セクサロイドは眠らない
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2004年10月15日(金) |
ベッドに入るのを見届けて、もう一本ビールを出す。駄目なのは、パパだ。ママがいないと、全然駄目だ。 |
「すみません。遅くなりました。」 また、最後のお迎えになってしまった。昇太は機嫌よく南先生と遊んでいた。
「あ。パパ来たねえ。じゃあ、お片づけしよっか。」 南先生は、昇太の遊び足らなさそうな頭にポンと手のひらを当てた。
「ちぇー。パパ、早過ぎ。」 「馬鹿。もう、お迎えの時間とっくに過ぎてるんだぞ。ったく。」
それから、南先生の方に向き直って頭を下げる。 「すみません。いつもいつも。」 「いいんですよー。昇太君、とってもお利口なんで、全然いいんですよ。今日だって、すみれ組さんの赤ちゃんのオムツ替えるの手伝ってくれたしね。」 「すみません。ほんと。」
僕は、暗くなった道を昇太と自転車で帰る。
「パパ、僕ねー。南先生のこと大好き。」 「そうかあ。」 「結婚したいぐらい。」 「はは。昇太が大きくなるまで待ってくれたら、プロポーズしな。」 「プロポーズ?なに?それ。」 「結婚してください、って言うんだよ。」
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妻が出て行ってしまってから、僕は転職した。昇太のお迎えに間に合う職場。保育園は、午後の8時までしか子供を預かってくれない。それまで、昇太のことは妻にまかせっきりだから、離婚した当初はひどく苦労した。でも、徐々に、徐々に。僕らは、二人だけの生活に慣れていった。
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「パパ。パパったら。」 「んん?」 「風邪ひくよ。」
食後、いつの間にか眠っていたらしい。昇太は、パジャマ姿で僕を心配そうに覗き込んでいる。
「風呂は?」 「一人で入ったよ。」 「ああ。そうか・・・。」 「じゃあ。パパ、おやすみ。」 「ああ。おやすみ。」
昇太がベッドに入るのを見届けて、もう一本ビールを出す。駄目なのは、パパだ。ママがいないと、全然駄目だ。
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「すみません。また遅くなりました。」
南先生がこちらを振り向いて、にっこり笑う。 「ああ。良かったあ。パパ、来たよー。」
昇太も、にっこりする。 「先生、僕、トイレー。」 「一人で行けるね?」 「うん。」
それから、南先生はこちらを向き直る。 「昇太君、卒園ですね。寂しくなるなあ。」 「いや。もう、やんちゃで。ほんと、お世話になりました。最後に南先生が担任で、本当に良かった。」 「私も。昇太君と一年過ごして、楽しかったですよ。」 「この仕事、結構大変ですもんね。」 「そうですねえ。でも、私、辞めちゃうんですよ。園を。」 「え?」 「結婚するんです。」 「そう・・・、ですか。残念ですね。結婚しても続けたらいいのに。」 「ええ。でも、相手が転勤になったんで。長野に行っちゃうんです。だから、一緒に行くんです。」 「ああ。そうですか。いや。おめでとうございます。」 「ありがとうございます。結婚したら、昇太君みたいな子供が欲しいなって思ってるんです。」 「あいつですかー。大変ですよ。先生には、もっと大人しい女の子がいいんじゃないかな。」 「あら。そうですか。ふふ。」
昇太が、叫ぶ。 「パパ、早く。テレビ始まるっ。」
「じゃあ、ほんと、お世話になりました。」 慌てて、園を出る。
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明日の卒園式には仕事を休むつもりだった。
「昇太。もう寝ないと。」 「あのね。僕、先生にプレゼントするんだ。」 「ふうん。」 「パパはしないの?」 「パパか?ああ。そうだな。パパもしようかな。」 「えとね。前、参観日で一緒に作った朝顔の折り紙がいいかなって思うんだ。」 「よし。パパも作るか。」
早速、はさみやら糊を並べる。
