セクサロイドは眠らない

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2004年03月17日(水) 妻は微笑んで見せる。その目は語っている。ええ。分かってるわ。これは間違い。でも、お願い。このまま、

最近じゃ、ロボットも安価に手に入るようになった。そいつらはペットや家族の顔をして僕達の生活に入り込んで来ている。もちろん、人間に似せられてはいるが、動作も知性も実にお粗末だ。なぜ人は人型ロボットなんか欲しがるのだろう。そこには、人間の安っぽい欲望が映し出されているようで見ているだけで腹立たしい。

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ある春の日、僕は素敵な女性と結婚をした。飾り気のない、笑顔の素敵な女性。

式が終わってようやく二人きりになった時、緊張の解けた顔で彼女は僕を見て言った。
「これからよろしくお願いします。」
「こちらこそ。」

僕は、彼女の手を握った。早く子供が欲しいと思った。多くの人々が結婚する時夢見るように、僕も夢見ていた。小さな家。彼女と僕と、僕らの可愛い子供。ささやかだが、誰にも壊されたくない家庭。

「子供は何人欲しい?」
僕は訊ねた。

「沢山よ。」
「僕もだ。」

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間もなく、彼女は妊娠した。

「あなた、お帰りなさい。」
彼女の言葉は喜びに満ちていて、温かい食事の香りと共に僕を出迎える。

「無理するなよ。」
「ええ。大丈夫。」

食事を終えると、ソファに座り、生まれて来る子供について語り合う。そんな幸福。

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「ご主人ですか。」
「はい。妻は、どういう具合なんでしょうか?」
「何とか落ち着いて来ました。ですが、しばらくは安静にしないと。」
「子供は?子供は無事ですか?」
「ええ。無事ですよ。」
「ありがとうございます。」
「ただし、奥さんの方は、次に妊娠したらもう、出産には耐えられないでしょう。残念ですが、この先はお子さんは望まれないほうがいいですよ。」

体の小さな妻は、子供を大層苦労して産んだ。入院してから三晩がかりのことだった。眠る妻の傍らで僕の手は震えていた。もう少しで、僕は妻と子と、両方失うところだったのだ。

妻は、血の気のない顔をして点滴につながれたまま、目を閉じていた。

僕は、泣いた。

幸福とは、いつもそれを失う不安と背中合わせだ。

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随分と長く掛かったが、妻と、僕らの赤ちゃんは無事退院することができた。可愛い男の子だ。今はまだ、少し小さいが、きっと誰よりも大きく育つだろう。僕らは子供に、「大樹」と名づけた。

「心配掛けてごめんなさい。」
妻は、頭を下げた。

「きみが謝る事じゃないよ。」

でも。ああ。良かった。僕は、両手を広げ、妻と子をしっかりと抱き締めた。

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大樹は、すくすくと育った。あっという間に五歳になった。

「大樹。お誕生日は何が欲しい?」
「えとね。パパ。僕、犬のロボットが欲しい。」
「ロボットか。ロボットは、駄目だ。」
「どうして?」
「パパは、ロボットはあんまり好きじゃないんだ。」
「でも、ママのアレルギーが出るから、本物の犬も駄目なんでしょう?」
「ああ。そうだな・・・。」
「僕、犬が欲しい。ママとお外に行けない時は、おうちで遊べるし。犬が欲しいよ。ねえ。お願い。」

振り返ると、妻が懇願するような目で見ていた。僕は、折れるしかなかった。

息子の誕生日を境に、仕事から帰った僕を出迎える声は三種類になった。
「あなた、おかえりなさい。」
「パパ、おかえり!」
「ワンワン。」

慣れれば、悪くはない。旅行の時は電源をOFFしておける犬ロボット。僕は晩酌のビールを飲みながら、妻と息子がロボット犬と戯れる姿に目を細める。

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なぜこんな事が起こるのか。

もうすぐ小学校に入学するという時。息子は、家のすぐ前で交通事故に遭って亡くなってしまった。

体の弱い妻は、その日を境に寝たきりになってしまった。

時折、妻は息子の名前を呼ぶ。だが、返事はない。それから、妻は、初めて息子がいないのにはっと気付いて、激しく泣く。繰り返しだ。

そんな妻を見ていられない僕は、ある事を思いついた。息子に似せたロボットの入手。息子が生きていた頃に採取した息子の音声データをメーカに持っていけば、ロボットは息子の声でしゃべるようになる。

妻の主治医は、僕が相談するとすぐさま賛成した。このままだと奥さんの体が心配です。そう言われて、僕は迷わず決意した。

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「ただいま。」
私は、言う。

「あなた、おかえりなさい。」
「パパ、おかえり!」
「ワンワン。」
変わらない声が出迎える。

僕は錯覚しそうになる。そこには、あたかも息子がいるようだ。だが、よく見れば、息子と同じ声を持つロボット。

妻は、それでも幸福そうだった。ロボットに、大樹のために買ったランドセルを背負わせて手を叩いている。

やりきれない気持ちで見ている僕に向かって、妻は微笑んで見せる。その目は語っている。

ええ。分かってるわ。これは間違い。でも、お願い。このまま、このロボットを息子と信じるふりをさせてちょうだい。

僕は、だから、何も言わない。

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あちこち言った。妻と、大樹と、ロボット犬を乗せて。海が見える場所。広い草原。

僕らが家族と信じれば、それは家族だった。

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ある日、僕が仕事から帰ると、
「パパ、おかえり!」
「ワンワン。」
という声。

不思議に思ってキッチンに行くと、妻がテーブルの上に伏せていて。空っぽの薬の瓶が転がっていた。

そばで、ロボット犬と大樹がぎこちない動作で戯れていた。

「なあ。眠ってるのか。」
僕の声に返事はなかった。

なんでだよ。お前がいつもみたいに出迎えてくれなくちゃ。なあ。返事しろよ。僕はがっくりとそこに膝をついて、頭を抱える。

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「ただいま。」
いつものように。

「あなた、おかえりなさい。」
「パパ、おかえり!」
「ワンワン。」
再び、三人の声が出迎える。

妻の姿をしたロボット。そのそばで、大樹とロボット犬。

もはや、ロボットは、家族の一員ではない。人間である僕が、彼らの一員だ。

だが、ロボットか、人間か。そんなことはどちらでもいい。そこにあると思えば、愛が、絆が、確かに見える。

夜は長い。妻の前にビールのコップを置いて、僕も、自分のコップにビールを注ぐ。

そういえば、書類が届いていた。必要な事項を記入して、データを添える。明日、契約に行くのだ。

私がもし死んだら、私の声を持つロボットを作成してもらうために。

そうしないと、誰が彼らに「ただいま」を言うのか。


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