セクサロイドは眠らない
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2004年01月30日(金) |
「ええ。すごく気に入ってるの。もしかしたら、自分の家っていうのを建ててみたくて結婚したのかと思うぐらい。」 |
もう、私達は、ただ一緒にいるだけで。いつからだったか、私達の関係は変わってしまった。子供を作らずに自由な結婚生活を楽しもうと思ったのだけれど、気付けば共通の話題もなく、朝食のテーブルで新聞と文庫本をそれぞれ手にしている。
「ああ。そうだ。忘れてた。」 夫が急に私に言う。
「え?何?」 「ごめん。言うの忘れてたよ。週末に、僕の弟が来るんだ。」 「弟さん?直樹君?」 「ああ。そうだ。」
夫の歳の離れた弟が来るのなど、初めてのことだ。
「なんで?」 「受験だってさ。東京の大学受けたいんだって。」 「確か、体弱かったわよね。よく御両親が許したわね。」 「なに。大した事ないのに大袈裟に騒ぎ過ぎなんだよ。」 「でも、困ったわ。何の用意もしてないし。」 「いいよ。用意なんて。」 「そうはいかないわ。」 「部屋ならあるし。」
そこで会話が途切れる。
いつか子供を作りたくなる日も来るかと、家を建てる時に子供部屋を作ることにしたのだ。
「とにかく。頼むよ。」 そう言って夫が立ち上がる。
急に言われてもこっちだって都合が。
そんな言葉を飲み込むのが精一杯。
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「疲れたでしょう?」 私は、結婚式の時以来会っていなかった直樹を、仕事で忙しい夫に代わって空港で迎えた。
「大丈夫です。でも、東京なんて緊張しちゃって。」 「変わらないわよ。どこも。それに、私達がいるんだし。」 「そうですね。じゃ、二週間、よろしくお願いします。」 「こちらこそ。」
私は、買ったばかりの車を運転しながら、バックミラーで直樹の様子をうかがう。相変わらず、女の子のように美しい顔。染めていない髪も、東京の大学に通うようになればすぐさま茶色に染まるのだろう。
「正樹さんがね、すごく楽しみにしてたのよ。いろいろ料理作るんだって、食材も買い込んで。」 「あはは。にいちゃんらしいな。」 「仲いいのね。びっくり。普通、男兄弟ってもっと仲悪いかと思ってたわ。」 「歳が離れてますから。親代わりのつもりでいるんじゃないかな。もう、うるさいですよ。こっちの大学受けるんだろう?とか。」 「そう・・・。知らなかったわ。よく連絡取り合うの?」 「ええ、まあ・・・。」
妻の私より、彼はもしかしたらずっと愛しているかもしれない。彼の弟。
「きれいな家ですね。」 見上げて、言う。
「ええ。すごく気に入ってるの。もしかしたら、自分の家っていうのを建ててみたくて結婚したのかと思うぐらい。」 お世辞と分かっていても、誉められたのが嬉しい。
「じゃあ、お世話になります。」 直樹は深々と頭を下げた。
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いつもは忙しいと言って私が眠った頃に帰って来る夫が、今日はやけに早い。
「ビール、飲むか?」 「いや。まだ、未成年だし。」 「あなたったら。駄目よ。勧めちゃ。」 「いいじゃないか。一杯だけ。な。」 「うーん。じゃ、半分だけ。このあと、もうちょっと勉強したいし。」 「分かってるって。」
こんなに機嫌のいい夫を見るのは久しぶりで、私も思わず気持ちが浮き立つ。
結局、コップ半分のビールで顔を真っ赤にし、旅の疲れか早々に部屋に引き上げることになった直樹を見送った後、残った料理を二人でつついた。
「あなた、嬉しいのね。」 「ああ。」 「なんだか・・・。」 「何?」 「いえ。何でもない。」
妬けるわね。と言いかけて、また、言葉を飲み込む。馬鹿みたい。夫の血の繋がった弟に嫉妬するなんて。
「あいつさ、パズルのピースなんだ。最後の隙間を埋めるピース。」 「え?」 「そういうやつなんだよ。昔から、さ。ほら。僕もきみも、ずっと欠けているピースを相手が出してくれるのをずっと待ってるだけだろう?」 「・・・。」 「あいつはさ。そういうやつなんだよ。ずっとそうさ。子供の頃、学芸会ってあるだろ?あれで、母親が忙しかったから、僕が行ってやったことがあった。あいつ、裸の王様の王様役だったんだ。」 「主役ね?」 「そう。だけどさ。後で訊いたら、誰もやりたがらない役だったんだよな。あれって。覚えてる?最後。裸の王様は、仕立て屋に勧められて、裸のまま町をねり歩くんだ。そして、皆から笑われるんだよ。指さされて。それで、誰もやりたがらなかったんだってさ。その時、担任が、ごく自然にナオの方に向いて言ったんだ。やってくれる?ってね。ナオは黙って引き受けた。そういう奴なんだよ。そして、最後、皆に嘲笑されながら、劇は終わった。」 「子供って、そういうものよね。誰もやりたがらない事をやらされる事に恐怖すら感じる生き物。」 「ああ。だが、僕は誇らしかったっけな。そんな弟がさ。」 「その頃から、もう、ナオ君はあなたの誇りだったのね。」 「うん。そうかも。そうだな。」
夫はすっかり酔ったか、顔を赤くして。それでも尚、弟との思い出話をやめようとしない。
それは、それで。嬉しいというより、辛い気持ちになるのだった。
ねえ。あなた。今は、誰か愛する人を間違っていませんか?
