セクサロイドは眠らない

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2004年02月13日(金) 顔を近づけて来て、声をひそめて言った。「ねえ。どうだったの?良かったの?」「・・・。」「それが一番大事よ。」

家に帰っても、まだ体が熱く火照っている。昼間の出来事を何度も思い返し、起こった事を考えてみる。夫が出張中なのが幸いだ。夜、暗くなっても、食事を取る気にもならず、ぼんやりとした時間を過ごした。

急に、家の電話が鳴った。

私は、慌てて立ち上がり、電話を取った。
「もしもし?」

受話器から、ヨウコの明るい声が響いた。
「もしもし。ヨウコです。」
「あら。ヨウコ。」
「ねえ。明日なんだけどさあ。ランチ行かない?」
「え?いいわよ。」
「駅前の居酒屋がこの前からランチも始めたんだけど、内容が結構いいのよ。」
「うん。分かった。」
「じゃあ、明日、昼前に伺うわ。」
「・・・ええ。」
「ねえ。」
「なに?」
「あなた、今日、ちょっとぼんやりしてない?」
「そうかも。」
「なあに?何かあったの?」
「明日、お昼にでも話すわ。」
「やだ。気になるわー。」
「明日よ。明日。」
「分かった。楽しみにしとく。」

--

ヨウコは、12年前、私が初めて就職した先での同僚だった。あれから、お互いに結婚して主婦に納まった現在でも交流が続いている。お互いに子供がいないせいもあって、割と頻繁に行き来がある。互いの夫にも公認で、しばしば飲みにも出掛ける。それぞれの夫も交えて遊びに行くことだってあるぐらいだ。

「ヨウコが。」
と、一言いえば、夫には話しが通ってしまう。ヨウコの家庭の方も似たようなものだ。

気が合うのかどうか。

たまたま、お互いのライフスタイルやら何やらで一緒に行動し易かっただけとも言えるけれど、これだけ長い付き合いなのだから、やはり気が合うのだろう。

--

「で?何なの?」
「え?」
「とぼけないでよ。」
「ああ。昨夜のことね。」
「私さあ。気になって、気になって。」
「大した事じゃないのよ。」
「うんうん。」
「昨日ね。ほら。例の読書会で知り合った永田さんに誘われてドライブ行ったの。」
「ああ。例の5歳上の既婚男ね。」
「それだけよ。」
「嘘。」
「ほんとだって。」
「まだ、何か隠してる。顔が違うもの。なんだか、今日は、顔がパーッと薔薇色に輝いてて、お肌つやつやって感じよ。」
「・・・ホテル行った。」
「え?本当?」
「うん。そんな事になるなんて思わなかった。そんな事、何にも言わずに、車がすっとそっちに入るから。で、いいですかって訊かれて。」
「オッケーしちゃったんだ。」
「・・・うん。」

話をしているだけで体が熱くなる。

「で?どうするの?」
ヨウコが大きい目を見開いて訊いて来る。

「分からない。」
「分からないって。どうせ、あっちから電話してくるよ。」
「うん。」
「そしたら、どうするの?」
「だって・・・。」

ヨウコはニヤリと笑って言った。
「私の名前、使っていいよ。」
「え?」
「だから。ご主人にはさ。私と会ってたってことにしたらいいから。」
「そんなの。分からない。もう会わないかもしれないし。」

ヨウコは、顔を近づけて来て、声をひそめて言った。
「ねえ。どうだったの?良かったの?」
「・・・。」
「それが一番大事よ。もう一度会ってもいいかどうか。」
「・・・分からないわ。」
「なるほどね。」
「何が、なるほどね、よ?」
「嫌じゃなかったってことだ。」

私はまた、体がカッと熱くなる。

「あはは。大事なのはね。サチが楽しんでるかどうか、よ。」
「・・・。」
「結婚しててもさ。そういうのって大事と思うんだ。」
「ねえ。」
「何?」
「これ、恋かしら。」
「どうかな。抱かれてボーッとしてるだけかもね。」

ヨウコは笑って、私の方に伝票を手渡した。

ヨウコの分まで支払って店を出ると、ヨウコは笑って言った。
「ごちそうさま。」

私は、何だかホッとした。誰かに肯定して欲しかったから。帰り道、ヨウコが運転する車の中で、私はずっと永田の事を話していた。話しながら思い出していた。永田のしぐさ。永田の言った台詞。

