SEOUL×FIGHTER 
ソウルファイターあすかの戦う日々とそうでもない日々。

2003年08月18日(月) 大好きだよ。

淡々と作業中。
時々、意識がなくなって気が付くと眠っていたりします。

物にあふれた中、横になれるスペースを確保して
よく眠れると思うけど、意外に眠れるものです。

今回の事があって、今までの人生で一番人と話したような
気がします。いつも誰かがチャットで声をかけてくれて
電話をくれています。

日本に帰省していた小巻ちゃんから電話がありました。
以前、殿方との食事会に付き添ってくれた小巻ちゃん。

あのヤキモキしてた時間、当時すごく切なかったけど
こうなってみて、あの時が一番幸せだったような気がします。


でも、どんだけ悔やんでも過去の事・・。


私の経験を日記で書くことによって
一人でもうまくいく人が増えてくれることを祈ってます。
殿方は特例かもしれないですけど・・。

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何かを察したのでしょうか。
実家の両親から電話が来ました。

「韓国に戻ってから全然連絡来ないから心配してたぞ」と。

何事もないように話しているうちに
声が震えているのが自分でもわかりました。

何か変だなって思ったんでしょうか。
父が「なんだ、どうしたんだ。何かあったのか。どっか痛いのか」

声が出ませんでした。
多分「帰りたい」って言っちゃうから。


「今、環境が変わり始めてて
なんだか心細くって、少し不安なんだ。だけど頑張るから」


「体が大丈夫ならいいけど、辛かったらいつでも戻ってきなさい」と父。

気が付いたら、鼻水がいっぱい出ていました。
泣きそうになってるのを抑えるのだけで精一杯でした。


「大丈夫。だけど、こんな年になっても
迷惑かけてばっかりでごめんね。
こんなんだけど、私はお父さんとお母さん大好きだから」


多分、親に対して「好き」って
言ったのは生まれて初めてだと思います。

何でこんな時「好き」って言葉が出たのか、自分でもわかりません。

そしたら、父は笑いながら
「お父さんもお母さんもお前が大好きだよ。
だから何も心配する事なんてない」と言ってくれました。

無口で素直じゃなくて
いつも何を考えてるかわからない、あの父の口からです。

それでもう十分です。

気力だけで動いてきた一週間が
この一言で救われました。


元気を出して、遅い夕飯にカップラーメンを作りました。
浄水器のボタン、間違えて水を入れてました。

冷やしラーメンは美味しくなかったです。


 < モドル  モクヂ  ススム >


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