一週間目の朝、通学途中にサキヤと出会った。
 僕らは外へ出て以来、地下通路よりも地上から移動することが増えた。
 こっちの方が気持ちいい。
「ヒダカ、おはよう」
 サキヤがにこりと微笑む。
 しかし僕の表情を覗きこんでから、少し表情を曇らせた。
「どうしたの? 元気、無い」
「元気無くはない。大丈夫」
「嘘。じゃあ、何か悩み事でもある?」
「……」
 くだらないかもしれない、こんなことを考えるのは。
 どうなるかわからない。
 それでも、僕は決めてしまった。
「サキヤ、僕、管理タワーに行ってみようと思う」
 サキヤは、何を言っているのか解らない、と云った様に首を小さくかしげて僕を見詰めた。
 僕がそれ以上何も言わないでいると、少しずつ理解したようで、驚いた表情になる。
「それって……侵入するってこと?」
 僕は少しためらった後、うん、と首を縦に一度振る。
「そ……か。じゃあ、ぼくも行く」
「え?」
「だって、ヒダカもぼくの為に外についてきてくれた。だからぼくも、ヒダカの迷惑にならないならついて行きたい」
 優しい表情。
「迷惑なはず、無いだろ」
「良かった」

 僕たちはロッカーにカバンを放り込んで、駆け出した。
 答えは有るのか判らないけれど。
 答えを、求めて。

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