タアイモナイゾ...claire

 

 

エース 6 - 2007年01月05日(金)


■天才

 蒼衣さんと出会って3ヶ月が過ぎた。
 でも、何も変わらなかった。野球観戦に行って盛り上がったり、二人ともが好きなアーティストのライヴに行って、その日の帰りは興奮が冷めずカラオケに駆け込んで、…まぁ色々と。
 蒼衣さんはいつも同じ顔だった。俺もいつまでたっても同じ態度だった。だが、そろそろ気温が下がり始めたある日、ちょっとした出来事があった。
「あ…神山?」
蒼衣さんと街を歩いていた時、名前で呼び止められる。そこにいたのは偶然にも、高校で一緒に野球をしたキャッチャーの岡村だった。
「うわ、岡村!?」
蒼衣さんも「あ」と反応した。
「超久しぶりじゃん?元気だった?」
「あ、あぁ、まぁね」
「…彼女?」
岡村は蒼衣さんを見る。どっちかと言うと、俺がこんな美人と歩いていたことにビックリしてるんじゃないだろうか。本気でそう考えてしまった。蒼衣さんと目を合わせると、どうなの?という目だ。
「うん、まぁ、彼女さんです。蒼衣さんってんだ。野球やってたんだよ」
「…えぇ!?もしかして」
「知ってるの?」
「あ、あれですよね!?I高のマネージャー兼選手の…」
どうも俺の知識が乏しかっただけのようだ。彼女は有名人だったらしい。
 岡村にそう言われた事で照れているのか、蒼衣さんの顔は少し赤くなっていた。いつも彼女の顔を見ていないとわからないが、このくらい赤い方がかえって健康的だと内心密かに思っている。
「あの…はじめまして…蒼衣です。」
岡村は慌てた。
「あ、すいません、はじめまして!岡村です!神山と同じところでキャッチャーやってました!」
それを聞いて、蒼衣さんは「フフ」と、不敵に笑う。これもいつも顔を見ていないとわからないが、俺はその目を、水を得た魚の目だ。と、勝手に思っている。
「知ってますよ。あの強気なリードは全国でも十分通用するものでしたね。D高の2番バッターの盗塁阻止は見事でした」
(※リード:打者に対してどのコースにどのような球種のボールを投げるかを投手に指示すること)
それを聞いて岡村は感極まった。酒を飲んだのかと言われるくらい、顔を真っ赤にしながら。だがさらに蒼衣さんは続ける。
「神山君の速球も規格外でしたけど、それは岡村さんのリードがあったからこそだと、思ってます」
それは初耳だった。少々の嫉妬心が芽生える。だが、間違ってはいなかった。俺が甲子園準決勝まで行けたのも、俺も岡村のおかげだと思っている。恥ずかしくて、絶対そんなこと口に出せないままだったけど。
「い、いやぁ、お恥ずかしい」
顔を真っ赤にして照れている岡村に対して、今度は俺が質問した。
「今野球やってるの?」
「まぁ、大学でやってるよ。大学でプロから声が掛からなかったら、普通に社会人だな。神山は?」
それを聞いた蒼衣さんは不安げな顔をしたかもしれない。だが俺も、いつまでも囚われていなかった。
「全然。フリーターでのんびりやってますわ」
「あぁ、そっか。でもいいな。そんな美人な彼女さんがいてさ…」
また蒼衣さんと目を合わせようとしたが、彼女はこっちを見ていなかった。
「そうなんだよ。美人で、俺にはもったいねぇ彼女だよな」
それを聞いた岡村は、笑いながら俺を軽く蹴った。岡村も割と近くに住み始めたそうなので、今度飲みに行く約束をして、そこで別れた。
 「彼女って」
「え?」
蒼衣さんは下を向いている。覗き込むと、顔もさっきより赤い。
「初めて言った。彼女って」
「あぁ、うん」
その瞬間、髪で隠れた顔から一滴の水が落ちた。それは軽い音をたてて、地面に染みを作った。
「…え、あ、蒼衣さん?どうしたの?」
初めて、それも人前で突然泣き始める蒼衣さんに、俺は物凄く慌ててしまった。何も悪い事は言ってないはずだ。原因は多分「彼女」と言った事なのだろうが、それでも俺にはよくわからなかった。

