「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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2005年07月31日(日) 取り組み

 持ち歩いていたカセットテープレコーダーが壊れてしまったのでICレコーダーを買いました。説明書を開けてみると、なにやらいろんな事が書かれていました。これまで 「説明書」 という類のものを見ることが苦手でしたが、 「欲しくて買ったもの」 ですから、小さく心を躍らせながら1つずつ丁寧に読み砕いていきました。

 夕方からベトナムの女性達のところへ遊びに行き、覚えている最中の 「ベトナム語」 を少しだけ使ってみました。すると彼女達は 「じょうずね〜」 と言った後、「私の知らない言葉」 を教えてくれたり 「ベトナム語で質問」 をしてくれたりしました。 私は家でテープを聞くときに 「音の強さ」 や 「早さ」 やを意識して聞いてみて、口や舌や喉を 「どのように使っていけば同じ音が出るのか」 を考えながら練習していました。そして今日は、「勉強を始めて間もない私」でも 「ゆっくり」 を意識して発音していると通用する事がわかりました。実際には 「自分のベトナム語がすんなり受け入れられている事」 に驚いてしまったのですが、 「こんな感じでいいのかな?」 と迷いながらやっていた方法は 「継続」 しても良さそうなので、もうしばらくは今までと同じ方法で練習してみる事にします。

 今日は「彼女達との時間」 の中で、違う国の言葉を 「現地に住む人々から学んでいること」 を嬉しいと思いました。 「国境」 や 「言葉の違い」 を超えた 「心のある空間」 に居て、 「心を大切にした触れ合い」 の延長で 「言葉を学ぶ」 ことが出来ている自分。「出来る・出来ない」とは違う世界で、ごく自然に学ぶことが出来ている自分。・・・これからも同じような機会が増えればいいなと思います。そして私がいつもすることは、 「自分を大切に」して、「彼女達の純粋な心」 をも 「大切に出来る私」 としてそこに居ることなのです。
 
 もしもベトナム語をたくさん話せるようになってきたら・・・。
「ベトナム語」 で 「自分の心」 を 「語る」 ことが出来れば嬉しいなぁと思います。「ベトナムの言葉」 だけでなく、「いろんな国の言葉を使って話が出来る」と楽しいですよね。 私が 「語ることが出来たベトナム語」 は 「私が練習してきた分だけのもの」 でした。「癒やした分だけ楽になった」というのと同じことだと考えると、「当然である」と言えるとも思うのです。毎日毎日少しずつ、「昨日よりもちょっとだけ成長している自分で居るよう、「自分を見つめていけばいい」のです。

  
 私は今日、これまで「積極的には語らない事」をしてきた「私の将来」を、「ベトナムの女性達」 の前で語りました。私がこれまで 「まだ語らない」 としてきたのは、「今はまだ語る時期ではない」 と思っていたからでした。 その根拠は 「もっと自分に自信が付いてから」 とか、 「それをやれるという確信を持ててから」というような事のように思います。 そして今日、初めて「積極的に語った自分の未来」。  「確信」 は昨日や一昨日と同じくらいにあるだけです。 「他者に語ること」 が出来たのは、又少し、 「完璧主義」 から離れられ、「出来ても出来なくてもどちらでもいいね」 と思える自分が居たからかもしれません。そして、それでも私はこれからも 「自分の将来」 を「思い描いていられる私」 として生きていくのです。


「自分の将来」 を 「現実のもの」 に出来るよう、「毎日を生きていこう」。23:40


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