umityanの日記
DiaryINDEXpastwill


2007年12月14日(金) 僕らの旅パート10〜11。


僕らの旅パート10。

昼食を済ませ、僕たちはぶらぶらしながら、迎えのバスを待った。定刻に迎えが到着。これから、旅の定番とも言うべき、ブリッジの見学だ。さしてブリッジを見ることに興味はなかったが、コースとあらば仕方がない。

人は何故、新しい橋が出来ると見に行きたがるのだろうか?。思うにブリッジにまつわる言葉は多い。レインボー・ブリッジ。心の架け橋、世界の架け橋・・・・。要するに、人間の心の奥底には、結ぶ物、つなぐ物に対すに、郷愁、愛着、安堵感みたいなものが潜んでいるのだろう。

僕たちは橋の入り口にある広場へ着いた。さながら観光地だ。土産品店がちゃんとある。まあ、それはいいとして、のび太君は早速、三脚を立てカメラアングルを定めた。僕もデジカメに橋を収めた。この橋は歩いて渡ると、ゆうに30分以上はかかるそうだ。僕たちは渡ることはあきらめ、橋の上から水面を眺めた。空の青と相まってきれいな水面を呈していた。何を思ったか、僕はここで「ベイ・ブリッジ」と刻印を押した野球帽を買ってしまった。誰にやる予定もない。かぶって鏡を見たら、「とっちゃん坊や」丸出しの自分に嫌気がし、すぐバッグにしまい込んだ。

ブリッジを後にして、僕たちは大リーガーのフランチャイズがある野球場へと向かった。ホームランが出ると「海ぽちゃ」で有名な球場である。併設してサーカスの`テント小屋も建っていた。海を挟んだ対岸から球場を見ると、海面に半球形の洞穴がいくつも見えた。これはホームランのボールが海へ落ちたとき、それを拾いに行くために船が洞穴で待機しているのだそうだ。なるほど。こりゃ面白いと思った。

ここで、僕たちの今日の旅は終わりを迎えた。再び駅まで送ってもらい、電車で宿泊所まで帰ることになった。既に乗り慣れた電車。迷うこともなく無事に帰還した。一足早く、スネ夫君は帰着していた。町のあちこちを一人で散策してきたそうだ。なんと、足下を見ると、「下駄」を履いていた。中華街で購入したのだそうだ。

夕飯は彼の「カラン・コロン」という下駄の音を聞きながら、五人そろって、レストランを探した。道行く人たちが、不思議そうな顔をしていたのが面白い。昨夜は日本食レストランだったので、「今日は中華にしよう」とスネ夫君が言った。皆、賛成だ。徒歩で15分の所に店を発見。中に赴くと、丸テーブルがあり、僕たちは一番奥の席を確保。ここで、再び、酒と日本のビールを飲むことになる。それにしても、旅に出るとアルコールを皆、よく飲むことよ。日本ならば、とっくに「のんべー」のレッツテルを貼られてもおかしくない。

皆、心地よい疲れを伴っていた。明日は「ワイン」を求めての長旅が待っている。食後の後は大人しく寝に就くことになった。もういびきも気にならず爆睡だ。


僕らの旅パート11。

2日目の夜を迎えた。僕たちは毛布にくるまり、膝を抱えて寝に就いた。寒くはない。心地よい疲れが睡魔を呼び寄せた。目が覚めると朝六時。例によって庭の清掃を行い母屋へ行くと、既に、昨日会った外人の修行僧が朝食の準備をしていた。恐縮至極である。

メニューはパンにハムエッグ。バター、ジャム。各種漬け物類。コーヒーとくれば定番の朝食。心がこもったものならば、何を食べても美味しい。僕たちは感謝の念を述べつつ、食らいついた。

さあ、いよいよ今日はワインの生産地巡りだ。ワインのなんたるかも知らない僕たちは、興味津々だった。ここで、再びスネ夫君は別行動を。今日も自分の行きたいところへ、自由に行くとのこと。道先案内人がいないのは寂しくもあるが、仕方がない。