 「正直言って、不安だったの。このままだと、神山君が何時何処にいっちゃってもおかしくないから…でも、形作って、息苦しい思いさせたくなかったから。少しの間縋ってもらえるなら、そっちの方が良かった……でも、嬉しいのね。こんなにも、嬉しい事なのね」
部屋に帰って、蒼衣さんはまた泣いた。
 俺にはわからない事だった。どうしようもなく蒼衣さんを必要とするのは俺の方なのに。彼女はただ俺の恋人と認められただけで、初めて泣いたのだ。
 何ができるだろう。彼女のために、もっと何かしたい。

 良く晴れた休日、俺は蒼衣さんの部屋のベッドルームで足を伸ばして読書をしていた。蒼衣さんは掃除をしているが、手伝うにも彼女は、俺が手伝いをすることを嫌がった。日曜のサラリーマン達に羨ましがられることは、間違いない。
「神山君」
「…何?」
「これ、捨てるの?」
本から顔を上げて蒼衣さんの手を見ると、俺が昨日の晩捨てた煙草の箱があった。
「中味まだ入ってるわよ。10本以上」
「あぁ、いらねぇ」
「…禁煙?」
「別に、そんなんじゃないけどさ」
「じゃあ勿体無いじゃない」
どうも腑に落ちないのか、彼女は腕組をして問い詰めてくる。
「……あの、それ、メンソールじゃん」
「そうね、マルボーロメンソールって言うらしいわね」
「メンソールって吸ってると起たなくなるんだよ」
「…それは、困るけど」
蒼衣さんは煙草の箱を見る。
「でもそれって、嘘って聞いたけど?」
「いや……あぁ、飽きたからさ、もうそれいいんだよ。これからはマイセン(マイルドセブン)にする」
「…はいはい」
完全に見透かされていたが、まぁそれならいいだろうか。
 別に禁煙をする気はなかったのだ。吸ってて、気持ち悪かった。それだけの理由だ。

 きつい。あの電柱のところまで行ったら、歩こう。
 …まだ行けるか。
 だめだ、これ以上は倒れる。
 息が荒い。4、5キロくらい走っただろうか。完全に体力が衰えてしまっていた。タバコの影響も、もちろんあるんだろう。
「…くそっ!」
俺は何のために、こうしているんだと走っている最中ずっと考えてしまっていた。例え体力を取り戻したところで、何ができる。
 しかし、こうして体を動かしていないと気が済まない。厄介なものだ。
 見上げると、星空が綺麗だった。最近、夜空を見上げるなんて事はなかったので、息が整うまでの間、首が疲れるまで、空を見上げた。蒼衣さんの部屋では、きっと彼女の手料理が用意されてるんだろう。

 「神山君」
「何?」
「どうしたの、ランニングなんて始めて。あなたの部屋からここまで走ってくるなんて。自転車がパンクしたの?」
箸を止めて、少しの間言い訳を考えた。テレビでは、太目のコメディアンがコントをしている。
「気付かない?最近さ、腹回りがちょっとね」
「…そう。ごめんなさいね。今日はちょっとカロリー高めだったかも」
肉料理だった。
「いや、いいよ、うまいし。」
「……ちゃんと、ストレッチ、した?」
知らない人から見る彼女は、本当にポーカーフェイスだが、見慣れてくると一々表情が読み取れるようになった。意外に彼女は感情を表に出してしまうタイプだ。今でも眉の形が少し変わってしまっている。
「あったりまえだろ。俺を誰だと思ってんだ」
「…あの」
「ん、何」
「今度の休み、何かあったりしますか」
蒼衣さんのよそよそしい言い方は、決まって頼み辛いことを頼む時だ。…考えてみれば、誰でもそうなんだろうか。やはり普通の女の子なのだ。…ちょっと、野球のセンスが良すぎるだけの。
「何もないよ、買い物でも行くかい?」
「キャッチボール」
「…うん、キャッチボール?」
「…したい」

