Sail ho!
Tohko HAYAMA
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Sail ho!:映画「マスター&コマンダー」と海洋冒険小説の海外情報日記
ニワトリ号と宝島の原画展
東京の銀座教文館書店、6Fナルニアホールで開催されている「福音館書店古典童話シリーズ原画展」 http://www.kyobunkwan.co.jp/narnia/na_event
ここに寺島龍一画伯の「ニワトリ号一番のり」の表紙原画と、「宝島」の挿画の数々が展示されている、と教えていただいて、先週の仕事帰りに行ってきました。 寺島画伯は、日本語訳の「指輪物語」と「ホビットの冒険」の挿画で御存じの方が多いと思います。
「ニワトリ号…」の表紙原画は水彩かポスターカラーだと思うのですが、帆の陰影が素晴らしい。 ニワトリ号はチャイナ・クリッパー。カティサーク号と同じく中国からの新茶輸送を競った快速帆船です。 とにかく速く航走ることが命!ハードカバー本の表紙を飾るニワトリ号は、持ち得る帆全てに一杯の風を受けて、最大船速で波をかきたてて行く姿、今で言えばまるでボルボオーシャン・レースを見ているような…海洋小説の表紙は帆船と決まっていても、ここまで迫力のある表紙にはなかなかお目にかかれません。 (ジェフ・ハントの表紙は本当に素晴らしいのですが、いかんせん文庫サイズという悲しさが…)
「ニワトリ号一番のり」は小学校の図書室にありました。でも自分自身では持っていませんでした。 小6のとき、アーサー・ランサムの帆船や海の物語にすっかりはまった後、この表紙に惹かれて一度手にはとったのですが、正直いってその時にはあまり強い印象はなく、親にたのんで買ってもらうには到らなかったのです。 当時は買ってもらえる本(児童文学ですから当然ハードカバーです)が限られていたので、私はニワトリ号よりアーサー・ランサムとローラ・インガルズ・ワイルダー(「大草原の小さな家」!)を優先して、この本は小学校の図書室とともにお別れしてしまいました。
でも今は、もう大人。欲しい本は自分で買ってもいい。 こんな綺麗な表紙の本を忘れていたなんて!原画展の会場で私は、(生頼範義画伯の「武揚伝(開陽丸)」以来の)帆船表紙ハードカバー「ジャケ買い(?)」をして、この本をもう一度読みなおしました。
「ニワトリ号…」の主人公はチャイナ・クリッパー(中国から新茶を一番早く英国に届ける快速帆船)ブラック・ゴーントレット号の二等航海士クルーザー・トルズベリー22才、物語のはじまりでゴーントレット号(ニワトリ号ではありません、ここ注目!)は、中国福州からの帰路航海にあるのですが、大西洋のど真ん中で無風帯に入ってしまいます。
一等航海士は一週間前に事故死していて、船長は無風状態にイライラしており、というよりも船長は昨年わずかの差で「一番に新茶を届ける」栄誉を逃したことから、今年こそはというプレッシャーに押しつぶされかかって、神経衰弱状態になっている。 船長は二等航海士のトールズベリーに八つ当たりのような態度に出、水夫の間にも問題が起こる…というような話が最初の45ページほど続くのですが、こういう話を12才の子供が面白いと思うかというと、…それはちょっとやっぱり、昔の私はこの本を読むには早すぎたよね…と言わざるをえません。
12才の私に船長の孤独など理解できる筈もなく、イライラして部下に八つ当たりして嫌な船長と思っていたでしょうし、船が沈みかけていて水樽を持ってこいと言われているのにラム酒を探しに行っちゃう水夫にあきれたことでしょう。それがごく普通に起こりえることだとはあの頃にはわかりませんでしたから。 もちろん、いろいろ読んだ後の今は、わかります。 子供には退屈かもしれませんけれど、こういう細かいところを微細に書いてあるところが、リアリティを出していて嬉しい。子供の頃には退屈だったところが、こんなに面白いなんて!
…いやでも、この面白さを12才の子供に理解しろと言っても、やっぱり無理というものではありませんか? この本、日本ではどうして「児童文学」のくくりなんでしょう?
