umityanの日記 DiaryINDEX|past|will
精神統一って、結局は本人の自覚によるところが大である。要は、そんな自覚をどうしたら得られるかということが問題である。僕は数名の仲間と座禅に挑戦したわけである。この寺の座禅は曹洞禅ということで、ただひたすら座ることを本義としているようだった。雑念が浮かんでもそのまま流しておけば良いという。そんな器用なことができるのだろうか?。まああ、興味半分で座って見た。座るにも、それはそれは、ちゃんとした作法があり、修行僧たちは、それを体で覚えていくという。僕たちも作法らしきものの手ほどきを雲水という修行僧から受けた。いざ、壁に向かい足を組んで姿勢を正して、ぴたりと身動きもせずに座る。修行僧の実演を参考にしながら座った。僕の足はもともと大根足のようで、カモシカみたいにスリムではないので、「けっかふざ」という正式な足の組み方ができず、「はんかふざ」で、片足だけをももに乗せた。それでも、足が結構痛くなる。尻には座蒲という丸い敷物をあてる。僕達は言われるままに姿勢を正して、壁に向かってじっと座っていた。しばらくすると、足の痛みと集中力が散漫になり、体がゆれ始めた。やおら、右肩に棒(警策という)があてられた。巡回の雲水がいつのまにか僕の傍にやってきていたのである。「忍者みたいな奴」と、僕は一瞬、「びくっつ」としたが、教えられたまま「合掌」して、頭を左へやや傾けた。その時、すかさず、「ばしっつ」と右肩を叩かれた。「わおーーーーつ、あぶない、あぶない。もう少しで肩甲骨にあたるところだったぜ」。僕は冷や汗をかきながら「怖いいっつ」と思った。他の仲間も僕に劣らず「ばしっつ、ばしっ」とやられていた。「おいおい、こんな状態が一週間も続くなんて、俺たちは、しまいには殺せれるぞ」と、真っ暗になった布団の中で、ひそひそ話をしたものだ。まさか、部屋の外の廊下に、あの忍者みたいな奴が、見張ってはいないだろうなと、それはそれは、おっかなびっくりの体験であった。
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