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Sail ho!
Tohko HAYAMA
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Sail ho!:映画「マスター&コマンダー」と海洋冒険小説の海外情報日記
ジェフ・ハント氏の4つの理由に思う(中)

29日(日)は、横須賀に行ってきました。
日本海海戦100周年で、横須賀に保存されている記念艦「三笠」(日本海海戦時の東郷提督の旗艦)が無料公開されていたのです。

私は今年、可能であればトラファルガー200年記念の英国に行きたいと思っていますが、自国の100周年を差し置いて、よそ様の200周年もないものだと思いまして。
それに両方を見て空気に触れることで、英国と日本の違いのようなものが肌でわかったらいいな…とも思ったのです。

さて、オブライアン5巻のあとがきでジェフ・ハント氏は、
「かつてはどの国にもあった一つの国家意識というものが急速に失われていっている現在、はっきりとした国家意識をもった今より単純な世界をイギリス人は郷愁をもって振り返っている」
と述べています。

戦後の日本では、かつて極端な国家意識を持ったことへの一億総反省から、国家意識が希薄であり、おそらくそのためなのでしょう、日本海海戦100周年も英国のトラファルガー200年にように派手に祝われることはありません。

しかし第二次大戦中あれだけ団結して国を守り通し、先勝国となった英国人の国家意識が、現在は急速に失われていっている、というのは少々意外な感がありました。
でも確かに、イギリスのスパイ小説とアメリカのスパイ小説を読み比べて見ると、イギリス人作家の書くものは国家観がクール…というか客観的で他人事のように冷めていて、アメリカ作家のものとは全く違います。

アンディ・マクナブのニック・ストーンを主人公としたシリーズ(角川文庫)を読んでいると、イギリス人主人公と仕事相手のアメリカ人シークレットサービス(でしたっけ?ちょっと記憶が不確か)の価値観の違いが明らかなのですが、元軍人それもSASのキャリアを持つ主人公(実は作者もですが)の国家観が、あまりにも冷めているので驚きます。
これが急速に失われつつある、イギリスの国家意識の実態なのでしょうか?
あんなに夢中になって、国を上げて「トラファルガー200年」とか言っているのに?
でも逆に言えばやはり、今に無いものだから、200年記念にかこつけて夢中になっている…とも言えるかもしれませんが。

たしかに、EUという形で国境をなくそうとしているヨーロッパでは、どこの国も国家意識を主張してはやっていけないでしょうし、
現実問題として、今は国境を越えてイギリスにも、人やモノがどんどん入ってきています。

国際関係に目をむけても、地球温暖化だ、夏は40度だ、海面上昇だ、温室効果ガス削減だ、という時代に、「国益」を主張して京都議定書を批准しないような大国(イギリスではありませんよ)は…、やっぱり「国益」と書いてそのルビは「ワガママ」とふる?…とか思ってしまいますし。
21世紀は「国家」の時代ではないような。
その点、小説の世界に夢を見ている分には罪はないし、現代はうまくいくのかもしれません。

あぁでも、小説でもついていけなかったことが一度だけあったのですが。
バーナード・コーンウェルの「イーグルを奪え」は、ちょっと辛かったです。
旗というものは時に神聖視され、現代でも国旗は国家の代名詞。軍旗が崇高なものだという当時の価値観は、わからないではないのですが、でもこの小説ではその為にあまりにも多くの人がばたばたと死んでいき、旗一枚のために…と思ってはいけないのでしょうけれども、やはりそう考えてしまうとむなしさを感じてしまう。

…まぁこんなことを言うと「男のロマンは女にはわからん」と言われちゃうのかしら。でも申し訳ないけど、これだけは唯一、私がついていけなかった小説。
この小説がショーン・ビーンでTVドラマ化されたと最初に聞いた時は驚きましたが、実際に見てみたらTV版は相当アク抜きされてましたね。やっぱりお茶の間じゃないリビングに放映する以上、英国でもトーンダウンは必至なのでしょうか。

脱線ついでにもう一つ、これは「国」ではないかな? ご本人たちには国の意識かもしれませんが、
今回の5巻でひとつ、私的には大発見をしました…長年、英国の小説を読みながらこれに気づかなんだなんて…。
たいへん迂闊であった。おーまいごっど。

下巻のP.216、ジャックのひょうきんさの裏をスティーブンが読み取ってしまうシーン。
「ジャック・オーブリーという男は、もしもっとましなことを思いつかなかった時には、できかけの駄洒落を口にしながら死んでいくだろう」というくだりですが、ここ好きなんですけどね。
問題はスティーブンが、そういう船乗りの性質を「とりわけイングランド人くさくてときどきうんざりする」という目で見ていること。
これ、イングランド人なんですね。ブリテン島とアイルランド島の住人(現代で言うところの英国人)ではないのね。

そう言えば、冗談を連発するスコットランド人…知らないなぁ。皮肉じゃないジョークを明るく言うアイルランド人…読んだことないなぁ。
ウェールズ人はデータが無いけれども。
そうだったんだ。これって英国人ではなくってイングランド人のお家芸だったんですね。

「危機に陥るとジョークの冴える英国人」というイメージを、中学生だった私に埋め込んだのは007ジェームズ・ボンド=ロジャー・ムーアとイアン・フレミングの原作でした。
大学卒業前の春休みに生まれて初めて飛行機に乗って、香港に初の海外旅行をした時に、なんとエレベーター故障で英国人家族3人と私たち、箱の中に閉じこめられたことがありました。
初海外旅行、初トラブル。まだ英語もロクにしゃべれないのに、最初にかけつけたビルの管理人は広東語で何か言ってるけどさっぱりわからず。いつ動くのか出られるのかもわからず。
私たちの一人が「困ったわ。3時まで行って戻って来なければならないのに」と言ったところ、乗り合わせた見ず知らずの英国人が、
「大丈夫、安心しなさい。あなた達は最悪でも、午後3時にここにいるよ」と、それはたぶん午前10時頃の話。
思わず全員、笑ってしまいましたね。

さすが007の国の人だと、その時は感心したんですよ。普通のおじさんでもこうかと。
結局、30分くらいで故障は直ったんですけど。
以来、英国人=ジョークのイメージは決定的に。
でもこれ以降はイングランド人=ジョークに認識を修正します。いかんいかん、20年近く誤解していたことになる。

いちばんジョークの上手いイングランド人は、ラミジ・シリーズを書いたダドリ・ポープのように思います。
よくよく考えれば重い題材を、ジョークのオブラートにくるんでさらっと読ませてしまう。
「囮のテクニック・暗号編」の主人公たちはいずれも重い過去を背負い、そのうちの一人のジェイミーなどは明らかに、今で言うところのPTSDだと思うのですが、それを笑いとばして前向きにいき続けて。読んでる私たちに、悲壮感のかけらも感じさせない。たぶんこの3人が揃っていたら、ジャックと違って最後の瞬間にもジョークが完成するような気がしますが…、

それはたぶん、ポープの一生そのものの反映なのでしょう。大戦中に商船の士官候補生だったポープは、乗り組んだ船を撃沈され、その時の傷の後遺症を生涯かかえていたと聞きます。
もっとも、それを悲壮に言い立てることは、たぶんご本人の本意ではないでしょうから、私もポープの作品は面白おかしく、でも奥の痛みだけは忘れないようにして、楽しませていただこうと思っています。

あらら…、なんだか長くなってしまった。これはもう一回「つづく…」にせざるをえませんね。ごめんなさい。
まだ横須賀の報告をしていない。明日はその話をして、終わります。


2005年06月03日(金)