「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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2005年07月15日(金) やさしく息を。

 昨晩「体を冷やした」ことで、「背中の痛み」 はうんと小さくなっていました。そして私は今夜も 「昨日と同じ体験をしてみたい」 と思ったので、昨日と同じように水をはり、昨日と同じように体を付けてみました。 けれど今日は昨日のように 「冷たさが心地よい」 とは感じません。 「それなら出ようか」 と思う私ですが、どこかで 「満たされていない自分」 を感じたので、 じっと自分に心を傾けていました。 しばらくすると 「両方の肩」 が 「熱を持っている」 と感じたので、左右の肩が水に浸かるように体勢を整えてみました。 冷たい水が肩にかかり、ひんやりとした感に  何故か 「心」 が 「ホッ」 としました。 頭には 「細胞」 とか 「緻密さ」 とか、「繊細さ」 という言葉が浮かびました。  私の体は 「ロボット」 ではないから、「冷やしすぎた部分」 は 「温まりたくて」、 「熱を持った部分」 は  「冷えたい」 のだと、自分の肩に教えられたようでした。そして、子どもの頃の私も 「冷やしたりない部分」 を 「冷やしてほしい」 と望んでいたのだと知りました。 ふと、足元の傷跡に視線が行きました。  これまで 「外見上の傷」 を気にした事はありませんでしたが、 あの頃もう少し冷やしておけば 「傷跡は今よりも小さく済んだのだろうか」 と考えました。 けれどすぐに 「少し違う」 と思いました。 私にとっては 「皮膚の状態」 は小さな問題で、 大切な事は、火傷を負ったことの 「心の傷」 は  「私が自覚するよりもうんと深かった」 ということなのです。 そして今は、自分の体の細部に心を照らし、温めたり冷やしたりしながら、自分を守っているのですから、 「これはとても大きな能力」 と思えました。  さらに、私が本当に 「火傷をした自分の苦しさ」 を 「直視」 できたのは 今回が始めてではないかとさえ思えました。
 私は今、生きているから、 「怪我」 も 「火傷」 も、「自分の治癒力」 で治していく事が出来ますね。 「息がかかることさえ痛かった傷」 は今はうんと小さくなりましたね。

 もしも子どもの頃の私に出会ったら・・・。私はこれからも 「傷んだ部分」 を 「私のぬくもり」 で 「やさしく包みこんでいく」 事でしょう。 それはきっとこんな感じ。「触れたことさえ気付かない」 ほどのそっとやさしい 「ぬくもり」 で、「自分をあたためて」 いく 「感覚」。

 


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