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Sail ho!
Tohko HAYAMA
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Sail ho!:映画「マスター&コマンダー」と海洋冒険小説の海外情報日記
ジェフ・ハント氏の4つの理由に思う(上)

【未読注意】5巻について、わずかなねたばれがあります。最後まで読み終わっていらっしゃらない方はご注意ください。
5月の第4週はけっこう盛り沢山な一週間でした。
マゼランとビクトリア号の凄まじい探検航海について調べ始めたらハマってしまい、その最中に5巻が発売になって、あとがきのジェフ・ハント氏の言葉に考えこむうちに日本海海戦100周年の日が来て、週末は横須賀に「三笠」を見学。
ハント氏の言葉を実感する一週間だった…と言えるでしょう。

オブライアン5巻のあとがきの中で、表紙画を担当した海洋画家のジェフ・ハントは、英国で帆船小説に人気がある理由を4つ上げています。
その二つ目が「この時代は戦いの時代であって、人びとが危険を負い、勇気をもち、個人の冒険心や独創心を発揮することが、いろいろな面で制約の多い現代よりも、大きかった」というもの。

ビクトリア号の航海を調べながら、そして5巻の波瀾万丈の航海を読みながら、これは実感としてうなづくことが出来ました。
いや、その…、ビクトリア号の航海って現代の感覚から見たら、冒険…などという程度ではすむものではありません。

考えてみてくださいな。
彼らは、どれほどの広さかわかっていないにもかかわらず、太平洋を渡ろうとしたのです。
結果として98日間、陸地を見ることができなくて、食料と水が尽きて、船の木を削って食べるんです。
命からがらたどりついたグアム島で村を襲って食料を略奪して、
食べるものを食べたら元気になって、1ヶ月後にはフィリピンのセブ島に現れて、
これをスペインの領土としようと現地住民に襲いかかって…、
懲りないというか何というか、…無茶苦茶。

現代に復元されたビクトリア号は、レーダーもエンジンも、GPSも通信機も装備しているわけですが、
これって別にズルをしているわけではないのです。
今は法律で、大海に出て行く船は、レーダー、通信機などを備えていなければならない決まりになっています。
でないと遭難して、傍迷惑ですから。

前回このビクトリア号の16世紀の探検航海を、今だったら太陽系外に出るようなものだと書きましたが、今だったら太陽系外に出るとしても、まず、こんなことは許されないでしょう。
1950〜60年代のアメリカの宇宙開発計画を描いた「ライトスタッフ」の映画だったか原作だったかに、NASAがまず実験動物を乗せたロケットを打ち上げようとすると、宇宙飛行士たちが「犬や猿を乗せるんなら俺たちを乗せろ!」と怒る話があったと思います。

けれども飛行士たちの意見は世間的には認められず、
飛行士を志願するような人は、昔の探検家の冒険心を持っていたのでしょうけれど、
火災事故があれば計画は慎重を期してスローダウンし、アポロ13号の事故の時は、全世界が無事の帰還を祈った。
全てが慎重にリスク管理された…現代とはそういう時代です。

現代に適合して生きていくためには、あまり冒険心や独創心が豊かではやっていけず…というかはみ出してしまい。
そんな管理された現代人の目からみると、
どこまでも懲りないマゼランや、伝染病や嵐や難破や越冬にもめげず、ぐいぐいと前に向かって進んでいくジャックは、ひ弱な現代人にはまぶしいですよね。
マゼランはちょっと激しすぎる…というかめまいがしますけど、ジャックの強靱さには惹きつけられます。

ケネス・ブラナー主演、1910年代の南極探検の実話を元にしたドラマ「シャクルトン」で、南極で危険を冒して助けを呼びに行く前に、ブラナー演じるシャクルトンがマット・デイ演じるハーレーに「私は死なない」と宣言するシーンがあります。
この状態でどうして彼はまだ自分を信じていられるのか、私には信じられないけれども、このシーンはやはり、見ていてシビレます。

私、5巻のジャック・オーブリーを、ラッセル・クロウで見たかった…とつくづく思うのですよ。
南へ南へ、レパード号が最悪の状況に落ちていく中、艦内が二つに割れて、ボート隊が袂をわかち、それでも絶望することなくポンプを押し続けて島にたどりつく…この一連の過程のジャックをラッセルで。
ケネス・ブラナーのシャクルトンに勝るとも劣らない迫力だっただろうに。

…つづく。


2005年05月28日(土)