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Sail ho!
Tohko HAYAMA
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Sail ho!:映画「マスター&コマンダー」と海洋冒険小説の海外情報日記
船上のスローライフ

東京の連続猛暑は40日でやっと止まりました。
15日の明け方に強い雨が降って一挙に気温が下がって、「風が涼しい」というだけのことでこれほど幸福になれるとは…。
ドルドラムの後、雨に狂喜していた水兵さんたちの気持ちも、今はわかろうというものです。

7月末からの猛暑の1ヶ月、私の憩いはBSデジタル火曜日夜の紀行番組でした。
午後10時からBS-iで放映の「北欧スローライフ・クルーズ」
日本の豪華客船の、ヨーロッパ海の旅を紹介する1時間番組で、第一回が何時だったのかわからないのですが、私が初めて見たのは7月末のアムステルダム出航の回、船と一緒にカメラも旅するので、番組も船の速度でしか進みません。…ゆえにスローライフ。

猛暑の中を忙しくキィキィ言いながら仕事していた身には、北海クルーズでスローライフなんて、ほとんどファンタジーのような別世界。
この番組を1時間見ていると心がなごみ、暑さもカリカリもどこかにとんでいく。相手のゆったりペースに巻き込まれるというか…。
8月の第1週なんて、キール運河を抜けるだけで1回終わってしまったのですよ。今どきこんな悠長な番組…BSでもなければとてもではないけど放映できないでしょう。

8月第2週から船はバルト海に入り、ヘルシンキ、サンクト・ペテルブルグをまわって来週24日放映がコペンハーゲン、おそらくその日にうちか若しくは31日放映分でエアソン海峡を抜けて、再び北海に出るでしょう。
バルト海はホーンブロワー(決戦、バルト海)や、ボライソー(提督ボライソーの初陣、最後の勝利者)、オークショット(バルト海の猛き艦長)の舞台なので、ここ3回はいろいろ妄想にふけりながら、楽しく見ていました。


本当に船上生活はスローライフ、そして思うに、帆船時代の船の速度は、今見ている豪華客船のこの速度より、もっと遅かったのですよね。
嵐の中で記録したサプライズ号の最大船速12ノットも、時速にしたら20km強にすぎません。自転車よりちょっと速いくらいです。

船があの速度ですから、実際の海戦はたいへんゆっくり進みます。
M&C冒頭の最初の遭遇線とて、朝7時から始まって、舵のこわれたサプライズ号をボートで曳航していた連中が漕ぐのを止めた時には夜になってましたから、実際はまる1日がかりです。

夜明けとともにアケロン号に追われていることに気づいたサプライズ号が、総帆を張って逃げるシーン、正午にプリングスが艦長に「射程に入るまで、5時間ですかね?6時間ですかね?」と尋ねていますが、これってつまり1日中追われてるってことなんですよね、しかも相手はじりじりっと距離を詰めてきている。
当時の物語を読んでいて常に感嘆するのは、彼ら船乗りの持つ強靱な神経…というか粘り強さ。
最後の囮作戦だって、圧倒的に強力な敵艦が迫ってくるのを、じーっと息を殺して待ってるんですよ。砲列甲板なんて艦尾の窓ごしにじりじり近づいてくる相手がずっと見えてるんです。
怖いだろうと思うんです。でもそれを押し殺して待っていなければならないわけでしょう?

「いつも思うんですが、この時間がいちばん神経にこたえますね」
…というセリフが突然、脈絡もなくポコンと思い浮かぶのですが、出典はボライソーで、大砲を突き出した敵艦が迫ってきて血みどろ必至といった状況で、こちらにはどうしようもなく相手が迫ってくるのをただ見ていなければならないような状況に出てきたセリフ、これ何巻の何処でしたっけ?
リチャードに対してこんなセリフを言えるのは、ヘリックかキーンかインチぐらいだろうけれども。

私はせっかちな性分だし、訳のわからない状況でただ待っていることに耐えられないので(台風が来るとインターネットの台風針路情報を1時間おきにのぞくタイプ)下甲板待機…なんて絶対にイヤだ!とか思ってしまいます。
気の利いた艦長だと、そう思う部下の気持ちをよくわかっていて、頻繁に候補生を走らせて下甲板の指揮官に状況を中継していますが(私が艦長としてのバレンタイン・キーンが好きな理由の一つはこれだったりする)、ジャックもスティーブンのそんな気持ちをわかっていて、初弾の射程距離ギリギリまで甲板に同席させてたりしますね。そろそろ弾が当たりそうだな…と思うと「ドクター、下に降りる時間だよ」と、毎回くりかえされるこのエピソードというか開戦の儀式(?)が私はけっこう好きだったりします。


2004年08月20日(金)