セクサロイドは眠らない
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2004年10月12日(火) |
誰かのために生きていれば、私の体は価値を持つ。だが、誰のためにも生きられないとなったら、私の肉体は如何程の価値があるだろう。 |
気が付けば体があちこち痛かったし、ところどころ擦りむいていた。
私は、ゆっくりと体を起こし、辺りを見回した。
いつの時代か。随分と昔。映像の中でしか見たことのないような場所。人が近付いて来る。知らない土地の言葉をまくしたてながら髭もじゃの男が大またで歩いてくる。
私は身をひそめる。
不安と恐怖で震えが止まらない。
--
私が愛すべき人は、一人だけの筈だった。身寄りのない幼かった私を養女にしてくれた男。研究に一生を捧げる孤独な男。私は、彼に拾われ、育てられながら、彼の研究を手伝った。私は、博士と二人きりの生活の中で自然と彼を愛した。彼しか知らなかったから。博士も、人と接することは上手くはなかったから、随分とゆっくりだった。笑顔を見せるようになったのも、私の肌に触れるようになったのも。
だが、もう一人の男が現れてからおかしくなった。博士のところに飛び込んで来た学生。彼の研究を知り、助手を志願して来たのだ。
博士は、随分と渋った。だが、その情熱に負けた。
私は、助手を好きになった。若い男性を見て、何か激しい感情に揺さぶられた。博士にはない、張り詰めた肌。いきいきとうねる黒髪。
最初は二人でしゃべるだけで楽しかった。博士も、息の詰まるような生活を心配してだろう。私と助手を外に遊びに行かせることもあった。だが、博士の目を盗んで会うようになるまでに時間は掛からなかった。若い、自分のわがままをぶつけるような愛情を、私は初めて経験した。私は、二人でどこか行きたかった。このまま博士と暮らすことが辛くて、何度か恋人に懇願した。ここを出ましょう、と。だが、恋人は首を振った。ここでの研究をもっと続けたい。きみは、博士の機嫌を損ねないよう、今まで通り、博士とも上手くやってくれ、と。
だが、ついに、博士は、私達の関係に気付いた。
そして、こう告げたのだ。 「お前達を、私の目の届かないところにやってしまおう。」 と。
博士は、時間と空間を移動する方法を研究していた。私達を過去の時代、遠い異国へ飛ばしてしまおうというのだった。
私は泣いていた。
博士が、最後の夜、私を呼んだ時もずっと。
「泣かないでくれ。」 博士は、その年老いた顔で私を寂しげに見つめた。
「ごめんなさい。私・・・。」 「分かるよ。お前には悪いことをした。だが、私は耐えられないのだ。お前を失うことが。いっそ、知らぬ場所で幸福になって欲しい。」
そして、博士は、私の手の平に何かそっと握らせた。 「いつか。心から愛する人と一緒に帰って来るがいい。この時代に戻ってくるスイッチだ。二人の人間しか連れてこれない。チャンスは一度だけだよ。」
私は、涙に濡れた顔を上げた。
「今の私は嫉妬に狂っている。お前が愛する男と、お前とは、ずっと離れた場所に飛ばしてしまう予定だ。だが、お前達が本当に愛し合っているなら、きっと会えるだろう。」
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思えば、幼い頃から博士がいた。抱き締めてくれることは滅多になかったけれど、一人きりで置き去りにされたこともなかった。いつだって、そばにいてくれた。
本当に一人になってしまうということは、何と不安なことだろう。
私は、震える手で、ポケットの中の、元の場所に戻れるスイッチをまさぐる。幾枚かの紙幣にも気付く。博士が入れてくれていたのだ。
愛する人はどこ?
私は、痛む足を引きずって、外にふらふらと歩いて出た。
人々が私をじっと見つめる。当然だ。奇妙な服。奇妙な髪型。彼らにはそう見えるだろう。
私は、涙をこらえ、一夜の宿を求めるために歩く。
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手持ちのお金はすぐ尽きた。
何とか、身振り手振りで頼み込み、仕事をもらいながら旅をした。
私と同じ、黒い髪、黒い瞳の異国人を探して歩き回った。
だが、もう、疲れ果て、先に進めない。
恋人も私を探してくれているだろうか。
私は、もう、どうでもよくなっていた。このまま一人、元の時代に戻っても、私は博士のところにはいられない。
私は、自分の体を売ろうと思った。
誰かのために生きていれば、私の体は価値を持つ。
だが、誰のためにも生きられないとなったら、私の肉体は如何程の価値があるだろう。
幸い、異国の女は高く売れる。
私は、顔を隠し、豊かな黒髪を垂らして、路上にたたずむ。
男が来た。若い男。 「今晩、お前を買ってもいいか?」
私は顔を上げた。私のよく知る言葉で話す、黒髪の男がいた。
探していた人が、そこに立っていた。
彼も驚いていた。
--
その晩、私達は、抱き合ったまま、尽きぬ苦労話で一晩過ごした。
私は、もう何もかも捨ててしまいたいと、体を売ることを決めた。彼は、私の黒髪を見て、なつかしさのあまり声を掛けた。
「探してたのよ。ずっと。」 私は、泣いた。
私達は結婚した。
やっと幸福になれると思った。
一年が過ぎた頃、私達は三人になっていた。黒い髪が豊かな可愛い赤ちゃん。
だが、夫は荒れていた。元の研究がしたいと、酒を飲むようになっていた。
私は、あの、スイッチのことは黙っていたのだ。今更、博士の顔を見られるとも思っていなかった私は、愛する人と一緒ならどこでだって幸福だと信じていた。
だが、夫にとっては、違うのだった。今の生活を呪い、私と一緒にいるだけでは幸福になれないようだった。
私は、赤ん坊と二人、夫が酒を飲んで暴れる時は身を隠すようになった。
ある日。
夫が、昼間から見知らぬ女と歩いている様子を見つけた時、私は、大声で泣き出した。それから、家に戻り、眠っていた子供を抱き、あのスイッチを押した。
二人だけ戻れるの。
私は、つぶやいた。
後を追いかけて来た夫の前で、私と子供が姿を消す瞬間、彼の怖ろしい罵り声が聞こえて来た。
--
元の場所だった。
殺風景だが、愛に溢れていた。博士が愛した場所。
誰もいないの?
私は、赤ん坊を抱いて、かつての私の部屋を訪れた。そこは、変わらなかった。
私は急に心配になって、博士の部屋へと向かった。
書籍で溢れかえったその部屋のベッドで、なつかしい顔が目を閉じて横たわっていた。
博士だった。
死んだのかしら?
私は、慌てた。
その瞬間、赤ん坊が泣き出した。
博士が目を開けた。 「帰って来たのか。」 「ええ。」 「痩せたな。」 「少し。」 「ここへ来て、顔をよく見せておくれ。」
私は、赤ん坊を博士によく見えるように差し出した。
「お前に似てる。」 「そうですわ。」
博士は、言った。 「眠っていた。お前の夢を見た。ここに戻って来る夢。これも夢か。」 「いいえ。いいえ。本当ですわ。」 「なら、いい。」
博士は、微笑んだ。
「二人で帰って来たんだな。」 「そうです。」
愛する者が、もう一人増えた。と。
博士は嬉しそうに言った。
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