umityanの日記
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2001年08月28日(火) 同窓会 (3)

恩師を交えての同窓会。昔は恐かった恩師も今では年の差がほとんど感じられない位に、我々が年を取った。中には恩師を通り越して、やけにふけている奴もいる。
彼がいう言葉がしゃれている。わずかに残った白髪混じりの髪の毛を振り上げながら、「俺の毛はカシミヤドスキンだからな」と。僕たちは笑いながら、薄れゆく彼のロマンスグレーに目をやって、「なるほど。ごもっともです」と。
それにしても同窓会って不思議だ。同じ釜の飯を食ったこと、ほぼ同い年であること、一緒に遊び、一緒に勉学に励んだこと、あるていど性格がわかっていること。これらのことが、我々を呼び集めている要因なんだろうか?。そうそう、もう一つ大事なことがあった。皆、淋しがりやであると言うことだ。「同窓会は互いの生存の喜びを確認しあい、精神的癒しを求める場である」といえないだろうか。同窓会を定義しても仕方がない。だべりとアルコールは時間を忘れさせ、クライマックスを過ぎて、やがて収束へ。司会者が名残惜しさを懇々と述べ、万歳で、とりあえず合同の同窓会がお開きとなる。僕の友人の画家が、お開きの音頭をとることになった。彼が選ばれた理由は、本同窓会に一番、遠方から出席した人物ということらしい。彼も、僕と同様、高校時代はおとなしいカタツムリみたいな奴だった。角をだしては引っ込め、のらりくらり。その彼が壇上に上り、あがった様子もなく、淡々とメッセージを述べ、一本締めを提案した。サン・サン・ナナ拍子でもやるんではないかと、期待していたが、一本締めとはさすがに的を得ていた。「よーーーーーっつ、パン」。はい。お開き。これは良い。単純明快である。さあ、同窓会が終われば、次は同クラスの仲間で二次会へ直行だ。地元のいる仲間にとっては、庭みたいなこの地で、二次会場を手配するのは、お茶の子さいさいである。続く。


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