この福音館の古典シリーズは、古典作品を子供に紹介することを目的に続くシリーズなので、アーサー王も三銃士もレ・ミゼラブルもこのシリーズに含まれています。児童文学に古典があることは問題ないのですが、 三銃士など他の作品は、大人向け文庫や映画などがもほかにもあり、物語の味や重要性がわかる年齢になった時に再度出会うことが出来るのに対して(私「三銃士」は高校生の時に講談社文庫でハマりました)、「ニワトリ号」はこの古典シリーズにしかないので、児童文学の書棚でしか出会えないことが問題なのではないかと。
この物語の作者ジョン・メイスフィールド(1878-1967)は、英国の詩人、小説家、劇作家。日本では児童文学のみが有名ですが、英国Wikipediaによれば、海洋小説、社会小説、児童文学と多岐にわたる小説を書いているようです。
メイスフィールド邦訳本 海洋小説: The Bird of Dawning(「ニワトリ号一番のり」木島平治郎訳、福音館書店) ノンフィクション Gallipori(「ガリポリ敗退記」中野好夫訳 古今書院1942年) 児童文学: The Midnaight Falk(「夜中出あるくものたち」石井桃子訳、評論社) The Box of Delight(「喜びの箱」石井桃子訳、評論社)
英国の分類ではニワトリ号は海洋小説になっています。
上記で児童文学とされる2作品は、じつは私は未読で、ネットであらすじを調べただけなのですが、2作品共通で一人の少年が主人公。 私掠船乗りだったひいおじいさんが宝物を隠したとされる屋敷に、夜な夜な魔女が現れる。少年は黒猫とキツネの助けを借りて屋敷内に隠された宝を探す…という物語のようですので、これは確かに児童文学だろうなぁと思われます。 それと比べるとニワトリ号の主人公は22才の二等航海士ですし、古典ではあっても児童文学と言えるのかどうか?
でも「古典」「児童文学」に分類されているからこそ、今でも入手できる!という特典もあります。 書籍の回転の速い出版業界、もしこれが「海洋小説」に分類されていたら、再版がかからず古本屋を探しまわるしかない!という事態になっているのでは?
チャイナクリッパーの話…というと、他に私はリチャード・ウッドマンの「大海の賭け」を思い出しますが、この本もう古本屋でもなかなか手に入らないでしょう? 「大海の賭け」のヒロインはチャイナクリッパーの船主の一人娘で、船主である父に同行して中国に航海しますが、新茶を積み込んでいざ出帆という時に、父が急に倒れて亡くなります。 ヒロインはクリッパーを相続するわけですが「英国に一番に新茶を届けなければいけない」状況なので、哀しみに浸っている暇もありません。クリッパーの船長は良からぬ男で、ヒロインを小娘とあなどって、あわよくば船を自分のものにしようとするのですが、賢い彼女は航海士の協力と支援を得て、船長とわたりあいながら、帰路航海一番乗りをめざす…という。スリルとサスペンスとロマンスもちょっとあり。
それに比べると「ニワトリ号…」は地味ですよ。 帆船の細部まで細かく描写されていて、でも児童文学なので訳が「なわばしご」になっていたりして、なわばしごってシュラウドのことかしら?とか逆に元の英語を想像しなければならないのでちょっと手こずりますが、 「ニワトリ号…」も波瀾万丈なことでは「大海の賭け」に劣りませんが、それは航海が波瀾万丈なのであって、ひたすら航海していると言えばそれだけでもあるし。もっとも、ゆえにより純粋に海洋小説と言える…という見方もありますが。 でもこの本が「児童文学」に分類されるゆえに、この挿絵とともに、この先何十年も本として残ってくれるのならば、回転の速い出版業界でいわゆる海洋小説が店頭から消えつつある昨今、海洋小説ファンとしてとてもありがたいことだと思います。
作者のジョン・メイスフィールドには船乗りの経験がありました。 微細でリアリティのある描写はなるほどと納得します。 幼くして両親を亡くしたメイスフィールドはおばの家に預けられましたが、13才で商船学校に入り、1894年、17才で船員として海に出ます。でも本が好きで、詩を書いていて、結局は詩人になるために陸に上がる決心をし、最初は絨毯工場で働きながら詩を書きますが、その才能を認められて詩人として世に知られるようになったそうです
彼の詩には海をうたったものが多く、日本語Wikipediaには「海洋冒険小説でよく引用されている」と書かれています。 20世紀に活躍された詩人ですから、ここで海洋冒険小説というと20世紀…第二次大戦以降ということになるのでしょうが、恥ずかしながら、ぱっとすぐに思い出せるものがなく、 ダグラス・リーマンで詩の引用はあまりないと思うし、ダドリ・ポープの第二次大戦モノも詩の引用はなかったような…、よく引用しているというとジャック・ヒギンズとか?でもヒギンズだと海洋冒険には限定されないでしょうし、うーん、誰の作品について言及されているんだろう、気になる〜、どなたか思い当たるフシがありましたら教えてくださいませ。
2012年10月14日(日)
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