セクサロイドは眠らない

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2004年01月02日(金) 「奇妙な外見。真っ当な事しか言わなくて。誰かが既に思いついた冗談しか言わない男なんて、嫌かい?」

彼女は泣いていた。バーのカウンターで。バーテンダーは見て見ぬふりをしていた。いつもの痴話喧嘩が発端だと分かっていたから。

彼女はもう、繰り返すのは嫌だった。いつものように、彼の後を追いかけて、全て自分が悪かったと謝り、許されるのを待って眠りに就くのは。

彼女の前にそっと何か差し出された。

「何?」
「キャラメルだよ。」
箱男は言った。

「要らない。」
「落ち着くよ。」
「じゃあ、一つだけ。」

彼女は箱男の顔を見て笑った。そして、キャラメルを一粒受け取った。その四角四面な表情が可笑しくて、涙が止まらないのに笑えて来てしょうがなかった。

「美味しい。」
彼女は言った。

「うん。」
箱男は答えた。

「あっちに行かないの?呼んでるわ。あなたの仲間でしょう?」
「ただの仕事の同僚さ。僕は酒は飲めないんだ。」
「真面目なのね。」
「ああ。まあね。だが、人が言うほど僕は自分で自分のことを真面目とは思わないんだよ。」
「あたしは、ずっと不真面目って言われて来たから。ほんと、あなたみたいな人の事、理解できないわ。」
「普通なんだけどな。」
「私もよ。私も普通なの。」
「だけどさ。」
「だけどね。」
「理解されない。」

二人は同時に言って笑い出した。

「ね。違うお店、行かない?」
「いいけど。僕は面白くない男だよ。」
「いいの。あなたみたいな人、大好きよ。」

彼女は箱男の手をそっと握った。

誰でも良かったわけじゃない。

ただ、あの馬鹿男とは正反対の優しそうな声が気に入っただけよ。

彼女は箱男の手を取って、店を出た。

--

「結婚しよう。」
彼が言ったのは、付き合って一ヶ月も経たない頃だった。

「嘘。」
「嘘なんかじゃないよ。」
「だって。私なんか。」
「ねえ。私なんか、なんて言うのはずるいよ。きみが好きなんだ。」
「でも・・・。」
「僕が箱男だから、駄目なのかい?奇妙な外見。真っ当な事しか言わなくて。誰かが既に思いついた冗談しか言わない男なんて、嫌かい?」
「いいえ。好きよ。大好き。」
「じゃあ、オーケーしてくれるんだね?」
「もちろん。でも、早過ぎないかしら?」
「全然。むしろ遅いくらいだ。」

そうして、箱男は震える指で彼女の指に指輪を。

「指輪は四角じゃないのね。」
「もちろんさ。」

箱男の額には汗がにじみ、指は震える。

彼女は、心から彼をいとおしいと思った。

--

箱男は、箱で出来ていた。四角い箱が組み合わさって、手や足となっていた。小さい頃は随分といじめられた。だが、箱男はくじけなかった。いくら踏みつけられても、翌日には真新しい箱で体を組み立て直して学校に出かける。次第に周囲も箱男を認めないわけにはいかなくなった。

箱男は知っている。

人々がなぜ、自分をいじめるのか。

怖いからだ。

自分達と違う体。違う動き。そして、少しばかり物事の考え方まで違う事。

自分を育ててくれた人間の祖母は、箱男がいじめられて帰って来た時はいつもこう言った。
「お前の方が強いから。だから、いじめられるんだよ。みんなお前が怖いんだ。」

箱男はうなずいて、それから、自分の強さは何だろうと考える。

真っ直ぐな事。逸らさない視線。正直な言葉。物事を整理して考えるのが好きで、曖昧さをそのままにしておけないところ。

よく分からないが、自分という特別な存在が周囲を怖れさせるのを知ってからは、努めてみんなと仲良くするように心がけて来た。

箱男は、彼女が好きだった。すぐ泣くところ。怒るところ。笑うところ。めまぐるしく変わる表情。箱男の、進んで進んで、ぶつかるまで止まれない性格を笑い飛ばして、箱男の手から本を取り上げる。それから、キスをして、箱男がどこに向かっていたかを忘れさせようとする。

