セクサロイドは眠らない
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2004年01月22日(木) |
形だけで、何の役にも立たない性器を、彼女は、表情の少ない顔でじっと見つめ、手の平に載せる。 |
その姿を誰かに見られているとは思わなかった。僕の感覚は恐ろしく鋭敏で、誰かが近くにいれば必ず感じることができるから。だが、その気配は、幾日も掛けて僕の意識に少しずつもぐり込み、僕を油断させるのに成功した。
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僕は、高校の教師だ。
自分で言うのもなんだが、生徒には人気があるほうだと思う。特に女子生徒には。だが、彼らの年頃は、ありとあらゆることに対して驚くほど敏感で、大人が後手に隠していることをわざわざ背後に回り込んで見つけ出し大袈裟に騒ぎ立てる、というようなこともやってのけるから、要注意だ。
ともかく、僕は上手くやっていたと思う。
生徒達からもらう手紙の類はなかったことのような顔をしながら、放課後に群がってくる彼女達を適当にあしらって、人気教師の立場を守り続けていた。
だが、その生徒。
気付けば、僕を遠巻きにして観察しているような、その女子生徒に見られてしまうとは。
一瞬、その生徒を殺そうかと思ったぐらいに、慌てた。
だが、ともかく、殺さなくて良かった。そんなことをしたらただでは済まないだろう。
「そういうことだったんですか。」 静かに、彼女が口を開く。
「見てたのか。」 「ええ。」 「僕に付きまとっていたわけだ。」 「好きだから。先生の事が好きだから、何もかも知りたかったんです。」 「まったく。ストーカーってんだよ。そういうのを。」 「しょうがないです。抑えられなかったんです。」 「ともかく、どこかで話をしよう。こんなところじゃ、誰かに見つかるかもしれない。シャワーだって浴びたい。」 「分かりました。」
僕は、手にしていた犬の死体を投げ捨てて、彼女を誘って僕が住むマンションへと向かった。
「お前、三年だろう?」 「はい。」 「てっきり、受験で忙しいと思ってたんだがな。去年の夏以来、僕のところに来なかったから。」 「そうですね。忙しくしてなくちゃいけないんですけど。どうにもならなかったんです。」 「そうは言われても、教師と生徒じゃ、いずれにしてもどうにもできなかったんだよ。」 「それだけじゃないんです。先生が隠しているものが何か。どうしても知りたかった。」 「隠しているように見えたか?」 「ええ。みんなどうして気付かないんだろうって。普通の人とは違う。何か、恐ろしいような感じが、先生からはずっとしてて。」 「そうか・・・。」
もはや、あきらめていた。彼女と何らかの形で折り合いをつけなければ。
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シャワーで犬と格闘した汚れを落として、彼女を待たせている部屋に戻った。
「素敵な部屋ですね。」 「ああ。父が残してくれたんだ。」 「先生の雰囲気にぴったり。」 「何か飲むか?」 「はい。」 「といっても、大したものがないんだ。僕自身は何も飲む習慣がないから。」 「お水でも何でもいいです。」 「そうか。」
冷蔵庫に向かう僕の背中に、彼女の視線がぴったり張り付いているのを感じる。
「で?これからどうしようか?」 「私と付き合ってください。」 「それがきみの希望か。」 「ええ。」 「そうしたら、僕の秘密を誰にも言わないでくれるのかい?」 「そうします。私と先生だけの秘密。」 「だが、現実的に、付き合うと言っても無理がある。第一、きみは、僕が勤める学校の生徒だ。」 「もうすぐです。卒業までは大人しくしておきます。」 「第二に、あれだけ成績がいいきみが、大学にも受からなかったとなれば、それも僕の責任だ。」 「それも何とかします。ちゃんと合格します。」 「第三に。これが一番大きな問題だが、僕はきみを女性として愛することができない。僕らヴァンパイアは、女性の体を愛することは不可能なんだ。」 「かまいません。」 「きみはどうしたいんだ?」 「そばにいられたらいいんです。こうやって、二人で。他の人が知らない時間を共有できれば。」 「分かった。だが、気をつけておくれ。きみを通じて秘密がばれることがあれば、僕はきみの前から消える。」 「分かってます。」