「ねえ。パパ。」 「なんだ?」 「南先生ね。ピンク色が好きなんだよ。」 「ピンク色か。」 「うん。筆箱とか全部ピンク色なんだ。」 「じゃあ、パパ、ピンク色で折ろう。」 「駄目だよ。僕が全部使うもん。」 「そっかあ。じゃあ、白い折り紙に色を塗ろうかな。おい。色エンピツ取って来い。」 「やだよ。自分で行けば?」 「分かった、分かった。」
そうやって、親子で深夜まで。無言で手を動かす。明日、南先生とはお別れだ。昇太、泣いたりしないだろうな。
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式の間中、南先生は泣き通しだった。つられて泣いてしまいそうになるのをこらえるのが必死だった。
式を終え、僕らは南先生にプレゼントを渡そうと、待った。
だが、南先生の顔が見えた途端、昇太は僕の手を振り切った。 「おい。こら。昇太。待てよ。」
僕は、慌てて追いかけた。だが、ごったがえす園庭で、僕は昇太の姿を見失った。
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やっと探し当てた時には、もう夕暮れだった。保育園で最後の遠足にいった公園だった。 「おい。昇太。」
昇太は、ブランコに乗ったまま、何も言わなかった。頬に涙の跡があった。
僕は、昇太を抱き締めた。
「パパ。」 昇太が泣き出したから、僕は昇太を抱いたまま一緒に泣いた。
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南先生へのプレゼントは、長野の住所に送った。あの日。くしゃくしゃになった、僕ら親子の作品。もらったほうは迷惑だろう。
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小学校に入った昇太は急に大人びた。家事も手伝うし、泣き言も言わなくなった。
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晴れた日。
僕らは釣りに出かける。
昇太とは、保育園の頃から、何度も釣りに行っている。僕ら親子の共通の趣味だ。
昇太がはしゃぐ姿を見て、ほっとする。ああ。連れて来て、良かったな。あんな笑顔、久しぶりだ。
その時。
「このあたりは何が釣れるの?」 聞き覚えのある声。
顔を上げると南先生がいた。 「先生!」 「やだ。もう、先生じゃないですよ。」 「ああ。すみません。どうしてここに?」 「あの・・・。お礼を言いたくて。」 「お礼?」 「すごく素敵なプレゼント。もらったでしょう?」 「いや。だって、あれは。や。もう。あんなもののお礼なんていらないですよ。」 「それから、昇太君が大好きな釣り、一緒にしてみたかったの。」
南先生はニコニコ笑っていた。
「旦那さん、怒るでしょ。こんな遠くまで。」 「結婚・・・。やめたんです。」 「え?」 「私が一方的に解消してきちゃった。」 「なんで、また・・・。」 「あのね。旦那の甥と姪を預かることが何度かあったんです。でもねえ。なんだか、うまくいかなくて。保育園みたいにはできなかったんですね。それでずっと考えてたんです。どうしちゃったんだろうって。」 「・・・。」 「でね。分かったの。昇太君みたいな子が欲しいんじゃなくて、昇太君がいいんだって。」 「は、あ・・・。」 「で。昇太君の言ってたこと、思い出したんです。パパと釣りに行くっていう話。それで、ここに来ちゃった。」 「いや。あの。」 「今はこっちでOLしてます。普通のOLってやってみたかったの。」 「保育園が恋しくなりませんか?」 「なりますよ。とっても。あんなに素敵なプレゼントもらったら・・・。」
風が吹いた。
二人共、無言になった。
知らん顔していた昇太が突然口を開いた。
「パパ。こういう時って、女の人に恥をかかせちゃいけないんだよ。」 「え・・・?」 「こういう時はプロポーズだろ。」 「あ。ああ・・・。」
言葉が出る前に涙が出ていた。まったく、泣き虫な父親でごめんな。心の中で昇太に謝る。
彼女がそっと差し出したハンカチを受け取る時、指先が触れた。
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