セクサロイドは眠らない

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2004年03月16日(火) 彼女は問うたのだ。「ねえ。不倫に正しい不倫ってあるのかしら。」僕は、適当な返事をすると、彼女の白い滑らかな曲線に

「ねえ。不倫に正しい不倫ってあるのかしら。」
彼女がベッドそんな事を訊いたことがある。

僕は、その時どんな言葉を返したっけ。うまく思い出せない。どっちにしても、正しいか正しくないか、なんて考えもしない事だったから。

彼女は、その時の僕の返事に満足したのか、しなかったのか。思い出そうとしても思い出せない。僕は、彼女の白い背中ばかりを気にしていた。

--

僕が出会った頃、彼女は子供服の店を始めたばかりだった。彼女自身は五歳の男の子の母親で、息子に服を作っていたのが近所で評判になってついには店を開く事になったというのが事の成り行きらしい。なんだか知らないうちに話が進んじゃって。そう言って彼女は謙遜してみせた。彼女の夫は事業に成功していて、彼女は自分の店を持つまでは退屈した主婦だった。

僕はと言えば、しがない企画屋だ。店の宣伝のためのホームページを立ち上げたいという理由で彼女が知人のつてを探した結果、僕に行き当たったというわけ。何も分からないから全部お任せしたいの。そう、僕に提示した金額は目が飛び出るほどだった。僕が慌てて修正した金額を告げると、彼女はほっとしたように笑った。
「正直なのね。他の業者さんはもっと高い値段を言ったわ。」
「そいつらはみんな、夢のような事を言いませんでしたか?」
「そうね。いろんな資料を沢山見せてくれたわ。」
「無駄なお金を遣う事は賛成できません。あなたの大切なお金だから。」
「あなたにお任せするわ。」
「いいんですか?」
「ええ。いいの。直感よ。」
「ありがとうございます。」

契約書なんか交わすのはよしましょう。と彼女は言った。そんなものに縛られたくないの。あなた自身がやりたい事を提案してちょうだい。

そして、僕は、彼女の店のためにコンテンツの企画書を作った。それはとても楽しく幸福な時間だった。彼女は、僕が困らないようにいつも多額のお金を払ってくれた。こんなには要りません、と慌てる僕に、彼女はいつも微笑んで見せた。あなたの無限の可能性に投資をしたいの、と彼女は言った。

そして、僕らの企画は大当たりして、彼女の作る子供服は飛ぶように売れた。気付けば、彼女のアトリエには多くの人々が出入りするようになっていた。

そうして、僕らはある日、親友から恋人同士になった。

彼女は、僕には過ぎる存在だった。ほっそりした体と神経質過ぎる性質が僕を惹き付けた。不安がる彼女を励ますのが僕の役目だった。ある、彼女の夫が出張に出ている間の嵐の夜、僕は彼女の震える体を抱き締めずにはいられなかった。

--

そんな幸福の絶頂の時、彼女は問うたのだ。
「ねえ。不倫に正しい不倫ってあるのかしら。」

僕は、適当な返事をすると、彼女の白い滑らかな曲線に唇を這わせた。時間が惜しかった。僕はもうすぐこの街を離れなければならなかった。僕が勤める会社が他県に支社を出すということで、その支社長に抜擢されたのだった。

彼女に切り出すのは、もう少し先でいい。

僕はもう一度、彼女の体の火照りが静まらないうちに彼女の体を抱いておきたかった。

数時間後、すっかり落ち着いた様子で僕の腕の中に納まっている彼女に僕は転勤の事をそっと切り出した。

彼女は、僕の言葉を静かに受け止めた。
「そう。おめでとう。」

彼女の顔から、特別な感情は読み取れなかった。僕は少しがっかりした。取り乱して行かないでくれと言われたらどうしようか、と思っていたのだ。

だが、彼女は、明るく微笑んで言った。
「頑張ってね。」
と。

僕は、
「ありがとう。」
と言った。

それしか言えなかった。当たり前だ。相手は裕福な家庭で幸福に暮らす美しい人妻だ。もしかしたら、そろそろ僕に飽きていたのかもしれない。

僕は、もう一度言った。
「ありがとう。」

--

一年が過ぎ、僕は久しぶりに彼女がいる街を訪ねた。彼女の店は元の場所にあり、なかなか繁盛しているようだった。だが、店には彼女の姿はなかった。店番をしている女の子に訊くと、入院していると教えてくれた。

