セクサロイドは眠らない

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2004年10月18日(月) スタンドの小さな明かりに浮かび上がる、白い体。私にそっくりな、ほっそりとした体つき。思わず息を飲む。

「あのね。由紀さんのご夫婦、離婚するんですって。」
「由紀さんって。ああ。お前の友達か。」
「ええ。」
「お前の友達の離婚って、3組目ぐらいじゃないか?」
「そうかしら。」
「ああ。俺が聞いただけでもそんなもんだ。」
「結構上手くいっている風に見えたのに。」
「やっぱり、あれだな。そういう夫婦は、夜が上手くいってなかったりするんだ。夫婦なんてすることしてれば何とかなるもんだって。」

そんなことを言いながら、バサリと新聞を置く。
「今日、帰るの少し遅くなる。先に寝てていいぞ。」
「分かりました。」

答えながら、ホッとする。

正直、苦痛なのだ。夫との夜のこと。

夫は、メーカーの管理職で、仕事を精力的にバリバリとこなす一方で、会社でも愛妻家として有名だ。私はといえば、そんな夫を愛してはいるが、肉体のほうの欲求はもともと少なかったのが、このところ全くというほどなくなり、苦痛すら感じるようになっている。

夫は、そんな私の変化に気付かず、今でも毎晩のように求めてくる。

私は、嫌だとも言えず仕方なく応じる毎日だ。

それ以外のことでは、とてもいい夫なのだ。子供がいないせいで私が寂しがるのを気遣って、友達と遊びに行くことにも、お金の使い道にも、驚くほど寛大だ。友達に打ち明ければ、贅沢な悩みと笑い飛ばされるだろうか。

--

その日の午後、友人の理恵からお茶に誘われた。以前、社宅で一緒だったのだ。

「でも、由紀のところ、びっくりよねえ。どっちにも、外に付き合ってる人がいたんですって。だから、あっさり決まったって。子供もいなかったから。」
「あの・・・。やっぱり子供がいないって、夫婦の絆は弱くなるものかしら。」
「あら。あなたのところもいないんだったわね。」
「ええ。」
「大丈夫よ。あなたのとこは、ご主人とってもやさしいもの。由紀のところは、ほら。彼女も仕事であちこち飛び回ってたから。」
「・・・。」
「やだ。深刻な顔しないで。ほんと、あたしったら、つい余計なこと言っちゃうから。ごめんね。気を悪くした?」
「いえ。あの。違うの。ちょっと悩んでて。」
「まあ。幸せな奥様にも悩みがあるのねえ。良かったら、聞かせてくれるかしら?」
「あのね。夫婦の夜のことなんだけど。」
「あら。まあ。夜って、あっちの方面のことよね?」
「お宅は、どれくらいある?」
「うち?うちは、もうとっくに・・・。あなたのところはどうなの?」
「それがね。逆なの。」
「あらあ。お幸せね。」
「それで、ちょっと困ってるというか。最近、ちょっと辛くなってきて。」
「そうなの・・・。」

理恵は少し考え込んで、それから、声をひそめてささやいた。
「あたし、いいところ知ってるの。そういう問題を相談していけるところ。」
「いや。あの。そんな大袈裟なのは困るわ。」
「大丈夫よ。相談だけだったら無料だから。」

理恵は、ふふっと笑って、電話番号をさらさらと書いて手帳を一頁破り、差し出して来た。
「あたしもさあ。いろいろとお世話になったから。」
「・・・。」
「ご主人にばれないようにね。」

私は、ドキドキしてメモをしまった。

「今日、ご主人遅いんでしょ?ゆっくりしていかない?」

理恵の誘いを断って、私は、家路を急ぐ。

--

電話の向こうでは、とても感じのいい女性が対応してくれたので、少しホッとする。

恥ずかしい気持ちを抑え、事情を説明すると、担当の者に変わるという。

しばらく待つと、落ち着いた感じの中年男性が出た。
「お悩みのほうは分かりました。」
「はい。恥ずかしい話ですわ。」
「それで、一つ確認しておきたいのですが、あなたにとって、それは相当深刻、かつ、解決したい問題であるということですね。」
「ええ。とても苦痛なんです。それさえなければ、主人のことはとても愛してるんですけど。私の問題なんですわ。前は、子供が欲しかったから我慢してましたけど、最近ではそれも望めないのに応じるのが辛くて。」
「分かりました。」