 「蒼衣さん」
「なぁに」
土曜日の朝、蒼衣さんは少々浮かれ気味だった。朝食もボリュームが多かった気がする。芝生が広がる公園に来ても、蒼衣さんのテンションは下がらないままだ。
「どこの世の中に硬球でキャッチボールするカップルがいるだろうか」
彼女に手渡されたのは、硬い、プロでも使われる硬式球だった。普通、遊びで使うのなら中学野球で使う軟式球だ。
「いいじゃない。軟球と違って、縫い目がよく指にかかるのよ」
俺が言いたいのはそんなことじゃないと、ツッコんでしまえば彼女の思う壺なことは目に見えていた。
「そんなの、あんた俺の球で吹っ飛ぶぜ」
「やってみるがいいじゃない」
そう言うと、蒼衣さんは左手にグローブをはめながら俺から20メートルくらい離れた。蒼衣さんが手を上げたのを合図に、俺は振りかぶった。
 思ったより強く投げてしまったボールは、蒼衣さん目掛けて飛んでいく。それでも、蒼衣さんは背筋を伸ばした状態で普通にキャッチした。飛んでくるボールに慣れていない女の子独特の取り方ではなく、普通に、野球部員とキャッチボールしている感覚に襲われてしまう。
「うん、いいね」
そう言った蒼衣さんはとても嬉しそうだ。まるで子供みたいな表情をしている。しかし返ってきたボールは、子供の投げるような球ではなかった。
「さすが、マネージャー兼選手だな」
そう言って、また投げ返す。
 5分くらいキャッチボールをした後、蒼衣さんは駆け寄ってきた。
「あのね、神山君。お願い」
「…なにさ」
反射的に、彼女の眉毛を見た。嫌な予感がする。
「一回だけ、本気で投げてくれない?」
予感が的中した。
「だめだよ。あんただって、プロテクター無いんだぞ」
「そうだけど…」
「第一、顔なんかに当たってみろよ、嫁の貰い手が一つしかなくなるぜ」
彼女の頭の回転が良すぎて、蒼衣さんは一瞬で顔が赤くなった。
「じゃあ、それでいい。顔に当たってもいいから…」
それを聞いて、ため息を一つ。困った表情をして腰にグローブを当てて考える。俺の答えを待たず、彼女は続けた。
「大丈夫よ。140(km/h)以内なら、絶対取れるから」
「…本気出せば、150は」
「出せるの?」
敵わない。と思った。完全に乗せられてしまっている。
「一回だぞ。でも、本気は無し。コントロール重視で行くから」
「うん、いいよ」
…また子供の表情だ。
 彼女はまた、離れて、今度はしゃがんだ。野球において、ピッチャーマウンドからホームベースまでの距離は、18.44メートル。俺と蒼衣さんの距離は、まるでそれを熟知しているかのような距離だった。
「ど真ん中ね」
頷くと、セットポジション(投球動作をする前の姿勢)に入る。ゆっくりとワインドアップ(投手が打者に投げるときに、規則上とらなければいけない姿勢)しながら、蒼衣さんのグラブを睨んだ。それ以外、何も考えず、振りかぶり、リラックス状態の左腕に一気に力を込めて、振り切った。さっきは本気は無しとか言いつつ、結局全力で投げてしまった事に気付いた時には、ボールは彼女の真ん前まで行っていた。
 バシンッと言うような、キャッチャーミット(捕手用のグローブ)ではなく
普通のグラブで捕った割には、見事な捕球音だった。俺は一安心したが、何故か気持ちが落ち着いていなかった。
「…ふー。140…2か3、…か4。酷い彼氏さんね」
「す、すまん。…でも本気で投げろって言ったのは」
「フフ、そうね」
しかしなんだろうか、この舞い上がってしまうような感覚は。
「でも、すごいじゃない。とても何年のブランクがあるとは思えないわ」
「俺も…正直自分でもびっくり」
もう一回と言いたい気持ちを必死に抑えているのだ。過去の事以来、もうピッチャーなんてしたくないと思っていたのに。それを察してか。蒼衣さんは言った。
「もう一回投げたくなった?…でも、駄目ね。そんな球投げられたら、流石に次は危ないもの」
「そう…だよな」
「…お嫁の貰い手はその一つでいいんだけどね。その人の為にも綺麗でいたいじゃない」
蒼衣さんは、笑った。本当に、敵わないと思った。
「…じゃあ、行こうか。お茶でもしよう」
そうね、と一言言うと、グラブをしたまま左腕を組んできた。
 しかし、本当に信じられない。もう120キロの球も投げられないと思っていたのに。スポーツ医学的に、誰もが信じられないと言うだろう。一球だが、何かを感じさせる投球。俺と蒼衣さんがそう言うので、間違いはないだろう。
「…あのね、神山君」
「何?」
「…濡れちゃった、よ」
…この人も、どれだけ野球が好きなんだろうか。ひょっとして、俺より好きなんじゃないだろうか。

