Sail ho!
Tohko HAYAMA
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Sail ho!:映画「マスター&コマンダー」と海洋冒険小説の海外情報日記
艦長室の会話(その2)
艦長室の会話(その2)です。ネイグルの鞭打ちをめぐって対立するジャックとスティーブン。
今回も作成にあたっては、海洋小説掲示板の皆様の、多大なご協力をいただいています。ありがとうございました。
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J:I am not a flogging captain. (私は鞭打ち好きの艦長などではない) S:Hollom is a scapegoat for all the bad luck, real or imagined, on this voyage. (この航海の悪運全てが、あることないこと全て、ホラムのせいにされている) S:They're exhausted. These men are exhausted. (水兵たちは疲れ切っている。連中はもうよれよれなんだ) S:You've pushed them too hard. (君は水兵たちを酷使しすぎだ) J:Stephen, I invite you to this cabin as my friend. (スティーブン、私は君を友人としてこの部屋に入れているんだ) J:Not to criticise nor to comment on my command. (私の指揮ぶりを批判したり批評したりするためじゃない) S:Well, shall I leave you until you're in a more harmonious frame of mind? (わかった。ではもう少し機嫌の良い時に出直すか?) J:What would you have me do? Stephen. (君はいったい私に何をせよと言うんだ、スティーブン) S:Tip the ship's grog over the side. (ラム酒を舷側から捨ててしまえ) J:Stop their grog? (ラム酒の配給を停止しろと?) S:Nagle was drunk when he insulted Hollom. (ホラムに不敬をはたらいた時、ネイグルは酔っていた) J:Stop 200 years of privilege and tradition. (200年もの伝統と、水兵達の特権を停止せよと?) J:I'd rather have them three sheets to the wind than face a mutiny on my hands. (足もとで反乱を起こされるよりは、酔っぱらっていてくれた方がいい) S:I'm rather understanding of mutinies. (反乱を起こそうという気持ちもわからんではないさ) S:Men pressed from their homes, confined for months aboard a wooden prison... (強制徴募で我が家からは引き離され、何ヶ月も海の上の、 木の牢獄に閉じこめられている) J:Stephen, I respect your right to disagree with me, (スティーブン、君が私と意見を異にする権利は認めるが、 but I can only afford one rebel on this ship. 私は今、反抗事件1つの処理で手いっぱいだ) J:I hate it when you talk of the service in this way. (君が軍務について、そのような言い方をするたびにぞっとする) It makes me so very low. (ひじょうに気が滅入る) J:You think I want to flog Nagle? (私が本当に、ネイグルを鞭打ちにしたがっているとでも思うのか?) J:A man who hacked the ropes that sent his mate to his death? (仲間のロープを切断し、死に追いやらざるをえなかった男を?) J:Under orders. Under my orders? (それは私が命令したからだ) J:Do you not see? The only things that keep this wooden world together are hard work... (わからないのか? この木の家を一つにまとめているのは、 日々の絶えざる労働なんだ) S:Jack, the man failed to salute. (ジャック、彼は敬礼を忘れただけじゃないか?) J:Stephen, There's hierarchies even in nature. (スティーブン、自然界にも階級のようなものはあるだろう?) S:There is no disdain in nature. There is no... (自然界では誰かが誰かを見下げるよなことはしない、自然界では…) J:Men must be governed! (水兵たちには統率者が必要だ) J:Often not wisely, but governed nonetheless. (往々にして賢明な統率者とは言い難いかもしれないが、 それでも統率は必要なんだ) S:That's the excuse of every tyrant in history, from Nero to Bonaparte. (歴代の暴君はいつもそう言った。 ローマの皇帝ネロからナポレオン・ボナパルトまで) S:I, for one, am opposed to authority. (私としては権威というものは反対だ) It is an egg of misery and oppression. (それは苦痛と抑圧を生み出すもの) J:You've come to the wrong shop for anarchy, brother. (無政府主義を語るのなら、それはお門違いというものだよ、きょうだい)