男は、それからゆっくりとした口調で、私にあることの説明を始めた。

「奥様の替え玉を用意しましょう。」
「え?」
「あなたにそっくりな女性をご用意します。」
「そんな・・・。無茶ですわ。」
「それがね。大丈夫なんですよ。」

男は、説明を始めた。柔らかい声色に、だんだんと頭がぼうっとしてきて、それが実現可能なアイデアのように私の頭に響いて来た。

「ただし一つだけご注意があります。これはあなたがおっしゃるように、危険なことです。ですから、これだけは守ってください。ご主人が他の女を抱いている間、あなたは決して、二人のいる場所に踏み込まないでください。同時に同じ場所に二人のあなたがいることは許されません。いいですね?」
「分かりました。」

男は、その後、料金の支払い方法やら、替え玉と入れ替わる際の連絡方法について説明を始めた。さっきまで、それはとても簡単なことのように思えていたが、急に怖くなってきた。それで、男に怖いと告げた。

「堂々としていてください。あなたのような悩みも、私どもは幾つも手がけて来ました。夫婦の性の食い違いは大変な問題です。大したことではないとどちらかが我慢をすれば、いずれそれは、夫婦の間に大きな溝を作ることになってしまいますからね。」
「はい・・・。」

--

そして、翌日の夜。

私は、夫が風呂に入っている隙に家を出た。後は、替え玉が上手くやってくれるのだ。

本当にこれで上手くいくのかしら?

私は、そんなことを考えながら、深夜のファミレスで時間を潰す。夜を一人でのんびりと過ごすのは好きだった。いつからか、夜は私一人のものではなくなっていたから、それは本当に嬉しいことだった。

午後2時を回り、携帯に合図が入った。

私は、家に戻った。

ベッドでは、夫が一人でぐっすりと眠っていた。昼間を精力的に過ごす男らしく、夜は滅多なことでは目を覚まさない。私は、他の女の気配を探したが何も見当たらなかったため、ほっとした気持ちで夫の横で眠りについた。

--

翌朝、夫はとても機嫌が良さそうだった。

「昨日は、何というか、お前もえらくのってたようだな。」
少し照れたように、夫が微笑む。

私は、何と答えてよいか分からずにうつむく。

「子供のことなんかで辛い思いもさせたが、お前がリラックスして楽しんでくれるのが一番なんだよ。」

その言葉に涙がこぼれそうになる。

いずれにしても、夫は何も気付いていないし、とても満足しているようだ。

「あなた、今日は?」
「今日か。今日は、早く帰れると思う。」
「分かりました。」

私は、その日も、あの番号に電話を掛けるだろうと思った。

--

そうやって、一ヶ月が過ぎ、二ヶ月が過ぎ。

その日、夫は昇進の内示が出たようで、とても機嫌が良かった。

「これもお前のお陰だよ。」
夫は微笑んだ。

心に決めていたことがあった。どうしても、夫と、他の女との様子が見たいと。それは抑え難い衝動になっていた。あんなに嫌だったことから解放されたのに、私の心の隙間には不安が入り込んで来ていたのだ。

夫が以前より確実に私への愛を深めている。その原因が他の女なら、それがどんなものなのか。知りたい。

これは嫉妬なのだろうか。

--

夜、私は、家を出たふりをして部屋にこっそりと戻った。

もう、夫はベッドに入っている。スタンドの小さな明かりに浮かび上がる、白い体。私にそっくりな、ほっそりとした体つき。思わず息を飲む。

「おいで。」
夫が、優しい声で言う。

言わないで。そんな声で。そんな目をして。それは、私じゃないわ。

私は、悲しみで胸がキリキリと痛む。

暗闇で、二人の影が重なる。上に下に。それから、喘ぎ声。私は、息を詰めて二人の様子を見守った。

だが、ついには、気持ちが抑えられなくなってしまった。
「やめて!」

夫が、明かりを点ける。
「誰だ?」
「私よ。あなたの妻よ。」
「妻ならここにいる。」

私は、あっと驚く。

私と同じ顔。同じ体つき。

「お前は一体、誰なんだ?」
「ですから・・・。あなたの妻よ。」
「おかしな事を言うな。妻は双子ではなかった筈だ。」

その裸の女は、怯えたように夫の体にしがみつく。ああなんてこと。怯えた表情まで、私にそっくり。

夫は、サイドテーブルから、拳銃を。
「夜、物音がすることがあったろう。だから、持っていたんだ。」
「やめて!そっちが偽物よ!」

私は、大声で叫ぶ。

夫は、左腕にもう一人の私を抱き、右の手を上げ、銃口をこちらに向ける。
「悪いな。きみのほうが偽物だという証拠もないが。顔も体も一緒なら、たったの今まで愛し合った女を選ぶしかないんだよ。」

私の左胸に、激しい痛みが走る。


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