僕は、教えてもらった病院の内科の病棟を訪ねた。

病室の彼女は、とても小さくなっていた。僕を見ると、あのはにかんだような笑顔を見せてくれた。
「久しぶり。」
「恥ずかしいわ。こんな格好で。突然来るなんてひどい人ね。」
「変わらないね。」
「うそ。変わったわ。」
「いや。変わらない。綺麗だ。」

本当はすぐに帰る予定だった。だが、帰るわけにはいかないと感じた。彼女があまりにも小さくなっていたから。あまりにも寂しそうに微笑むから。

「何があったのか教えてくれるかな?」
僕は訊ねた。

「何って。あなたに教えるようなことはないわ。」
「嘘だ。ある筈だよ。ねえ。教えてくれないか。」

彼女は僕から視線を外すと、ぽつりぽつり語りだした。僕がいなくなってから、いろんな事が上手く行かなくなったのだと。店の方も。夫との関係も。そして、体までも壊してしまったと。

「僕のせいかい?」
「・・・。」
「教えて欲しい。僕のせいなんだろう?」
「・・・ええ。」

彼女は両の手で顔を覆った。
「あなたがいなくなっても平気だと思ったの。だけど、駄目だった。何もかもがびっくりするぐらいに上手くできなくなって。」

僕は、彼女の顔を覆う手を外すと、そっと涙の伝う頬に口付けた。
「ごめん。遅くなって。」
「いいえ。いいえ。あなたに迷惑は・・・。」

だが、残りの言葉は、僕の唇がふさいだ。

--

その日から、週に一度。僕は理由を作って、彼女の元を訪れた。その頃には僕も結婚していたというのに。

僕が行くと、彼女の頬がバラ色に輝いた。彼女の病気は少しずつ回復し、僕は、時折彼女を病院から連れ出してあちこちへとドライブした。

春の海は、まだ少し肌寒かった。だが、彼女が靴を脱いで波と戯れている姿が、僕の心を熱くした。

「あると思うよ。」
僕は彼女に呼びかけた。

「え?何?」
「正しい不倫。」
「よく聞こえないわ。」

問い返す彼女に、僕は笑って手を振った。

そうやって、半年が過ぎ。

彼女は元気を取り戻した。彼女と彼女の夫との間には離婚が成立した。

それから、再び僕らの間に転機が訪れた。僕の妻の妊娠。それから、新しい支社立ち上げのための再びの転勤命令。

「そう。」
以前と同じような表情で答えた彼女だったが、直後、表情が歪んで涙が溢れて来た。

僕は彼女を抱き締めた。

またしても彼女を苦しめることになるのかと思い、僕も一緒に泣いた。

長い長い間、彼女は大声で泣いた。

それから、そっと僕の体を押しやると、言った。
「もう大丈夫よ。いってらっしゃい。」
「また来るから。必ず。」

彼女は黙ってうなずいた。

僕らの二度目の別れだった。

--

店は、前と同じ場所にあった。

ドアを開けると、チリチリとドアベルが鳴った。

「いらっしゃいませ。」
彼女の声が明るく響いた。

「あら。お久しぶり。元気でした?」
彼女の笑顔は、以前とは明らかに異なっていた。

「ええ。何とか。」
「お子さんは?」
「三歳です。来年には幼稚園に上がります。」
「そう・・・。」

その時、そばにいた上品な紳士が、
「じゃあ、僕はこれで失礼するよ。」
と、彼女にささやいた。

彼女は、小さな表情の変化だけで彼に何かを伝えた。

僕は、その瞬間に分かった。

紳士が去った後、僕は彼女に訊ねた。
「恋人?」

彼女は、微笑んで頬を染めた。

僕はそれを見て、少し寂しい気持ちになった。

「ねえ。私、思うのだけれど。」
「何だい?」
「正しい不倫について。私、あなたに訊いたりしたわよね。」
「ああ。その事。」
「答えは、自分の心の中にあるのに。まるで、誰かがどこかで裁いてくれるんじゃないかって。ずっと待ってた。でも、どちらにしても、私から恋を捨てることなんかできやしなかったわ。恋が私を置いてどこかに行ってしまうまでは。」
「僕には分からない。そんなこと考えもしなかった。ただ・・・。」
「ただ・・・?」
「いつだってきみが僕を置いて行ってしまう気がするよ。身勝手だけどさ。」

彼女はそっと微笑んだ。
「あの恋があったから、今の私がいるのよ。」

僕も微笑んだ。
「僕もだよ。」

それから、僕は、
「また、来るよ。」
と言って店を出た。

そして振り返ると、もう二度と来ない場所を目に焼き付けるため、しばらくそこに立ち尽くした。


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