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現代人がふつうに聞いていると、理はすべてスティーブンにあって、どうにもジャックには旗色が悪いのですが、当時の時代背景と彼の立場ではこれは致し方ないこと。 解説にかこつけて、今回はジャックの弁護をしてみようかと思います。
まず鞭打ちについて。 軍艦には当然、軍規というのが定められていて、これに違反した場合には必ず処罰が下されます。 鞭打ち刑はこの処罰の一つであり、通常は執行前に艦長が戦時条例の該当条項を読み上げることになっていますが、映画ではそのシーンがカットされてます。
ただしDVDには漏れなく収録されており、それによるとネイグルの罪状は、「insubordination for deliberately failing to salute an officer and refusing to make your obedience」すなわち、「意図的に士官に対して敬礼を怠り、服従を拒否した反抗罪」です。
甲板で皆の見ている前で、あれだけ派手に不敬を演じてしまった以上、艦長オーブリーとしては軍規通り刑を執行せざるをえません。 さもなければ、艦内の規律が保てませんし、適切な処罰を行えなかった艦長は、海軍省から指揮艦をとりあげられます。 …というわけで、スティーブンに何を言われようとも、ジャックに選択の余地はないわけです。
上官に対する不服従がなぜ重罪になるか、「軍隊だから当たり前だ」と言ってしまえばそれまでですが、要するに、軍隊というのは命のやりとりをしている集団ですから、当然のことながら非人間的な命令を下さなければならない必要が生じます。 その命令が遂行されなければ重大な結果をまねく、または、命令を遂行すれば遂行者自身の命が失われる場合もあるのです。それでも命令は遂行されなければなりません。
オーブリーがネイグルに命じたミズンマストのロープ切断もそうでした。あそこでマストを切り離さなければ、艦は真横から波を受け転覆します。 一人の命か全員の命か決断を迫られたオーブリーは、ウォーリーを犠牲にする決断を下し、ロープ切断という非人間的な命令を下すことになるのです。 そしてネイグルは自らの手で親友の死刑を執行することになります。 この時にネイグルが反抗していたら、おそらく今頃サプライズ号は海の底だったでしょう。
あの時にネイグルが従ったのは、それが艦長の、というよりオーブリーの命令だったから。オーブリーの判断だから信じたのだと思われます。 オーブリーがホラムに説教していた通り、士官は水兵たちから尊敬を勝ち取らなければなりません。 原作でもそうですが、映画「マスター・アンド・コマンダー」を見ていると、艦長も海尉たちもこれを徹底的に実践しているのがわかります。 艦のバランスを保つために右舷の張り出しに立つ時もそうですし、最後のアケロン号への斬り込みでも、常に先頭に立っているのは艦長と士官たち。 これは映画だから、ラッセル・クロウを真先にたてて目立たせよう…という理由ではなく、先頭に立って斬り込み、率先して危地に飛び込む士官には、水兵がついていく…ということです。 これがオーブリーの言う「強さと尊敬のあるところに規律あり」の実態なのです。
また冒頭でジャックは、「私は鞭打ち好きの艦長などではない」と言っていますが、この時彼の頭の中にあったのは、ハーマイオニー号の反乱のことではなかったかと思われます。 この話は原作3巻(上)6章にちらっと出てきます。 ハーマイオニー号の艦長ヒュー・ピゴットは、嗜虐志向がある鞭打ち好きの艦長でした。1797年9月、艦長の暴虐に絶えかねた水兵たちは反乱を起こし、艦長以下士官9人全員を殺害、敵であるスペイン領の港に逃げ込みました。 このハーマイオニー号を奪還したのが、サプライズ号と当時の艦長エドワード・ハミルトンなのですが、ゆえにサプライズ号はネメシス(復讐の女神)と言うニックネームを進呈されているのでした。
このあたりの事情は、3月7日付日記「この映画をたのしむために」の5.H.M.S.サプライズの「"H.M.S."ローズ(H.M.S.サプライズ)」にも解説されています。
実際、艦長と士官たちが何より恐れていたのは、水兵たちの反乱でした。 サプライズ号には197名が乗り組んでいますが、それを指揮・統率していたのは、艦長を含め4人の士官と6人の準士官(映画には名前しか出てこない人も含む)、5人の候補生を含めても15人足らずでしかありません。 ハーマイオニー号の例を挙げるまでもなく、数で勝る水兵たちが本気になったとしたら、艦は簡単に乗っ取られてしまいます。 このあたりの恐怖は、ボライソーの4巻「栄光への航海」とか、ラミジの3巻「ちぎれ雲」とかを読んでいただくと手にとるようにわかるのですが、ともかく反乱を防ぐために艦長はあらゆる手を尽くしました。
The only things that keep this wooden world together are hard work...(わからないのか? この木の家を一つにまとめているのは、日々の絶えざる労働なんだ) これはちょっと意訳していますが、水兵たちを忙しく仕事に駆り立てることのメリットは、 1)人間忙しく仕事に追われていると、余計なこと(反乱とか)を考える暇がない 2)仕事がハードだとぐったり疲れてしまい、オフには寝てしまう。
このシーンの直前に、ジャックが水兵たちを、夜遅くまで砲術訓練に駆り立てるシーンがあります。 補給のままならぬ地球の反対側で、火薬の浪費は良くない…という批判もあるようですが、乗組員たちの人心掌握…という点では、あの訓練はなかなか効果的でしょう。 上述の理由1)2)に加えて、2分かかっていた砲撃準備が、1分10秒で出来るようになったという達成感もあり、水兵たちも意気軒昂、一つの目標に向かって盛り上がっていました。 ハードな訓練がサプライズ号の乗組員を一つにまとめている実例ですね。
2004年05月16日(日)
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