セクサロイドは眠らない

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2004年03月19日(金) その男女は、夫婦としてやって来たが、夫婦のようではなかった。恋人同士のような、敵同士のような。

風が出て来た。

母が経営している小さな浜辺の宿の玄関がカタカタと風で音を立て始める。

少年は、舌打ちをした。このまま外で風が吹く様を見ていたら、すぐにでも母が心配して少年を呼ぶだろう。少年は、重い腰を上げて宿に戻った。

「風が強くなってきたわね。」
母が言った。

もう何度となく、この季節になると母が言う言葉。

「うん。」
「部屋に入ってなさい。」
「分かってる。」

少年は、ほんの少し唇を突き出して、頬を膨らませて見せる。が、母は構わず、宿の玄関から入り込む砂を丁寧に掃いている。

「そんなに砂の掃除が大変なら、玄関がきちんと閉まるように直してもらったらいいのに。お金がないわけでもないだろう。」
少年は母に言う。

「そんなことしたら、何も入れなくなるじゃない?」
母は意味不明の事を言いながら、しゃがみ込んで最後には手で砂を集める。

少年は、暖炉の上に置かれたコルクの栓をした瓶に目をやる。砂の入った瓶。

「今夜は、お客さんが来るから。」
「どんな人達?」
「ご夫婦よ。」
「僕、挨拶してもいいかな。」
「・・・ええ。多分。でも、あまり邪魔にならないようにして。」
「分かってるよ。うるさくしないようにする。」

少年は二階へ上がって行った。

宿の女主人は小さくため息をついた。ねえ。あの子。そろそろ反抗期かしら。だんだん扱いが難しくなるわ。もうすぐ客から海の向こうの話を聞くだけでは満足しなくなるでしょう。きっと、遠くに行きたがる。そうしたら私、どうすればいいのかしら?

--

少年の体は砂でできていた。少年の父親が砂男だから。ある日、母は、大量の砂と共に彼を吐き出して、そして彼は産まれたのだ。少年が産まれた時には、もう、少年の父はいなかった。風に乗ってどこかに行ってしまっていたのだ。

少年が住んでいるのは小さな島だった。住人は年寄りばかりだ。訪れる客もほとんどいない。おまけに少年の体は砂で出来ているから、誰かと強く抱き合うこともできないし、食べ物や飲み物も必要としない。

母と海が全てだった。ずっと。

幼い頃はそれで良かった。年に一度、嵐の季節には、少年が叩きつける風に怯えても一晩中歌を歌ってくれていた。その歌を聴いていると、少年は安心して、いつの間にか眠りに就くことができた。

だが、もう少年は幼い子供ではない。海の向こうの話を聞いているだけでは満足できない。

母は怖がっているのだ。少年が父親と同じように風にさらわれて遠くに行ってしまう事を。だが、少年はそれでも構わないと思っている。強い風が彼の体をバラバラにしても。そうやって何か別のものになり、新しい世界を知って行った砂の男の話を、いつか、カモメから聞いた事がある。今はまだ、母を一人にはできないし、彼自身が母を頼りにしている部分もあるから、もう少しだけ母のそばにいるつもりだが、そのうち彼は風に乗るつもりでいる。その気持ちは日増しに膨らんで、もう抑えられなくなってきているのだ。

--

その男女は、夫婦としてやって来たが、夫婦のようではなかった。恋人同士のような、敵同士のような。

少年が挨拶をすると、男は笑って、
「お前みたいな種族の事は知ってるよ。こっちに来なさい。」
と言って、少年をそばに座らせた。

女は数秒間じっと少年を見て、それから、
「前に会った事があるかしら?」
と訊ねた。

「ないと思います。」
少年は答えた。

母は、食事の給仕を手早く済ませ、後は部屋に入ってしまった。

男は陽に焼けていた。長く旅を続けていたらしい。女の方は身ごもっていて幸福そうだった。赤ちゃんを産むには少し高齢な気がしたが、多分、無事に産むことができるだろう。

「なんでこんな何もないところに来たの?」
少年は不思議だった。

女が言った。
「この人が来たがったのよ。」

男が言った。
「前にここに来た事があってね。なぜか、気になっていたんだ。」

少年はうなずいた。

女が少年に触れようとしたから、少年は慌てて後ずさった。

「ごめんなさい。僕・・・。」
「いいのよ。知ってたの。この世に、抱き締める事ができない存在があることを。前もそうだった。食べる事も飲む事も、抱き締められる事も叶わない。こういったら失礼だけど、私なら、そんな事耐えられないわ。」
「僕みたいなのに遭った事があるの?」
「ええ。あなたみたいな子供。」
「彼はどうなった?」
「風に乗って行ったわ。冬になって。」
「バラバラになって?」
「多分ね。気付いた時には、彼は一握りの砂を残して行ってしまっていたから。」
「彼は怖がっていたかな?」
「怖がる?どうかしら。でも、多分、彼は分かっていて、怖がってなかったわ。むしろ、待っていたのかもしれない。」
「そうなんだ・・・。」

少年は、自分と同じような存在を知るたびに胸が高鳴る。

それから、女が言った。
「先に部屋に行ってるわ。お腹に赤ちゃんがいるせいで、眠くてしょうがないの。」

女が出て行くと、男が訊いた。
「お前の母さんは元気か?」
「うん。」
「そうか。」
「母さんを知ってるの?」
「ああ。」
「でも、今日は二人共知らん顔してたよ。」
「気を遣ってくれたんだろう。私の妻が妊娠してるのを知って。」

少年は、男が何を言いたいのかを知るために少し待った。

だが、男は何も言わなかった。

少年もあきらめて、部屋に引き上げた。

--

次の日、泊り客は帰って行った。海が荒れそうだから、と。

少年は彼らを見送った。

そして、そのままいつまでも海を眺めていた。

知らぬ間に母が背後に来ていた。
「ねえ。どうして海を眺めるのが好きなの?」

少年は振り返らずに言った。
「向こう側と繋がってるからさ!」

母は、
「そうね。」
とだけ言って、そのまま立ち去った。

風が強くなって来た。

少年は風の話し声を聞いた。どこに行くだとか。どこから来ただとか。

それから、両手を広げた。

何度目かの強い強い風が手を差し伸べて少年の体を救い上げた。

少年はバラバラになって。

--

「ねえ。あなた。あの子、行ってしまったわ。」
彼女は、キッチンに座って。両手には、砂の入った瓶。

「分かってたの。いつか行くって。でも、少しでも長く引き止めておきたかった。」
瓶の中で砂がサラサラと音を立てる。

「私、ずっと思ってたわ。あなたたち砂男って、何て不自由なんでしょうって。そのもろい体を支えて生きて行くのはさぞかし大変でしょうって。でも、その後で、ずるいって思ったの。風に乗ってどこにだって行ける。風のせいにして、後に残した人にさようならも言わずにどこかに行ってしまうのなんて、ずるいって。」
砂は、また、サラサラと音を立てる。

「でも、どこにも行けないのではなくて、どこにでも行けるから、あなたを愛したのね。」

彼女の手の平の中で砂は。だが、彼女を、包み込んで。

「遠くに行かないときみを愛することができないと、そう思ったんだよ。」
彼は、彼女に言った。

彼女は、分かっていたわ、とうなずいた。


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