セクサロイドは眠らない
MAIL
My追加
All Rights Reserved
※ここに掲載されている文章は、全てフィクションです。
※長いこと休んでいてすみません。普通に元気にやっています。
※古いメールアドレス掲載してました。直しました。(2011.10.12)
※以下のところから、更新報告・新着情報が確認できます。 →
[エンピツ自由表現(成人向け)新着情報]
※My Selection(過去ログから幾つか選んでみました) → 金魚 トンネル 放火 風船 蝶 薔薇 砂男 流星群 クリスマス 銀のリボン 死んだ犬 バク ドラゴン テレフォンセックス 今、キスをしよう
俺はさ、男の子だから
愛人業
DiaryINDEX|past|will
2004年02月04日(水) |
「かけらを友達に分けると、友達にもたらされる幸運がいつの間にか自分に戻ってくるんだってさ。」 |
ホテルの内線で起こされた時には、何があったかもう分かっていた。
若い社員が叫んだ。 「安藤さんが!」 「ああ。」
私は、立ち上がりゆっくりと服を着替えた。いや。とても急いでいたのかもしれない。ただ、体は驚くほどゆっくりと動き、全ての音は消えていた。
工場内は騒然としていた。
皆、私が来ると駆け寄って来た。
私はうなずいて、近くにいた小暮主任に訊ねた。 「ご家族には?」 「もう、連絡は済んでいます。」 「そうか。」
それからは自分が何をしたか、よく覚えていない。
いろいろな人が私に何かを言い、私も何かを答えた。そうやって数時間が過ぎた。
現地のスタッフも含めて、社員がみな、彼女とその息子を出迎えた。安藤の妻と一人息子だった。私は、何かを叫んだ。人の群れが二つに分かれ、私と彼女の間に一本の道ができた。私は、ゆっくりと彼女に向かって歩いた。深々と頭を下げたままの彼女。いや。きっと、頭を上げることができなかったのだろう。頭を上げれば、彼女の夫が最後まで命を注ぎ込んだ工場が見えてしまうから。
--
安藤の息子の武が眠ってしまってから、ようやく私は安藤の妻の恵子と話をすることができた。
「こんなことになってしまって、無念です。」 私は、ようやくそれだけを言った。
「いいんです。安藤にとっては本望だったでしょう。」 目の下の隈が、彼女の疲労を物語っていた。
「日本に帰国するように全員で説得したんです。」 「あの人、絶対帰らないって言ったでしょう?そういう人なんです。」 「我々としては、彼を縄で縛って、引きずってでも連れて帰るべきだった。」 「いいんです。本当に。気になさらないで。」
彼女の瞳は私を素通りして、工場を見ていた。燃えるような、憎しみの色だった。
ソウルの外れで、ほぼ一年。安藤は必死で働いた。夜も昼もなく。もうすぐ立ち上げという時に、安藤は工場の外のトイレの中で倒れた。
「何、ちょっと疲れていただけさ。」 安藤は病室で目を覚まして、我々に笑って見せた。
だが、一刻も早く現場に戻りたいという彼の願いは叶わなかった。
一ヶ月。
彼はどんな気持ちで病院の天井を眺めていたのだろう。
「私も、怖かったんです。こんなことで病院にまで押し掛けてくるなって怒られると思ったの。馬鹿ねえ。こうなると分かってたら、怒られてもどうしても来るべきだったわ。」 彼女は力なく笑った。
私は何も言えなかった。
恵子とは、昨年の会社の壮行会の時に初めて会った。思わず言ったっけ。
「こんな可愛い嫁さん置いて行くなんて、お前もよっぽど物好きだな。」 って。
安藤は、黙っていた。ニコリともせずに。そういう奴だった。仕事しか見ていなかった。本当は色んな感情を抑えていただけかもしれないが、私には最後まで見せなかった。
--
「じゃあ、お気をつけて。」 恵子がソウルを離れる日、私は空港まで見送った。
「こっちは道が随分と混んで、怖いわね。もう、来たくないわ。」 「旧正月とぶつかったから。」 「あなたは?大倉さんは、いつ戻るの?日本に。」 「あとちょっとです。」 「そう・・・。」
それから、少しうつむいていたが、顔を上げて言った。 「あなたは、気をつけてね。絶対、仕事に殺されないで。」 「分かってます。」
私は、武の頭に手を置いて、言った。 「お母さんを支えてやれよ。」
武は黙ってうなずいた。
恵子は、つぶやいた。 「主人がメールによく書いてました。匂いがかなわないって。」 「ええ。最初は何も食べられなくなっちまう。」 「でも、最近じゃ、すっかり慣れたみたいで。」 「それでも、日本が恋しいですよ。いつだって。」
恵子は忙しくまばたきして。
それから、武の手を引いて私に背を向けた。
--
「いつ戻られたの?」 「先週です。」 「知らせてくれたら良かったのに。」 「帰る間際までバタバタしてましたから。」 「武、もうすぐ帰って来るわ。」 「四年でしたっけ?」 「ええ。そう。よくご存知で。」 「ご主人にメールで書いてらしたでしょう?」 「え?」 「あなたからのメール。」 「ああ・・・。」