僕たち四人は、足取りも軽く、昨日の待合い場所、ホテルまで出かけた。1時間近く、早くに着いたので、近くの喫茶店でコーヒ−を飲むことになった。慣れない英語で注文すると、これまたでかいカップに、なみなみとコ−ヒーが注がれていた。ネズ夫君が「こんなに飲めないぜ」と言う。しかりだ。「すべてにスケールがでかいのがこの国の特徴」と思うのは日本人。こちらではそれが普通なのだ。

僕たちはお腹をだぶだぶ言わせながら、待合い場所へと向かった。既にバスは着いていた。先客有り。日本人の家族連れが乗り込んでいた。ワインをお茶代わりに飲んでいるという兵。うらやましくもあり、うらやましくもなし。

バスの運転手さんは今度は日本人の男性だった。バスは市内を抜けて、遠くへ遠くへ走っていく。方角は分からない。高速料金は当地では無料。かなりのスピードだ。社内では専らワインの話で盛り上がっている。運転手さんがワインのあれこれを説明する。良いワインが出来るには、ブドウの完熟度が大事らしい。、完熟となれば。当然、畑の立地条件と天候が関係する。この地はまさに世界有数の良種ワインの生産地とのこと。「へーーーーそうだったの」と我々は無知ぶりをあまねく露呈。

どのくらい車は走ったのだろう?。やがて車窓からの眺めが一変した。1.4〜1.5メートル位の背丈のブドウの木が道路を挟んで延々と植えられている。見事だ。僕たちは車窓からカメラを向けた。どこまでが誰の持ち主なのか全くわからない。

車はひたすら走りながら、とあるところで、横道へ入った。門が開いており、車はその中へ吸い込まれていった。ワインの生産工場らしき建物が厳かに建っていた。中にはいると、そこでワインのテースイング(試飲)が出来る。僕たちは料金を払い、小さなグラスにそそいでくれたワインを持ち回ししながら口に注いだ。何種類も飲んだが、味はさっぱりわからじ。顔がほてってくるのを感じるばかり。

頑丈に仕切られた扉の向こう側では、特別テースイングができるとのこと。我々の代表で、ドラえもん君が中へ入っていった。同乗者だった家族ずれも一緒だ。僕たちは、彼がどんな顔をして帰ってくるのか待っていた。

やがて扉が開き、皆戻ってきた。開口一番、「この人ったらテースティングのワイングラスを一人で飲みあげたのよ」と、さもびっくりしたらしく、家族連れの日本人妻が笑いながら言った。ドラえもん君は平然とした様子。こりゃああーー大物だぜ。まさにそんな印象を家族ずれに与えたらしい。

僕たちはドラえもん君に聞いた。「ところで、味はどうだったの?」と。彼曰く。「うんん・・・わからない」。それもそうだ。日頃飲み慣れていないワインを急に飲んで、味が分かるはずもない。僕たちは大笑いだ。まあーーーこういう事もあって、その家族連れとも名刺を交わすほどに親しくなった。

その家族連れの父親は日本の大都会の中でガラスの工事業を営んでいるとのこと。娘二人と妻の四人連れだった。僕たちは蔭で、「妹の方がかわいいな?いや「姉がかわいいぜ」とか何とか、ささやきあった。いつもの悪い癖である。

僕は図らずも、そこで一万円相当のワインを一本購入。僕にとって、一番口当たりが良かったからだ。今宵の晩餐会で飲もうかとも思ったが、生来貧乏性の僕のこと。その思いをばっさり、たち消した。

複雑な味覚を残し、又、顔を紅色に染め、次なるワイン工場へと車は走った。先ほどと同じくここでもテースティングに及ぶ。この際と、手当たり次第に挑戦したが、今ひとつ、僕の嗜好にあわない。ぱっと、正面を見ると、頭に看護婦さんのかぶるみたいな、ホワイトのずきんをかぶった、牧歌的な美しい娘さんがいた。「メイ・アイ・カメラ・オッケー?」と聞くと、にっこりわらってオッケーの返事が。僕はすかさず真正面からシャッターを切った。残念ながらここでは買わずじまいだ。牧歌的娘さんの美しい姿が記念に残った。

さらなる良質ワインを求めて、もう一件、訪れることになる。紙面が長くなった。次回に回そう。この文を書きながら僕も少し酔ってきたみたいだ。















umityan |MAILHomePage

My追加