セクサロイドは眠らない

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2004年01月23日(金) ざらりとした舌で僕の体を舐めて来た。悪くない感触だった。だが、猫に欲情するのはさすがに無理だった。

仕事を終えて帰宅すると、妻が猫になっていた。

すぐには理解できなかったが、玄関に向かって出て来た優雅な様子の猫のブルーの瞳を見て、ピンと来たのだ。
「美香かい?」

にゃー。

一体、どうして猫なんかに?

訊ねても、知らん顔だ。

僕は決して猫は嫌いではないので、彼女を抱き上げた。
「ご飯、作らなきゃな。」

冷蔵庫の中にある物を使って簡単な料理を作り、彼女に半分わけてやった。

彼女は食事を終えると、僕の膝に載って来た。

僕は、彼女の丸く美しい背を眺めながら、再び考える。どうして、彼女は猫になんかなってしまったのだろう?もともと、少し変わったところのある女だった。わりと裕福な家庭の娘と育ったが、どこが気に入ったのか、平凡で取り柄のない、僕のような男を選んでくれた。結婚の時には、ひと悶着あったが、それでも、最後には彼女の両親は、娘のいつものわがままだから、という理由であきらめたようだ。僕は彼女を深く愛していたから、彼女が満足するように家庭を守ることが僕の使命と思い、努力を払って来た。彼女の気まぐれにも黙って付き合って来た。

その結果がこれなのだろうか?

妻は、僕の膝で喉を鳴らしている。

僕が風呂に入ろうとすると、彼女は風呂場まで付いて来る。綺麗好きな彼女のことだ。猫と言えども、風呂に入りたいのだろう。だから、一緒に入った。それから毛をドライヤーで乾かしてやり、一緒のベッドに入った。

ベッドの中で彼女は、ざらりとした舌で僕の体を舐めて来た。悪くない感触だった。だが、猫に欲情するのはさすがに無理だった。僕は、そのまま彼女をぎゅっと抱き締めて眠った。

夜中に、彼女はスルリと僕の腕を抜けて、どこかに行ってしまった。

--

「というわけなんだ。」
女友達の冴子に、一部始終を語る。

「ふうん。」
冴子は、驚きもせず、さっきからせっせと料理を口に運び、ビールを空けている。

「で?今日は、家に帰らなくていいの?」
「ああ。仕事で遅くなるって言って出て来た。」
「奥さんが猫って、どういう気分?」
「どうって。うーん。もう慣れたかな。食事は僕が作ったものしか食べないから、僕が全部作る。それから、一緒に風呂に入って。」
「楽しい?」
「よく分からない。でも、それで妻が満足してくれたらいいんだ。」
「そういえばさ。前も何か言ってたわよね。半年間ほど、毎晩のようにセックスねだられて大変だったかと思えば、その後の半年は、彼女に指一本触れるのも許してもらえなかったことがあるって。」
「うん。それを考えたら、今の生活はそんなに悪くないよ。」
「そうかもね。」

僕は、時折、冴子に人生相談のようなものを持ちかける。お礼に僕はご飯を奢る。それが取り決めだ。さっぱりとした性格の彼女は、妻に比べると不可解なところがなく、一緒にいてとても楽だ。

「ごちそうさま。美味しかった!」
「聞いてくれて、ありがとな。」
お腹が満ちて顔が上気している冴子と、駅で別れて帰宅する。

--

「ただいま。」
だが、家の中はシーンとして、誰もいないかのようだ。

僕が遅かったから、拗ねたのかい?

慌てて、家中を探す。

その時、庭で、猫の喧嘩のような声。

外に出てみると、妻がいた。走り去る猫の影が見え、彼女の美しい白い毛並みが汚れていた。

「どうしたんだよ?」
僕は、急いで抱き上げて、風呂場に連れていく。

さっきのは、他の男だな。僕が遅いから、外をふらついていたのか。

今日はいつものように甘えてこない。じっと黙って僕の顔を見る彼女が、なんだか可哀想になる。
「ごめんな。」

彼女はうなずいたように見えた。それから、僕の布団に入って来て、丸くなって眠る。僕らは夫婦だ。形がどう変わったって。

--

「最近はどう?」
冴子が訊いて来る。

「ああ。最近は落ち着いてるよ。」
「そりゃ、良かったわ。」
「ああ。」
「でも、何か悩んだら、いつでも相談してきてね。いいお店、見つけたの。美味しい魚が食べられるのよ。」
「分かった、分かった。」

僕は笑いながら電話を切る。

複雑な妻。単純な女友達。

--

しかし、冴子への答えは嘘になった。

帰宅すると、妻はいなかった。

またかよ。

僕は、家中を、庭中を、近所中を、探す。

だが、どこにも。

僕は、待った。また、気まぐれな妻がいつ戻って来るかもしれないから、どこからでも入って来れるように、仕事に行っている間も、家の窓を全部開けておいた。

それなのに。

半年待った時、僕はもうあきらめた。それまで、妻の気まぐれは大して長続きをしなかったから。まるで、手を変え、品を変え、僕を試すかのように、妻の行動はめまぐるしく変わっていたから。

彼女の実家に電話をしてみた。彼女の両親も、彼女のことは知らないと言った。それから、気の毒そうに付け加えた。娘のことは忘れてちょうだい。

--

「そうだったの。知らなかったわ。電話もないしさ。」
「うん。確信はなかった。そのうち、ひょっこり現れるんじゃないかって、ずっと待ってた。」
「元気出しなさいよ。」
「ああ。ちょっとずつ、妻がいなくなったことを受け入れられるようになってきたよ。」

冴子は相変わらず、僕と話しながらも、箸を忙しく動かしている。かといって、上の空という風でもなく、テンポよく会話をつないでくれる。

話しながら、視線をめぐらせる冴子に気付き、僕は急いで店員を呼ぶ。

飲み物を頼んだ冴子は、微笑みながら言う。
「あら。気が利くじゃない?前は、あなたって、そういうの全然駄目だったわよね。気が利かない男の代表選手みたいだったわ。」
「最近じゃ、少し。」
「そうなんだ?学んだのね。」
「まあね。」

冴子は、僕に言う。
「今日は、私の奢りよ。」
「いや。話を聞いてもらってるのは、僕だから。」
「何言ってるの。妻に捨てられた男を慰める会よ。」

彼女は、笑う。

「女ってさあ。そういうとこ、あるのよね。男はさ。家に妻がいてくれたら、それだけで安心して、ニコニコしちゃうところがあるでしょ?でも、女は、そうじゃないのね。四六時中、構ってもらいたいの。なぐさめられて、可愛がられて、怒られて、キスされて。そうじゃないと、もう、愛がどこにいったか見失って、じっとしていられなくなるものなの。」
「知らなかったな。」
「じゃあ、知っておいて。」
「きみも?冴子も、そうなの?」
「そりゃ、まあね。」

女友達は、美しく笑って、食後の煙草を一本取り出す。


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