彼女は、コーヒーの入ったカップを置くと、私の向かいに座った。
「そんなことまであなたに?」 「ええ。何でも。」 「恥ずかしいわ。」 「そんな。うらやましかったですよ。毎日のようにメールを送ってらしたでしょう?」 「ええ。それが支えでした。そうしなくては、あの人、私達のこと忘れてしまうかと思った。」 「まさか。毎日想ってましたよ。」 「私には何も言いませんでしたから。」
その時、玄関で声がした。 「ただいま。」
武だった。
「あ。おじちゃん!」 部屋に入って来た途端、武の焼けた顔がくしゃくしゃになった。
「おお。元気だったか。」 私は、そう言いながら、手にしていたものを武の手に握らせた。
「これ何?石?」 「ああ。石だよ。ラッキーロックって言うんだ。」 「なんか、キラキラしてる。」 「うん。それな。金槌で割ってごらん。」 「そしたらどうなるの?」 「中から綺麗な結晶が出て来るんだ。アメリカなんかじゃ幸運の石って言われてるんだ。」 「本当?」 「さあなあ。どうかな。ソウルで売ってたのを買ったんだ。」 「ふうん。」 「かけらを友達に分けると、友達にもたらされる幸運がいつの間にか自分に戻ってくるんだってさ。」 「へえ。」 「武、石が好きだろ?」 「うん。たくさん集めてるんだ。」 「そうか。」 「ありがとう。僕、大事にする。」
武は笑った。いい笑顔だ。 「ねえ。おじさん。パパとおじさんがやってた仕事ってどんな仕事?」 「ん?パパから聞いてないか?」 「うん。パパ、なんにも教えてくれなかったんだ。」 「そうだな。大きなロボットなんかを動くようにするんだ。」 「ロボット?」 「ああ。だけど、アシモとか、アイボとか。ああいうロボットじゃない。うんと大きな。大きな手だけのロボットや、クレーンや。そんなものを動かしながら仕事してた。」 「面白い?」 「そうだなあ。人間が指示を出すんだけどな。時々、間違った動きをしちゃうんだ。そうすると、ロボットの手は、時には人間をなぎ倒したり、壁に穴を開けたりする。」 「危ないね。」 「そうさ。だから、床に伏せて移動したりもする。」 「ふうん・・・。」 「だけどな。誰も滅多に見られないような光景が見られたりするんだ。」
気付くと、恵子がこちらを見ていた。何か言いたそうに。
私は、武と公園で少しサッカーをした。
「長居してすみません。」 「いいんです。時々来てください。あの子も喜ぶわ。」 「今日は失礼します。」 「あの。」 「え?」 「石も。ありがとうございます。」 「安物です。」 「武が石を集めていることも、主人が?」 「・・・ええ。」 「お心遣い、感謝します。」
恵子は、複雑な表情で私を見送った。
--
予想よりずっと早く、私は、再び日本を離れることになった。
空港の喫煙場所で煙草を吸う。
このほうがいい。日本にいないほうが。忙しくしているのが一番だ。
私は、最後の煙草を揉み消す。クリーンルームでの作業なので、一旦行ってしまえば、仕事中は煙草一本も気楽に吸うわけにはいかない。
「あの。」 振り向くと、恵子がいた。
「ああ。奥さん。よく分かりましたね。」 「ええ。会社のほうに電話させてもらって。」
武が恵子の後ろからひょっこり顔を覗かす。
「おう。武もか。」 「次は、いつ?」 「そうだな。三ヶ月か、半年か。」
ふいに、恵子の目が潤む。
私は驚いて、ポケットからハンカチを取り出す。
「すみません。」 恵子も、自分の涙に驚いたように照れ笑いする。
「メール、ありがとうございます。ずっと。」 「メールって。」 「あなたでしょう?主人の名前でメールくださってたの。」 「・・・。」 「すぐ分かりました。主人は、私にメールなんて出して来る人じゃなかった。」 「すみません。」 「あれが、全てでした。何度、主人を取り戻しにソウルに行こうかと。それを引き止めてくれたのが、あなたからのメール。」 「あなたを騙すつもりはなかった。」 「いいえ。いいの。感謝してます。」
武が、手のひらを差し出す。そこには、ラッキーロックのかけら。 「あげるよ。」 「おじさんがもらっていいのかい?」 「うん。僕が半分。おじさんが半分。」
恵子が言う。 「持っていてください。」 「分かりました。」 「ねえ。奥さんを亡くしたんですって?」 「え?ああ。もう、何年も前のことです。」 「大事な半分を失くしてしまったのね。」 「ええ。あの時、シンガポールの工場で・・・。すぐ日本に帰れば良かったのに・・・。」 「お辛かったでしょう?」 「・・・。」 「ねえ。それでも、また、行くのね?」 「帰って来ます。」 「絶対?」 「はい。」 「本当に、本当に?」 「ええ。本当に。」 「じゃあ、約束。」
恵子の白い指が、そっと私の指に絡んで来る。
私は、もう一方の手でラッキーロックの半分のかけらをそっと握る。離したくないと、必死で握る。
|