 蒼衣さんは女子大生。割と名の知れた大学で、スポーツ医学を学んでいる。ミスキャンパスにノミネートされた事もあるが、これ以上男性の窓口はできないと言う、何とも彼女らしい理由で辞退したそうだ。憎まれ口でも叩かれるようなキャラではあったが、端麗な容姿を持て余し、キャンパスで男共の前を歩く彼女は、想像するに容易かった。
「……えぇ、よろしくお願いします。そんなには急いで無いんですけど、結果が入り次第報告の方をお願いしたいのですが………はい」
部屋のベランダで電話で話す彼女の姿は、とても同い年とは思えない風貌だった。俺と居る時は携帯電話に出ないようにしているみたいだが、今回は大事な用事だったらしい。なんでも、病院に研修がどうのこうの…
「…あの、その件に関しましては、申し訳ないんですけど、まだ本人の了承を得てない状況なんです。またそちらからの連絡がもらえる時には、はっきりした回答を致しますので……はい。すいません、よろしくお願いします。失礼します」
まぁ、俺には何のことかわからない話だったようだ。
「…忙しそうだな」
「え?…あぁ、大丈夫よ。でも、来週からはちょっとしか会えなくなるかも」
申し訳無さそうに、彼女は言った。そんな顔をして、そんな事を言われると、逆に困る。
「そんな事気にするなよ。俺は大丈夫だって」
「…うん。でも参ったわ。行く予定だった所で、不祥事があっちゃって」
「不祥事?」
「この前テレビでもやってたんだけど、ウソの診断して、患者からお金を巻き上げるようなことしてた人がいたのよ。過去に5人いたそうよ。ほら、県立総合病院の…」
…その病院は。俺が昔、肩を壊した時に通っていた…
「藤野…って人じゃないよな」
「えっ!?」
その時、今度は俺の携帯が鳴った。発信者を見てみると、岡村だった。
「もしもし」
『神山?お前この前のニュース見たか!?あ、あれだ、病院の不正がどうのって…』
まさか…そんな馬鹿な。でもそうだとすれば、岡村からのこの電話も辻褄が合う。
「県立病院の…か?俺が診てもらった所の」
『そう!それだよ!とにかく、S高の時の監督に連絡してほしいみたいなんだ。…お前も、あの被害者5人の中に含まれてるらしいぞ。番号は…』
俺は急いで蒼衣さんに頼んでメモ用紙とペンを用意してもらった。
 連絡先を書き終えて、電話を切ったとき、俺はピントの定まらない目でそのメモを見ていた。
「…神山君?どうしたの?さっきの電話…誰?」
「岡村だよ。藤野の被害者5人に、俺がいるんじゃないかって。…とにかく、高校の時の監督に連絡してみるよ」
「…うん」

