「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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2004年06月12日(土) |
社会に出てみたら。「無気力な人」が出来た理由 |
「たくさんの能力を持って社会に出てみよう!」と思い飛び立ったものの、今日もまた意外と簡単に巻き込まれてしまいました・・・。 朝は楽しく職場へ行き、そこで優越感を見た途端に私は完全にタイムトリップしていました。仕事をしている自分が誰かはわかるけれど、その辺を歩いている人の名前が思い出せない。でも今日は職員の名前だけは分かる。何をすればいいのだっけ。考える力はゼロでした。それでも何とか仕事をしながらふとそこで、他者に受け入れられようとしている自分に気が付いたのです。「ありゃりゃ、これか・・」ということで、午後からはいくらか落ち着いた心で社会の中にいることが出来ました。
落ち着いてみると、いろんなものが見えてきました。社会にはいろいろな情景が見えます。それぞれの場面で動いて語っている人々を見ながら、私は自分がこれまで考えてきた事をわずかに思い出していました。
「私は社会の価値観を全部捨てても、自分自身で生きる能力をたくさん持っている」
夕方、職場の一人は私に対して怒りをあらわにしました。怒りの原因はその人にとっては当然のものだろうと思えました。そして私には私の業務の流れと気持ちがありました。さらに私は、私自身を否定しているその人に対して、私が言えることは何も無いことも分かっていて、更に更に、その人が怒っているのは本当は私の責任ではないことも理解していました。そう考えられると、このことに関しては巻き込まれることも無く後の仕事をこなしている私なのでした。
家に帰り部屋に張り巡らされている能力のリストをぐるりと見渡しました。それは間違いなく私が日々考え、混乱と脱皮を繰り返しながら得た私だけの能力、私の肌にしみこんだ能力でした。
これからの私は、社会に出るたびに何かを掴み能力へと変えていくのかもしれません。
ところで私は今日とてもすごい事を発見したので、これは過去のことなのですが此処に書いておきます。
私の中に“無気力な人格”がいます。もうずっと前から、私がマイナスの存在としてみてきた彼女は職場で度々登場していたのです。これが困るのです。この人格で居る私は自分を卑下し「つまらない存在だ」と言い続け、自分の生き方がまったく分からない人なのです。
私は「私達が適材適所で入れ替わり生き延びてきた」と考えた場合、職場でFBした時にその人が現実に出てくる理由が分からずにいたのですが、今夜ついにその謎が解けたのです。
無気力な人への人格交代は“ 支配したい人 ” の前で起こっていたのです。簡単に言うと “ 共依存関係 ” と言っても良いですか? 私達は過去、無意識の世界で “ 目の前の人はどういう人か ” を探り、それに応じて人格を変え相手に受け入れられるように生き伸びてきました。このことは「優越感を持つと相手に劣等感を持たせる」事とは全く違う部分のものです。 無気力な私は、目の前の人が「勝ちたい人、支配したい人」だと分かると「私なんて何も出来ない、駄目な人間、劣等感を持ってる自分だ」と訴える事で相手に受け入れられようとしてきたのです。つまり無気力な人格の私は自分よりも強いと感じる人に依存する生き方をしようとしてきたのです。 やはり・・適材適所なのですね。どの人格も・・。 そして私は次の発見にとても驚いてしまいました。 こんな人格が出来てしまったのには、過去の母親との不快な事実があったのです。母親は自分よりも小さくて、当然ながら自分よりも弱い存在の私を自分の人生の競争相手に選んだのです。 私が思春期の頃、母親は私と同じように身体や衣服を飾りたがりましたし、今でも社会を歩けば時々同じような光景を見かけますが、その次元よりもうんと低い、私の年齢が小さな頃にその競争は行われていたのです。母親は私に勝つことに喜びを感じ、そして私は母親に受け入れられる為に「無力な自分」として生きてきたのです。
私は実は、「無気力な自分」をどうしたら良いのか分からずにいたので、今夜この大きな傷を発見できたことは、とても大きな発見だったのです。こんな日の私は、この作業をしてきて本当に良かったなぁと実感します。
さて・・じつは、この人格は過去の私のパートナーの前でも度々出現していました。ということは、彼は支配したい人だったのですね。何しろ私達は過去に、生き延びる事だけを考えて生きていたのだから。
私は今日とても強い味方を得ました。それは “ 自分自身 ” です。 社会に出てみたら、私は多くの事を発見できるのですね。これからも。22:58
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