Sail ho!
Tohko HAYAMA
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Sail ho!:映画「マスター&コマンダー」と海洋冒険小説の海外情報日記
サープライズ号 製作スタッフインタビュー
アメリカのサイトに、この映画のもう一人の主役とも言うべきサープライズ号のセット製作(と役者船ローズ号の改修)を手がけた3人の人物のインタビューが掲載されています。 この映画では、海上ロケではローズ号を用いましたが、バハ・カリフォルニアのFOX社のスタジオ内に原寸大のもう1隻のサープライズ号の精密なセットを建造し、こちらでも撮影を行っています。
まず1人目は船大工のLeon Poindexter氏、ローズ号の復元にも関わった氏は、ローズ号の再改修と、スタジオ内に建造された原寸大のサープライズ号のセットの建造に従事しました。 2人目は、パトリック・オブライアンの大ファンでもある時代考証家のGordon Laco氏。彼は艦の建造のみならず、当時の風俗習慣から軍艦上の慣習まで、細部にわたって助言を行いました。 3人目は、オーストラリアから参加のNick Truelove氏。氏はオーストラリアの復元帆船エンデバー号の建造に携わり、完成後は乗組員としてエンデバー号での航海を経験しています。こちらでは原寸大サープライズ号の製作と、水兵らしい振る舞いの指導などを担当しました。 インタビュー他(HTML) これらのインタビューはいずれ、公式HPのスタッフページに収録されるとのことです。上記ファイルは重いので、上手く開けない方は公式HPを。
さて、このインタビューは全部で29ページにもなるので、ポイントだけかいつまんでご紹介します。
まず、サープライズ号のセット製作とローズ号の改修について。 10月2日にご紹介したように、サープライズ号は実在したフリゲート艦です。今回の製作にあたって、スタッフが英国海軍省に問い合わせたところ、幸運にもロンドンのホワイトホール(官庁街)には18世紀の実在艦サープライズ号の設計図面が残されていることがわかり、今回の製作は全てこの図面をもとに行われました。
実際に洋上航海に出なければならないローズ号には制約がありましたが(例:現代の海上航行にはレーダーやエンジンの装備が義務付けられている)、メキシコのスタジオ内に建造されたセットのサープライズ号は、各甲板の高さ、チェーンポンプの数や配置、旧フランス艦の特徴を残す甲板や絃縁(bulwarks)など全てが、正確に18世紀のサープライズ号の設計図面通りに再現されています。 またローズ号も、できるだけサープライズ号に近い形に戻すため、マスト上の近代装備を一部とりのぞいたり、絃縁を改修するなどの措置をほどこされました。
実際の設計図面をもとに正確に再現された砲列甲板(gundeck)の天井はとても低く、役者さんたちは四六時中、梁に頭をぶつけてはののしり、役者さん以外の全ての撮影スタッフは何時頭をぶつけても良いように常にヘルメット着用だったとか。
これらの作業を通して、また実際の撮影中にも、ピーター・ウィアー監督は、非常に厳しくリアルさ、すなわち「当時の通りであること」を求めました。 時代考証家のLaco氏のもとには、「艦上ではどのような時に帽子を被り、どのような時には手に帽子を抱えて歩いたのか?」とか、「1805年の英国でクジラの油はどの程度重宝されていたか?」などという細々とした質問が次々に寄せられました。 復元帆船エンデバー号の乗組員であるTruelove氏は、撮影中も常に水兵役の役者さんたちの動きをチェックし、「船乗りらしくない」動きを丹念に直していきました。水兵役の役者さんとエキストラは全て、2週間の船乗りトレーニングを受けたのですが、それだけでは補えない部分を詳しくチェックしたとのこと。
ピーター・ウィアー監督は絶対に妥協せず、細部に至る全てがリアルであることにこだわったと言います。 その情熱とこだわり、人々を突き動かす力には、3人とも感心しており、ウィアー監督と仕事がしたいと望む映画関係者の気持ちがわかった、と答えています。 Laco氏はまた「この映画を見る観客は、リアルな現実に、リアルに反応し行動するこの映画の登場人物たちに、必ずや心を動かされるだろう」とも述べています。
物語の中でサープライズ号は南アメリカ大陸の先端ホーン岬をまわり大西洋から太平洋に入りますが、この部分の映像はセカンド・ユニットの撮影班が実際の帆船から、航海しながら撮影しました。ただしこの帆船はローズ号ではありません。 セカンドユニットの帆船は、なんと復元船、新エンデバー号だそうです。
オリジナルのエンデバー号は、キャプテン・クック率いる18世紀の英国海軍艦船(正確にはH.M.Bark Endeavourなので、艦とは言えないかもしれません)で、クックが1770年に現在のニュージーランドとオーストラリアの東海岸を発見し、地図上に正確な位置を確定したことで、その名を広く知られています。 Australian Maritime Safety Authorityは1993年に、このエンデバー号を復元しました。 エンデバー号のホームページ
余談ながら、今夏7月末〜8月初にかけて、BBC製作による「新エンデバー号の大航海」というドキュメンタリーがBS朝日で放映されました。これは復元船新エンデバー号に現代のクルーが乗り組み、ハンモックに寝み、堅パンと塩づけ肉を食べ、天測で現在位置を割り出し、風だけを頼りに航海する…という18世紀そのままの方法で、オーストラリアからインドネシアへ向った、その航海を記録したTVドキュメンタリーです。 海洋小説ファンには大変参考になるすばらしいドキュメンタリーなので、ソフトの発売を願うのですが。
「パイレーツ・オブ・カリビアン」について、「このスタッフは海と船を愛してはいないのではないか」と指摘された方があるのですが、少なくとも「Master and Commander」については、この心配はなさそうです。 原作のファンでもあり、時代考証を担当したLaco氏はこう述べています。 原作を読んだ人ならば、ジャックがサープライズ号の帆走性能を愛していることを知っているだろう。ジャックが艦と一体となった時、紙の上では不可能に思えることが可能となる。ジャックは彼女(艦)から最高を引き出す術を知っている。サープライズ号はジャックのために生き生きと輝くのだ。映画の中でもサープライズ号はひとつの人格を持っている。
この部分を読んだ時に、思わずどきどきしてしまいました。私は3巻上のP.289あたりが大好きですが、これを画面で見ることができるのであれば、これほど嬉しいことはありません。
2003年10月09日(木)
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