umityanの日記
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| 2007年12月13日(木) |
僕らの旅パート8〜9。 |
僕らの旅パート8。 まどろみの中で朝を迎えた。僕たちはめいめいに起床し、寝具を片つけ、堂の外へ出た。冷気がほほを打つ。気持ちがよい。雲一つ無く、快晴模様。礼儀として、朝の清掃に及んだ。ここは修行の場。清掃も修行の一つだ。僕たちはほうきを持ち、縦横無尽に散らばった葉っぱを一つ所へ掃き寄せた。五人で清掃すると、瞬く間に、敷地内の通路がきれいになった。
終わると、坐禅道の横に併置して立っている母屋へと赴いた。そこの台所で、坊主頭の外人男性が我々のために朝食をこしらえていた。感謝の念を述べ、テーブルに腰掛けると、ビッグなホットケーキと粥らしきスープが運ばれた。僕たちも手伝い、「いただきます」と言って、口にほおばる。うまい。
朝食後、僕たちは今日のスケジュールを消化すべく、電車に乗って、町の中心地まで出かけた。相変わらず人が多い。もう、奇妙な目で人から見られることもなかった。「早、この町に同化したのかなあーー」と思った。と言うより、多民族国家だから、我々が歩いていてもそう違和感がないのだろう。
僕たちはホテルまで直行した。本日のツアー集合場所である。ここで、スネ夫君は単独行動を取ることになった。「僕は一人であちこち探索するよ」と言う。もともと、彼は自分の行きたいところへ、自由に行くのが好きな男である。旅の分かった人は皆、そうなのかもしれない。旅慣れしていない四人が残された。
約束の時間にマイクロバスが着いた。僕の頼りない英語だけが頼りか?と思ったら、迎えに来たのは若い日本人女性。にっこり笑顔で迎えてくれた。バスに乗ると既に先客が。違うホテルから乗ってきたのだろう。6〜7名の日本人らしき客が。僕たちは挨拶を交わし後部座席へ乗り込んだ。
流暢な日本語(当たり前か)で、ガイドさんが本日の日程等を説明した。まずは市内のあちこちを巡って、ちょっと郊外まで赴くとのこと。僕たちは盛りだくさんのコースを選択していた。一日かけて町の全貌をつかもうというわけだ。市の庁舎、協会、公園、野球場、アウトレットの市場、海浜市場、ブリッジ、市内のディスカウントスーパー他、後どこを見たのだろう?。もう、記憶の彼方だ。そうそう、幾重にも段のある急角度の坂道も見たっけ。
傑作な話がある。とある町の区画に入った頃、ガイドさんが説明した。「ここほ同性愛者の人たちがたくさん住んでいるところです。同性愛者であるか否かを見分けるには、ズボンの後ろポケットをみるといいですよ。白いタオルやハンカチみたいな物が、ポケットからたれています。そいう人を見たら同性愛者と思ってください。くれぐれもご注意ください」とのこと。僕たちは複雑な気持ちで笑った。同性愛者の人たちは、この地では市民権を得ているのだろう。そう思った。人が誰を愛しようと自由だ。要は、人それぞれが心平和に生きて行ければよい。
どうも、その話を聞いてからか?、のび太君の様子がおかしくなった。僕と並列して歩くことを避けるようになった。いつも先を歩くのだ。同性愛者と間違えられるのを嫌ったためだろう。「了見の狭いやつだ」と思ったが、まあいいか。ジャイアンと、のび太君では不似合いだ。僕だって、しすかちゃんが良いに決まっている。その不似合いがカップルになっているケースを時々見かけるから、世の中はまさに不可思議だ。
もう一つ、日本ではあり得ない事があった。あるスーパーマーケットで、小用を足すべく、販売員さんに「ウエア・ザ・レストルーム?」と聞いたところ、孫の手みたいな棒に鍵がぶら下がっている物を手渡して、レストルームの方向を指さしてくれた。僕は「意味が通じたのかなあーー?」といぶかしく思いながら、その方向へ行くと、なんとトイレはあった。ただ鍵がかかっている。「えええつ、この鍵で開けて入るの?」と、びっくりしながら、鍵を回すと、そこは雪国ならぬ、白い陶器の部屋だった。何故こういうう場所に鍵をかけるのか理解できなかった。思い当たる節があるとすれば、恐らく犯罪の温床になりがちな場所なので、鍵をかけているのだろう。
