セクサロイドは眠らない
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2004年01月01日(木) |
だが、人魚は、笑顔をふりまき、鱗をきらめかせて、泳ぐ。飛び跳ねる。最後の最後まで、僕のほうをチラリとも見ず。 |
「ねえ。この公演が終わったら、本当にあのお願いを聞いてもらえるのね?」 「ああ。本当だ。だから、僕のために、ね?今日も頑張ってくれるだろう?」 「ええ。あなたが言うのなら。」 「いい子だ。」
僕は、彼女の不安気な頬にキスをして、ステージに出て行く。ショーの始まりだ。人々の歓声が沸き起こる。
もちろん、主役は僕ではなく彼女だ。
彼女が最高の笑みで皆の歓声に向かって進んで行くさまを見てほっとする。
大丈夫。いつもの彼女だ。
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「どういうこと?」 「だから。きみの安全を考えて、もう少しだけ先に延ばしたい。」 「安全って。」 「先日も、手術ミスがあったのを知ってるだろう?きみをあんな目に遭わせたくないんだ。」 「そんなこと。いつだって成功するかどうかは五分五分だって。だったら、私・・・。」 「いい加減にしないか。僕がどんなにきみの事を大事に考えているか知ってるだろう?少しでも成功率が高いならそちらを選ぶ。最新の方法があるなら、いくら金を積んだってかまわないと思ってる。」
彼女は、少し青ざめた顔でうなずく。 「分かったわ。」
僕はお礼の代わりに彼女の体を抱き締める。
だが、あまり長い時間ではない。彼女は僕の体を押しやると、パシャンと音を立てて水の中に戻る。
僕は、水槽越しに彼女にキスの真似事を。
それに応えずに彼女は目を伏せて、そのまま寝室に入ってしまう。
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人魚を見世物にして金を稼ぐ。それが僕の仕事。かつて漁師をしていた時に網にかかったのが彼女。
初めて彼女を見た時、僕は驚いて声も出なかった。
それぐらい彼女は美しかった。
通常、人魚とは言っても、ほとんど人間らしい顔をしている者はいない。魚のようにのっぺりした顔で、口の部分が突き出している。だが、稀に人間に近い顔をした者もいる。それでも、人間の基準で見て美しいと言えるほどではない。多くは、人並み以下の容貌だ。頭も良くない。だが、教えれば片言でしゃべる事ができる者もいて、そういったやつらは水族館に飼われていて、たとえばイルカと組んでショーをしたりする。
彼女は網の中で恐怖で震えていた。
僕は彼女を落ち着かせた。
彼女を連れ帰り体が回復するのを待った。実に辛抱強く。
彼女と出会ったことで、僕には新しい未来が開けたのだ。貧しい漁師の生活とはおさらばだ。
驚いたことに、彼女は頭も良かった。言葉をどんどん覚え、僕と会話した。
僕は彼女を連れて都会に出た。
人々は感動を持って僕らを迎えた。
たくさんの取材を受けた。時には、人魚の人権を論ずる人々も現れたが、そうひどい事にはならなかった。僕を非難するには、人魚は僕らの生活にあまりに浸透し過ぎていたからだ。そう。犬や猫やイルカのように。
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「無理よ。」 「そこを頼むよ。ギャラがすごいんだ。これが成功すればきっと僕らは大金と一緒に幸福を手に入れることができる。」 「もう限界なの。私の体。リズムに合わせるのも難しくなってるわ。」 「だから。これが最後なんだよ。」 「それに、あんな寒い場所でなんて。私は、南の海の生まれよ。私達はみんな、寒いところではろくに泳げないわ。」 「できる限りのことはするよ。博士も同行してくれる。」 「あの人。いやらしい男。あの人に体を調べられるのはうんざりよ。」 「きみを人間にすることができるのも、あの男だけなんだよ。」 「いや。いやいやいや。」 「頼むよ。氷の中できみは雪の女王になる。ライトアップされた湖で、きみの鱗がきらめく。さぞかし見物だろう。大統領も楽しみにしているんだ。」
最近ではもう、説得がどんどん難しくなっている。彼女の疲労は、確かに以前から心配されているが。だが、滅多とないチャンスなのだ。
これに成功すれば彼女を引退させてやっても良い。望むように人間の体にしてやろう。人魚と人間の結婚は、もちろん、法的に許されるはずもないが、僕のそばに置いてやるのは構わない。彼女は美しい。友人にも自慢できる。
「これで最後にして。でないと私・・・。」 「分かった。約束する。絶対。ね。可愛い人。そして、僕らは、この仕事を成功させたら、結婚する。」
人魚も涙を流すのだろうか?