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直樹の受験地への送り迎えは、私の役割だった。携帯電話が鳴る。 「今、終わった。」 「うん。待ってるから。」 「あ。見えた。由香さんの車。」
そうして、満面の笑みで私の車まで走って来る。
「ね。カレー食べて帰らない?僕の奢りで。」 「食べるのはいいけど、あなたの奢りは嫌よ。正樹さんに怒られちゃうわ。」 「でも、僕がわがまま言うんだから。」 「じゃあ、いいわ。奢られてあげる。その代わり、正樹さんには内緒ね。」 「ああ。」
一人っ子の私に、直樹といる時間は新しい幸福をもたらした。
ちょっとだけアミューズメントパークに寄って、百円玉いくつかを無駄遣いにする快感。
「ねえ。勉強、いいの?」 「うん。もういいや。これまで頑張ったんだし。それにさ。本当を言うと、僕って頭いいんだぜ。」 「そりゃ分かってるけど。正樹さんの弟だしね。」 「ね。由香さん、前から思ってたけどさ。にいちゃんの事、すっごい好きなんだ?」 「え?」 「だってさ。正樹さん、正樹さんって。」 「うーん・・・。どうかな。」
私の顔が曇ったのを敏感に気付いた直樹は、私にアイスクリームを買ってくれた。 「由香さんって、お腹空くと機嫌悪くなるよね?」 「やだ。何、それ?」
それから、ケラケラと笑って。直樹が取ってくれた生茶パンダを抱えて。
誰かと一緒に笑ったのは久しぶりだった。
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夫が今日も遅いと電話してくる。
「ナオ君、明日帰っちゃうんだよ?」 「仕方ないだろう?仕事なんだから。」
直樹は、明日帰る。
そうしたら、また、寂しい家で私は一人。たまらなかった。
そっと、彼の部屋をノックする。
「はい?」 「ごめん。ちょっといい?」 「ああ。いいけど。」
私は、直樹に貸している部屋のベッドに腰を下ろす。
「すみません。いろいろとお世話になって。」 直樹が頭を下げる。
「何言ってるの?あなたのお兄さんの家だもん。遠慮はなしよ。」 「でもさ。あなたは何かと大変だったでしょう?食事も、洗濯も。」 「いいって。」
あなたが来てくれて、本当に良かった。
そう言いたかった。
「ね。受かったら、東京来るの?」 「そんな・・・。まだ、分かりません。」 「ナオ君だったら絶対受かってるよ。」 「そういうんじゃなくて。父が具合良くないし。」 「そっか・・・。」
私は、急にとてもとても寂しくなる。
そっと、直樹の後ろに回り、彼の体に手を回す。
「行かないで。」 私は、言ってはならない言葉を言ってしまった。
「お願い。私、もう駄目なの。あなたがいなくなってしまったら、どうしたらいいか・・・。」 「パズルのピースって言ってました?」 「え?」 「にいちゃん。そう言ってました?」 「ええ。」 「そうじゃない。僕は・・・。パズルをぶち壊しに来ただけなのかも。」
直樹の体は震えていた。鼓動が激しい。
私は、回した腕に更に力を入れる。
「たくさんのピースは要らないの。一つだけあれば。」 私は、ささやく。
随分と長い時間が経って。
直樹は言う。 「僕は、他人だから。だから、簡単なんですよ。笑うことも、抱き締めることも。でも、他人じゃなくなったら、ずっとずっと難しくなる。」
そう言って、彼は私の手をそっと外す。
「また、次会う時、笑って会いたいから。」 彼はそう言って立ち上がり、私の頭に温かい手を載せて。
「おやすみ、姉さん。」 と、笑顔で言う。
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