「今日は、ありがとう。」
「いいのよ。頑張るのよ。」

--

夫が出張から戻って来た時には、私はもう、随分と平静を取り戻していた。

夫から、何か変わった事はなかったかと訊かれて、何も、と答えた。

ヨウコと遊んでたの。

そう言うと、夫は、ああとうなずいて、それ以上は何も訊かなかった。

--

私は、上手くやっていると思ったのだ。家庭も。恋も。

何度かに一度は、ヨウコの名前を使って出掛けた。

夫は疑いもせずに送り出してくれた。

ヨウコには、何でも話した。ヨウコは、ただ、共犯者のように私の話を何でも聞いてくれた。

そうして、慣れてしまった頃。

夫が、
「昨日の昼は、ヨウコさんと一緒じゃなかったんだって?」
と、突然に言う。

一瞬、背中を冷たい汗が流れた。

「昨日はヨウコさんとランチだったって言っただろう?」
「ええ。」
「ヨウコさんのご主人と会ってさ。昨日、ヨウコさんの誕生日だったから、昼に指輪を取りに行ったって話を聞いてね。」
「・・・。」
「急に気付いたんだ。」
「・・・ごめんなさい。」
「で?本当は何をしていたの?」
「あなたの。」
「え?」
「あなたの欲しがってたデジカメがどんなものなのか、あちこち見て回ってたの。ほら。もうすぐバレンタインデーだから。内緒にしてようと思ったんだけど。」
「そうか。」
「私って、嘘が下手だわ。すぐバレちゃうのね。」

夫が急に私を抱き締める。

「なあに?」
私は驚く。

「なんだかさあ。最近、サチ、綺麗になったよな。」
「やだ。」
「色気が出て来た。」
「やめてよ。」
「馬鹿みたいだ。昨日、僕に内緒で誰かに会ってたんじゃないかってね。なんだか、急に思えちゃったから。」

思いもよらない優しい言葉に、ふっと泣きたくなる。

デジカメの話は、咄嗟の嘘。永田が、新しいデジカメの話をしてくれたから。嫌な私。

--

それでも、やめられなかった。

もはや、私には、永田との逢瀬が、唯一、結婚生活を続ける口実にすら思えていた。

だから。

永田の妻が妊娠したから。もう会わないと言われた時、私は激しく抵抗してしまった。

電話を何度も掛け、ついには、永田が電話番号を変えてしまうまでに、私は彼を追い詰めた。

今日も夫が出張で良かったと、思った。一晩泣いて。

--

朝が来た。

それから、夫が置いて行ったデジカメを手に取る。永田とちょっとでも近いところにいたくて、同じ機種をプレゼントしたのだ。

電源を入れると、私の笑顔。夫が撮った、たくさんの私の笑顔。

涙が、また溢れる。

そこに戻れるのだ、と、ふいに思った。

永田は、私を捨て、他の場所に戻ってしまった。ずっとそんな風に思っていたけれど。私にも、戻る場所が。

その時、私の携帯が鳴る。ヨウコからだ。

電話に出る。

「ねえ。サチ。大変よ。」
「何なの?」
「あなたのご主人なんだけど。今夜、内緒で会いたいって言うの。」
「ヨウコと?」
「ええ。それがさあ。」
「何?」
「あなたの行動が最近ちょっとおかしいから、いろいろ聞きたいって。」
「どういうこと?」
「だから。あなた、疑われてるのよ。」
「それで?何か言っちゃった?」
「言ってないけどさあ。でも、いつかバレるよ。」
「・・・。」
「もしもし?」
「・・・。」
「ねえ。サチ。聞こえる?」
「・・・ええ。」
「どうすればいい?」
「ヨウコ、今から来られる?」
「ええ。いいけど。」
「打ち合わせしたいの。」
「そうね。」

--

私達は、あと一時間後に会う。

大好きな女友達。何でも洗いざらいしゃべった。だから。彼女の口を塞いでしまわなければ。

ヨウコが邪魔。あの、正直な瞳。嘘には不向きな、大好きな友人。

私は、夫のゴルフクラブの位置を確認する。ドサリと倒れるヨウコを。フローリングの床を掃除する自分を。イメージする。上手くやらなくては。もうギリギリなの。何とか家庭を守らなくては。

窓から、ヨウコの白い車が家の前に停車するのが見えた。


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