ふと、そんな事を考える。
それから僕は首を振り、彼女はただの魚だと思おうとする。愛情は充分与えてやっている。だが、彼らが、僕ら人間と同じ権利を手に入れようとするのはおかしな話だ。
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僕らの最後の仕事を行う場所は予想以上に寒かった。ギリギリまで温水プールの中で休養を取らせていても、三十分のショーを無事に終えられるかどうか、僕にも分からなかった。
だが、彼女は静かに目を閉じて、その時が来るのを待っていた。
「あと五分だ。」 僕は彼女に声を掛ける。
船上で人魚が現れるのを待っている人々。金ならうなる程あるという人々。僕もかつてあちら側に行きたいと憧れた。そのために人魚を利用した。あと少しなのだ。もう少しで向こう側に行ける。
本当に最後にしよう。
僕は、氷のステージに立った。
ライトが一斉に点く。
僕は、ささやくように声を出す。 「世にも稀な美しさを持つ生き物を、今夜ここにお見せします。感動を。今日、ここで得た感動を一生忘れないでください。奇跡が始まります。」
人魚が現れる。両手に七色に輝く光のキューブを持って、微笑む。口紅を鮮やかに塗っていて誰も気付かないが、その唇は既に紫色になっている筈だ。
僕は、ふいに奇妙な感情に襲われ、胸がキリキリと痛むのを感じた。
だが、人魚は、笑顔をふりまき、鱗をきらめかせて、泳ぐ。飛び跳ねる。
最後の最後まで、僕のほうをチラリとも見ず。
そして、全ての演技は終わった。
ライトが消えたと同時に、人魚はふいと湖の中に姿を消した。
「おい。急げ。彼女をすぐ引き上げろ。死んじまうぞ。」 スタッフに怒鳴る。
慌てて湖に出て行ったボートは、だが、何も引き上げずに戻って来た。
「今夜は無理です。この暗闇ではとても探すことはできません。」 その言葉に、がっくりと膝をつく。
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僕は、その醜い男の元を訪ねる。
「どうした?え?新しい人魚が要るなら斡旋してやってもいいぞ。もっとも、あの別嬪さんと同じというわけにはいかんがな。だがもう、さんざん稼いだろう。」
研究室には水槽が幾つもあり、人体の切れっぱしのようなものが浮かんでいる。
「僕を人魚にしてくれ。」 「ほう。」 「頼む。金なら出す。」 「いいさ。私にできない事はない。それを言ってきたのはお前が初めてだがな。いくらか実験したこともある。ちょうどいい。」
男はニヤニヤと笑う。
その狂った顔は、確かに数ヶ月前の僕と似たようなものだった。
「あんたの頼みなら聞くよ。あんたと組んで仕事をするのは実に楽しかった。」 「うるさい。ごちゃごちゃ言うな。」 「だが、一つ気を付けておきな。なんで人魚になるか。その理由を忘れないようにしないとな。大概、気が狂っちまう。」 「僕を人魚にしたら、僕が頼んだ場所に連れて行って欲しい。そして、そこでお前とは永遠に別れたい。」 「ああ。分かってるって。」
男は、僕が差し出す金を数え終わると、契約書にサインをした。
「私は約束は守るんだよ。」 しわがれた醜い声がささやいた。
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麻酔から醒めた瞬間、僕はうまく息ができなくて溺れそうになった。
さんざんもがいた後、ようやくうまく水中で体を動かせるまでには更に時間が掛かった。
だが、一旦コツを掴んでしまえば、人魚の尻尾を操るのは容易だった。彼女が泳ぐところをずっと見ていたせいか。ああ。人魚。僕は今からきみを探しに行く。
「上手いもんじゃないか。」 水槽の向こうで男は笑う。
「ああ。だてに人魚を長く飼ってたわけじゃないってことだ。」 「それより。その尻尾。どうだ。見覚えはないか?」 「尻尾?」
僕は、ふと視線を落とし、あっと声を上げる。
「あの別嬪さんの尻尾だよ。」 「彼女と会ったのか?」 「ああ。」 「で?今は?どうしている?」 「死んだよ。」 「死んだ?」 「そうさ。もう、私のところに来た時点でほとんど死に掛かっていたがな。」 「それで、どうしたんだ?彼女を。」 「尻尾をね。預かった。頼まれてね。お前さんに渡してくれってさ。」 「上半身は?」 「南の海に持って行ったよ。人魚の死体は、ちゃんとそうやって弔う。人間になりそこなった人魚達もな。」 「なんで教えてくれなかった?」 「彼女に言われてたからさ。自分が愛した人間の男には言わないでくれってさ。それに、あんただって、どうだって良かったんだろう?いつだってそうだったじゃないか。人魚なんて、魚だって。金儲けの道具だって。」 「そんな・・・。」 「言っただろう。私は、約束は守る男なんだよ。それがたとえ人魚との約束であってもな。今のあんたは人間でも何でもない。だから約束を破ったわけでもない。ただの魚に向かって独り言を言ってるだけさ。」
その男の目にも僕と同じ悲しみが浮かんでいることに、ようやく気付く。
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