 「……、あ、どうも。神山です。ご無沙汰してます」
「………。はい、その事は、聞きました。でもどうして監督に?」
「…なんですって!?じゃ、じゃあ…俺は……」
 監督は、その時の自分の経験不足を、また呪う事になった。医者の極端な診断に対し、何も疑問を持たず、何も言えなかった、自分のせいで俺が選手生命を絶たれたのだと。泣いて、俺に謝っていた。
「…また連絡します。失礼、します」
数十秒間、俺と蒼衣さんの間に沈黙が滞った。先に口を開いたのは、俺の方だ。
「…そんなのって、無いよな」
「…えぇ、あんまりだわ。」
まだよくわからない感覚だった。時が経てば、だんだん脳と体が理解してくるのだろう。その時が、恐ろしかった。
「俺さ、野球選手になりたかったんだよ」
「……」
「なのに、なのにさ」
「神山君、あのね。」
気付けば彼女は、俺の手を握っていた。
「この間にキャッチボールした時の、本気の一球。私はやっぱり、おかしいと思ったの」
「…おかしい?」
「そう、肩を壊した人間があんなに真直ぐなボールを投げられるわけがないわ。私たち、時間が合えばこうして一緒に暮らしてるけど、あなたを見てても、体がどこかおかしいなんて、思ったこと一度も無いから」
「だから、俺の事をそんな目で見てたのか」
「え…?」
蒼衣さんの手の力加減が微妙に変化した。
「だから、俺に何か期待するような目で、俺の事見てたんだな」
「そんなこと…」
「あんたは、自分が思ってるより感情が表に出るんだよ。これだけ一緒にいれば、わかるよ」
俺にそう言われて、彼女は手を放して椅子に座り直した。
「ごめんなさい…それは絶対違うって、言えない」
「いや、俺の方こそ。こんな俺でも、蒼衣さんはこうして付き合ってくれてるじゃないか」
「…さっきの話の続き、してもいい?」
 先程の電話で、蒼衣さんが言っていた「その件に関しては本人の了承を得てない」で、その本人と言うのは、俺の事だった。蒼衣さんは研修先の病院で俺の肩を診てもらうつもりだったらしい。
「勝手な事して、ごめんなさい」
「…別に、いいんだけどさ」
「受けてくれるの?検査」
「あぁ、受けるよ。でも、もう遅いと思う」
 妙なものだ。
治ってるかもという期待して、病院に足を運ぶはずなのに。治ってくれてなければいいというのが、正直大きかった。

 検査が終わった後、近くの河原で蒼衣さんと座り込んだ。川の水が夕日を反射し、オレンジ色にキラキラ輝いていた。そこに右手で石を投げ込んでみる。
「…皮肉なもんだよな。怪我した後なんにもしなかったのが良かったなんて」
蒼衣さんは何も言わなかった。落ち込んでいるというか、何か考え事をしている顔で、ずっと水面を見ている。
「どう思うよ、これから必死にトレーニングして、いつ俺はプロ選手になれると思う?」
「成れるわ。あなたには、才能がある」
その言葉を聞いて、俺は一気に何かのテンションが上がる。
「才能!?あんたまでそんなこと言うのか!?」
「…やっぱり、嫌いなのね、天才とか、才能って」
「まるで俺のこと昔っから知ってる見たいな言い方だな」
この人に当たっても何にもならないというのはわかっていた。自分の言葉の節々が、とても情けないと感じた。
「…私ね。中学の時ソフトボールやってたんだけど、神山君と同じように、神童とか、天才肌とか、散々言われてた」
「まぁ、わかるよ」
フフ、と少し笑うと、蒼衣さんは続ける。
「酷い物よ。少し練習休んだくらいで、みんなに皮肉言われて…今思ったら、あれっていじめだったのかも。私、自分では、みんなの見えない所でも努力してるんだって言いたかった」
「………」
「私が、インフルエンザにかかったとき。何日か練習休んじゃって。一度みんなに責められそうになったことがあって、その時ね、ある男の子がそこに入ってきて…なんて言ったと思う?」
「…お前ら、こいつがどんだけ努力してんのかわかってんのかよ、練習終わった後、そこの河原に行ってみろよ。って?」
俺のその言葉を聞いて、蒼衣さんの表情は豹変した。
「覚えてて、くれたんだ…」
「今思ったら…確か蒼衣さんって眼鏡かけてたよな、あと苗字違ったしね。あの時は秋野さんだったっけ」
「私、私ね…ほんとに嬉しかったんだから」

 蒼衣さんは、その時の事を涙ながらに語った。日ごろの板ばさみが、一層強くなる中、俺の中にある何かも、蒼衣さんの言葉一つ一つで大きくなっていく気がした。

もう一度…。もう一度…。


……………。


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