そういったことの全てが、うまく説明できないけれど、箱男には必要だった。

--

箱男と彼女は幸福だった。

だが、その幸福は、彼女が妊娠して間がない頃に翳りを見せ始めた。

「ねえ。不安なの。怖いの。」
「何が?どうして?」
「分からない。私なんかが親になれるのかしら。」
「きみは素敵だ。大丈夫だよ。」
「無理よ。あなたみたいに、ちゃんとしてない。家事も上手くできないし、すぐ怒って周囲に迷惑を掛けちゃう。」
「誰だって最初は不安なんだ。」

箱男は、彼女がどうして不安なのか分からなかった。

人生は真っ直ぐだった。その道を進むしかないのだ。さまざまな出来事が、彼の人生に交わり、その都度少しずつ進路を変える。人は進むしかないんだよ。

そうして十ヶ月が過ぎ、妻は無事、男の赤ちゃんを産んだ。
「おめでとう。」

だが、彼女は困った顔をしていた。
「ねえ。こんな小さな生き物、どう扱えばいいのかしら。」
「僕が手伝うよ。」

箱男は嬉しかった。自分にそっくりの小さな四角の生き物。箱の坊やは、揺りかごの中で眠っていた。二人で考えて、スミオと名付けた。

--

スミオは、父親に似ていた。幼いうちから、理路整然とした考えを身につけ、親の言うことをよく聞いた。

箱男は、自分に良く似た息子に満足した。

だが、心配なのは妻だった。次第に目が虚ろになり、時折、夜の街に出掛けては朝まで飲み歩くようになた。その都度、箱男はスミオの世話をしながら朝まで眠れない時間を過ごすはめになった。

箱男は怒ったりはしなかった。だが、正直、妻の何が問題なのか、さっぱり分からなかった。箱男は寝不足から苛立つようになった。

ある朝、妻の頬を殴ってしまった。

妻は大声を上げて、泣き出した。

その頃には五歳になろうとしていたスミオには、もうすぐ母がいなくなってしまう事が分かった。

スミオは、父親の手をぎゅっと握って不安だった。不安。それはスミオが生まれて初めて感じるものだった。父の顔を見上げた。父はいつものように静かに母の顔を見ていた。

スミオは、自分も泣き出し始めた。父親がそっとスミオを抱き上げた。スミオは、父も泣いている事を知った。箱の奥では、カサカサと乾いた悲しい音がした。

--

「じゃあね。スミオ。いい子にするのよ。お婆ちゃんの言うこと、よく聞いてね。」
「うん。」

箱男とスミオは、並んで立って。

スミオは、手にしていた箱を母に渡した。

「あら。何かしら。」
母は微笑んだ。

その瞳は濡れていて、スミオが初めて目にするような顔をしていた。

「誰が悪いということではないの。」
母は一人でしゃべり続けた。

「パパも私も、自分でやれるやり方で生きて来て、あなたが生まれた。誰も、誰かを責めたりはできないのよ。」
自分に言い聞かせるような言葉だった。

それから、ばいばい、と手を振った。

スミオも、手を振った。

--

彼女は、鈍行の電車に乗った。

そして、スミオが渡してくれた箱を思い出して、開けた。

中にはキャラメルが入っていた。

彼女は、一粒口に含んだ。

甘い味が広がった。

突然、ぬぐってもぬぐっても、止まらない涙が溢れた。

「私は、どこに行こうとしているの?」
彼女は言った。

そして、次の駅で降りた。

小さな、無人の駅だった。

次の列車が来るのは一時間後だった。

時間はある。キャラメルを全部食べ終える頃には、もう一度、あの小さな体を抱き締める事ができるだろう。それから、あの人。真っ直ぐで。愚鈍で。そして、そばにいることでしか慰め方を知らないあの人に向かって「ただいま」を言えるだろう。


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