風の行方...深真珠

 

 

しねん - 2005年07月05日(火)

目の前にビルがある。
六本木ヒルズのようなビルだ。
もう少し正確に言えば、円柱ではなく四角柱であり、
全面ガラス張りのいわゆる「近代的」なビルだ。
僕は下からビルを見上げる。
ガラスには空の雲が映りこんでいる。
そこにビルがあると知らなければ、何もない空を見上げてる気分になるほど、
はっきりと綺麗に映っている。

隣に老人が立つ。
「こんにちは」と挨拶をするが、返事はない。
「この建物はダメじゃ」押し殺すような声で老人が言う。
「何がダメなんですか?近代的でいいじゃないですか」と僕は言う。
僕は本当に素敵な建物だと思っていた。
「な〜んもわかっとりゃせん」と半ば諦めたような声で老人は言う。
そのまま老人は続ける。
「この建物には、思念というものがない」
「建物に思念というものがあるのですか?」
「あるわ」と突然小さい女の子が表れて、無表情のまま言った。
「うん、あるな」老人と少女はグルなのか?

「建物の思念とは何ですか?ガラス張りがまずいのですか?」
「いや、別にガラス張りでもかまわんよ。」
「デザイナーがダメってことですか?」
「いいえ、そういう意味ではないわ」
「このビルには、コンセプトがないということですか?」
「こんせぷと」と老人はゆっくりと一文字一文字言葉にした。
それはまるで氷の表面を滑るように周りの空気を乱さずに僕の中をすり抜けていった。
「こんせぷとについて何も知らないけれど、たぶんそれではないわ。」
「では、どういう意味なのですか?」
二人が交互に話をするので、僕は少しずつ混乱してきた。
「思念は思念じゃよ。他の何者でもない」
「思念とはそもそも何ですか?」
「そんなこともわかっちゃおらんのか」
「かわいそうな人ね」

「辞書で思念って言葉を調べてみていいですか?」とたずねてみた。
「じしょ」さきほどと同じように無感情で老人はつぶやく。
「調べたらいいわ」と少女は言う。
やはり、この二人はグルなのだろうか?
「そしたら、ちょっと辞書のあるところまでいってきます」とどこかへ向かおうとしたとき、
「それだったら、私がもってるわ。」と少女が言った。
少女を見ると、右手に確かに辞書が握られていた。
分厚い広辞苑だった。
次の瞬間には少女は「シネン」のページを開いていた。
「このジショによると、
 し-ねん(思念)常に心にかけること。考え思うこと。
 と書かれているわ。」
「そういう意味なんですか?」とどちらかに言った。
「おぬしの世界では思念とはそういう意味なのか?」
「たぶん、そうだと思います。辞書にそう書いてあるので」
「ジショには正しいことが書いてあるの?」
「そうだと思います。」
「それなら、おぬしの世界では思念とはそういう意味なのじゃろう。
 しかし、厳密に言えば、わしはそういうことを言っているわけではない」

続く


...




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