「真昼の月」

代償の重さを思えば容易く口には出来ない真実があり、けれど密かに望み続けた紛れもない再会が眼の前にあり、どんな記憶も塗り替えられなかった確かな想いが浮き彫りになる。覚悟は何時でも。それが自分にとって事実ならば全てを棄てられる。だから見極める必要があった。本当に望んだのは再開と終焉、どちらだったか。未来を閉ざす再開。未来へ進む終焉と。

思い込みなく確かめたかった。其処にあるもの此処にあるもの。変わったものと変わらないもの。過去のわたしがあれほど強く愛した存在は、今のわたしにはどう映るのか。その差異、それはたぶん現在のわたしと過去のわたしの距離。何よりもそれを確かめたかった。

喉元過ぎれば熱さを忘れるというか、長く触れなければその感触を忘れる。ありのままだと思っていたものが思い込みにより美化されてゆく。わたしは未だその人を求め繋がっていたかったからこそ確実に己に都合良く美化していた事だろう。わたし自身それを知っていて、けれど眼を逸らしていて。

変わっていない。この人は何も変わっていない。
いい加減さ。人の扱いの軽さ。守らない言葉の無意味さ。けれどどうしても信じてしまうわたしの浅はかさ。この人を好きでいる限り幸せにはなれないと幾つも忠告を受けた過去。それを何一つ聞かなかった。この人に罪という言葉は無い。無邪気で残酷なイノセントを嫌という程わたしは識っていた筈なのに。

あの時のわたしの中に刻んだ幾つかの理由を思い出していた。痛い部分を忘れかけていて、美しかった事ややさしかった事だけでこの人を記憶の中に再度組み立てようとしていた事も。

わたしはこの人を求めた。その全てを愛した。
「過去」に。

今、わたしが微笑えるのはこの人が居るからじゃない。
それが100%ではなかったとしても笑わせてくれたのはこの人じゃない。
照りつける陽射しを掌で遮って影を作ってくれたのはこの人じゃない。
砂のように乾いた心に絶えず水を注いでくれたのはこの人じゃない。
どんなわたしであってもずっと見ていてくれたのはこの人じゃない。
居なくなってしまうと困るのはこの人じゃない。
わたしを生かしたのはこの人じゃない。
大切なのはこの人じゃない。
この人じゃない。

太陽のように強い存在の残像を瞼が憶え続ける。今でも笑顔に翻弄される。今までもこれからもこれほど強く人を愛せる事はないだろうと感じさせられる。

全ての基準だった。
けれどわたしはこの人の為に泣けない。
わたしと似た真昼の空に浮かぶ月を掌の闇に閉じ込めてからそういう事実に気付く。


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