SEOUL×FIGHTER 
ソウルファイターあすかの戦う日々とそうでもない日々。

2003年12月10日(水) 父の日記7。

9時、病院に予約をしてくれる。

カズコ(次女)と私の中学の恩師、細野先生が
三浦にある心療内科を予約してくれたらしい。



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※これがまた不思議なご縁で
「細野」といえば私の通ってた中学ではスパルタ教育で
生徒の全てから怖く恐れられ
先生には申し訳ないけどかなり嫌われていた先生だったんです。

所が私が高校へ進学し、偶然途中でお会いして
お家まで車で送ってもらったことがありまして
車内での話も「誰々は元気か?誰々とは会ったりしてるのか?」と
生徒の名前をフルネームで克明に覚えていたのだ。
ちょっと感動だったなー。

中学の先生の殆どが、卒業してその場限りの付き合いだったのに
細野先生だけは、その時も尚わたし達の事を
気にかけていてくれていたのだ。

金八みたいな先生って本当にいるんだなって
と、この時私は思った。

細野先生と会ったのも話したのも、それっきり。

私にはもう一人お世話になっている先生がいた。
調理部の顧問の沢井先生。

高校を卒業して、仲のよかった友達と三人で
沢井先生のお宅を一回訪ねたのだけど、やっぱりそれきり
先生と会う事はなかった。

それから何年が経っただろうか
私は韓国へ生活の拠点を移し「ソウルファイター」を
出版する事になって、思い切って沢井先生に
出版の報告の手紙を出してみた。

返事はすぐ来て、先生はすぐ注文を取ってくれた様で
生徒さんたちにもすいぶん宣伝してくれたらしい。

「よくがんばったね!先生誇らしいし、嬉しいよ!!」

そんな内容の手紙だった。
メアドも書いてあったので、お礼にメールをすると
しばらくして返事が来た。

「私は機械オンチなので、ある先生に全部操作してもらったの。
なんと細野先生なんだよ」

お二人とも、私の通っていた母校とは別の
中学に移られていたのだけど、なんとこんな形でお二人の
恩師と再会することが出来た。

またそれからしばらくして時間が経ち
先生たちとも疎遠になり始めていた頃
今度は姉の中学の同窓会のパーティで細野先生と再会したらしい。

韓国から帰国している事を姉が伝えてくれたらしく
「ぜひ会おうね」と声をかけていてくれたらしい。

姉はすぐに連絡をくれたけど
鬱の症状が出てて、あまりいい返事は出来なかった。

私も私なりにネットで必死に心療内科を検索したのだが
これといってピンとくる所がない。

もっと強い抗鬱剤を出されて自殺したという話もきいた。

姉は藁にもすがる思いで、細野先生に連絡をしてくれ
すると先生は別の学校に移られ
なんと校長先生になられているというではないか。

先生は何箇所か心当たりの有るいい医者を紹介してくれ
その中の一つへ予約を取ってもらった。


沢井先生へのメール。
姉の中学の同窓会。

不思議に繋がった縁。



この二つが無かったら、私は本当にこの世にいなかったかもしれない。
そう思うと本当に細野先生には感謝してもしきれない。
細野先生、それからお姉ちゃん本当にありがとう。

どう診察されるか、正直こわいけど
明日頑張ってお医者さんに行ってきます。


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