セクサロイドは眠らない
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2003年12月26日(金) |
宛名は、私の名前。裏返しても、差出人の名はない。ひどく不器用な文字で書かれた原稿が中に入っている。 |
今日こそ言わなければならない。
私は、今、その場から逃げ出したい気持ちで彼を待った。
小説家である私の担当編集者でもある、愛しい私の恋人。彼が、今日、ワインと花束と一緒に用意しているのは多分、プロポーズの言葉。
もちろん、それは、私が待ち望んでいた言葉でもあるのだけれど。
--
私の部屋で、キャンドルの明かりだけが揺らめいている。
「どうしたの?今日は無口だね。」 彼は微笑む。
「聞いて欲しい事があるの。」 「ん?何?」
私はゆっくり息を吸い、呼吸を整える。
「私の秘密。」 「美和子の?」 「ええ。」 「何かな。」 「私の小説よ。」 「仕事の話か。今じゃないと駄目かな。」 「今じゃないと駄目なの。」 「分かった。教えて。」 「あのね。私の小説。正直、こんなに売れるとは思わなかった。」 「そうかな。僕は初めて読んだ時から、きみの小説は素晴らしい結果をもたらす事が分かったよ。今までの三作は、いまやロングセラーだ。今度出す、四作目も素晴らしい。きみが出した本は、僕らの子供みたいなものだ。きみはもっと自信を持つべきさ。」 「あのね。私じゃないの。書いたのは。」 「え?」 「他の人が書いたのよ。」 「他の人って、誰さ?」 「知らない人。」 「知らないって?意味がよく分からない。」 「私のところに来るの。書きあがった小説が。それをワープロで打ち直してるだけなのよ。」 「まさか。」 「信じてよ。」
私は、部屋の奥から大型の封筒の束を抱えて来る。 「見てちょうだい。」
彼はそれを手に取る。
宛名は、私の名前。裏返しても、差出人の名はない。ひどく不器用な文字で書かれた原稿が中に入っている。
長い時間掛けて、彼はゆっくりとそれらを確かめていった。
「信じられないな。」 「私の字じゃないことはあなたにも分かるでしょう?」 「消印は5年前が一番古いね。」 「ええ。最初はこれを私の名前で発表しようなんて思わなかった。ただ、なんていうか。奇妙だけど、胸打たれたのね。どれも、人が生きてるわ。ピュアで。普通の人には思いつかないキャラクター達。」 「ああ。それがきみの小説の魅力であり、多くの人に驚きをもたらした。」 「三作目が来た頃かしら。それがどこにも発表されていないものだと気付いて。それから、なんで私の元に送られてくるか考えたの。発表されることを望んでいるように思えて。その頃、私は、つまらないOLだった。仕事には希望が持てなくて。何者かになりたいと切望していた。両親がいなくなってしまった家で、一人で孤独で。だから、私の名前で原稿を書き直したの。ところどころおかしな文章があるところは、直しながら。それが新人賞を取って、あなたと私は出会った。」 「信じられないな・・・。」 「信じて。私、この秘密を隠したままではあなたと暮らせないと思って、決心したの。」 「で?僕らはどうすればいいかな。」 「分からない。」
私の体は震える。
「でも、黙ってるわけにはいかないよ。本当の作家を探さなくちゃね。」 彼は、私の肩に手を回しながら言う。
「そうね。そうするしかないわ。だけど。ねえ。私、作家として得たものを何もかも失うわね。」 「そうだ。」 「怖いの。とても、怖いの。」 「僕の妻になるだけじゃ、駄目?世間の風当たりからはきみを守る。一生かけて守るから。」 「駄目よ。無理よ。」 「どうして?」 「あなた、これを書いた本当の作者に言うんでしょう?今までに私に言ったことと同じこと。素晴らしい作品だ。きみの才能は奇跡だ。自信を持って。きみにしか書けないものを書いてごらん。ってね。そうやって、励ましてくれた言葉全部、他の人にも言うのでしょう?そんなの嫌。」 「それは・・・。いや。多分、違う人間が担当するさ。」 「嫌よ。それでも嫌。他の誰かが、私のものになったと思ったものを全部持って行ってしまうの。」 「僕は秘密を知ってしまった。黙っているわけにはいかないよ。多分・・・。」 「嫌なのよ。ねえ。」
私は、ただ、悲鳴を上げて。
彼が抱き締める手を振りほどいて。
美和子!
彼が叫ぶ。
だが、裸足のまま、外に走り出る。
行かなくちゃ。これを書いた人のところに行かなくちゃ。私から何もかもを取り上げないでって、言わなくちゃ。早く。早く。彼が私の元から去らないうちに。急いで。
息が切れる。
足から血が出ている。
車のライトで、目が見えなくなる。
ブレーキを踏む音。
悲鳴。
何かが壊れる音。
頭の中が真っ暗になる。
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彼女は、また書き上げた原稿を封筒に押し込む。
白い壁に囲まれた部屋で。
宛先は、目をつぶってでも書ける。
これをポストに入れたら。
どこかに届く。きっと神様が読んでくれるのだ。
ここが病院だということは知っている。ここからもう出られないことも。
時々、頭が一杯になってしまうのだ。沢山の人が彼女の頭の中で勝手にしゃべり始め、騒ぎ始める。彼女は一杯になった頭をどうにかしなくちゃいけなくなって、原稿用紙に書く。そうすると少し、頭の中が落ち着くのだ。
書きあげたら、ポストに入れる。
読んでもらうため。
昔、昔。まだ、彼女の頭がこんな風に変な人で沢山になってしまうことがなかった頃。何かの病気で入院したのだ。その時、隣のベッドに寝ていた子が、手紙を書いていた。
「それなあに?」 って訊いたら、
「手紙。」 って教えてくれた。
そこには沢山の、彼女のところに来た封筒。名前の書かれた封筒。
「ここに送ればいいのね。」 「うん。そうしたら、どんなに遠くても届くんだよ。」
吉田美和子。
彼女は、覚えた。そして、今日もその名前を書いた封筒をポストに入れる。
それだけ。出してしまえばおしまい。何を書いたかも思い出せない。
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