一つ気になったことがある。この地みたいな文明国はハンカチのいらないところと聞いていた。要するに用を足して手を洗い、日本なら口にくわえたハンカチで手を拭くわけだが、ここではほとんどの場所でペーパータオルが置いてある。ハンカチがいらないわけだ。そこまでは良い。後がいけない。置かれているボックスから、使い捨てのペーパーがあふれ、あちこちに散乱している。いつ掃除をやっているんだろう?と、やや気分を害した。日本の方がよほどきれいだと思った。
孫の手を返しながら、五ドルのチップを差し出した。販売員さんは表情一つ変えずに受け取り立ち去った。そのとき思った。「五ドルはやり過ぎだったか?」と。まあいいか。人の親切には倍にしてかえしてあげなくちゃーーー。
かくして今日の旅はまだまだ続く。 僕らの旅パート9。 町の中をツアーバスはすいすいと走る。又、とある区画へ入った。同じ色をした家屋が並んでいる。ガイドさんが「家の色が同じなのは広く見せるためにそうしている」と言った。なるほど、これも知恵だ。庭は家の奧にあるそうだ。どおりで、外から植樹が見えない。又、商店のガラス窓には、ほとんど格子戸がはめられていた。これは盗難防止のためにしているそうだ。
どんな世界にも富と貧困はある。富が均等に配分されたら、恐らく人間は怠け者になってしまうだろう。自由主義経済の社会は、努力して富を稼いでいくところに魅力があるのかもしれない。競争により経済も発展するわけだ。要はやむにやまれぬ事情により、富の配分から洩れる人たちも出てくる。行政はそん人たちを援助する役割も担わねばならない。 それでも、貧困はなくならない。この地でも、カンカンを路上において、坐っている人たちを見かけた。何とも言えない複雑な気持ちになった。まさに町の中はいろんな様相を呈していた。
僕たちはガイドさんの色んな説明に「ほほう、ふーーん、なるほど」と相づちを送りながら、やがてバスは山道を登っていった。小高い丘の頂上では、この市の全貌が見渡せるという。さすがに観光地だ。頂上にはちゃんと遠めがねが用意してあった。
僕たちはそれを覗くこともなく、崖下に広がる風景を眺めた。それはそれは美しい眺めだった。真っ青な空が広がり、山と海の間に大小のビルとマッチ箱みたいな家屋がたたずんでいた。ガイドさんが、「ここで記念写真をどうですか」と言う。もち、僕たちは賛成。仲良くチーズをしてパチリだ。
山を下り海辺のレストランで昼食をとった。小型の観光船が行き来していた。僕たちは窓辺に近い一角に腰を下ろし、ウエイトレスさんに注文の合図を送ると、きつい目でにらまれた。「「まちなさい」と言うことだろう。「客あたりが悪いぜ」と思ったが、この混雑ぶりでは仕方がない。やっと、我々の所に、さきほどのウエイトレスさんがやってきた。よく分からないメニューを指さししながら、あれこれと頼んだ。メニューにはラージからスモールまで段階があるようだ。僕たちはこの際と、ラージを注文したところ、山盛りの料理が運ばれてきた。ビールも女性のブーツみたいな入れ物に、なみなみと注がれている。「うひゃーーーばかでかいぜ」とびっくり。さっそく出された料理をのび太君がカメラに収めた。
ドラえもん君は、肉料理を注文。肉があまりにでかかったので、一人で食べることを躊躇したのだろう。僕たちに切り分けてくれた。結構美味しかった。会計は一人あたり20ドル程度。そう高くもない。帰り際、僕たちをにらんだウエイトレスさんと別れの抱擁をした。お乳廻りが大きく背中まで手が届かなかったが、感触は抜群だ。
バスが迎えにくるまで、時間があったので、港町の商店街を散策した。置かれている商品がすべてチョコレートばかりの店へ入った。見たたこともないチョコレートが山ほど積んであった。荷物になると思ったが、手頃なやつをいくつか購入。
午後からは観光の目玉とも言うべき、ブリッジ(橋)を見学することになる。
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