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僕が、彼女を受け入れたのは、秘密を握られているという理由以外にもう一つ理由がある。僕もまた、彼女に心惹かれる要素があったということだ。日本人形のような顔。細いが鋭い瞳。無口だが、意志の強い性格。
彼女は親に、塾に行く、と親に言っては金曜の夜に二時間だけ僕の部屋に来る。
僕は、彼女にせがまれて、ベッドで二人、裸で横たわる。彼女の手が僕の体を触る。形だけで、何の役にも立たない性器を、彼女は、表情の少ない顔でじっと見つめ、手の平に載せる。
「ヴァンパイアには、男しかいなんだよ。」 「そうなの?」 「ああ。そして、ヴァンパイアは誘惑者のように言われるが、そうじゃない。結局は、女の血が誘惑するんだ。ヴァンパイアは無力さ。」 「あなたも?無力なの?」 「僕といたってつまらないだろう?」 僕は、自嘲気味に笑ってみせる。
本当は、僕にヴァンパイアの血を与えた養父をずっと恨んでいた。自分が普通の人間でないと知ってから、ずっと孤独だったから。
誰かのぬくもりを感じることのない皮膚。
「可哀想に。」 彼女がポツリと、言う。
僕は、激しく泣きたい気分になったが、抑えた。
「もう帰る時間だ。」 「ええ。」
彼女は黙って服を着る。
それから、別れ際に、僕の冷たい唇に、その温かい唇を押し付ける。
心の飢えと体の飢えが同時に押し寄せて息苦しくなる。
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長いこと、人間の血など欲しがらなかった。野良犬や、時にはペットショップで買った動物で食事を済ませた。それも、そう多くではない。時々で良かった。
だが、彼女が見ていた。僕の食事を。
僕が彼女を殺すのは容易い。体中の血を抜いてしまうことは簡単だ。だが、僕は、彼女を殺してしまうにはあまりにも孤独だった。だから、彼女の言いなりになった。
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「ねえ。お願い。私の血を吸って。」 裸の彼女が、僕の体にむしゃぶり付いて来る。
「どうしたの?」 「もう、いや。あなたとの距離が縮まらない。どうやったって。だから・・・。」 「やめておきなさい。吸血鬼が血を吸うとその者も吸血鬼になるなんて、嘘だ。ただ、血を失って死ぬだけだよ。」 「それでもいい。」 「僕は、嫌だ。きみを失う。」 「ちょっとだけでいいの。私を味わって。」
実際、彼女の必死の願いを聞き入れないわけにはいかなくなっていた。普通の男が、若い肉体を前に平静を失うのと同じで、僕は、彼女の血の魅力に抗うわけにはいかなかった。
だから。
ちょっとだけだよ。
と言って。
血を吸った。
彼女の首筋に残る噛み傷は、彼女をも幸福にした。
だが、それは悲劇の始まりでもあった。
止まらなくなったのだ。
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女を酒で酔わせて、ほんの少し。
あるいは、体育の授業で怪我をした生徒の血を指でそっとぬぐい、舐める。
そんなことを繰り返すようになってしまった。
僕の恋人が気付くのは時間の問題だった。
今日も、いつものように、僕の部屋で。
「血を飲んで。」 と、泣きながらせがむ。
「もう、駄目だ。きみの体が心配だよ。」 「いいの。他の誰かの血を欲しがるぐらいなら、私の血だけを欲しがって。」 「そんなことにこだわるのは、無意味だ。僕は、もう、きみを愛し始めてる。」 「ねえ。お願い。そうでないと、ばらすわ。学校にも。親にも。」
僕は、ため息をついて。
彼女の手をそっと引き寄せる。
僕が悪いのだ。何もかも。僕の存在は、ずっと悪だった。今更、そんな呪いから解放されようなんて。それは甘かった。
僕は、彼女の首筋にそっと歯を当てる。
血の匂いが、僕の頭をおかしくする。
僕は、彼女の血をむさぼるように飲む。
彼女の目がキラリとこちらを見た。
きみのせいだよ。僕をこんなにして。被害者は僕だ。
彼女はうなずいたように見えた。それから、彼女の目から光は失われた。
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