セクサロイドは眠らない
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2003年12月25日(木) |
一緒にいたい。一緒にいなかった時間より、一緒に暮らした時間のほうが長くなるぐらいに、ずっと。 |
今日も遅くなってしまった。
「お疲れ。」 所長も疲れた声だ。
自転車に乗ってから、手袋を事務所に忘れた事に気付くが、もう取りに帰るのも面倒なのでそのままペダルを踏む。手がかじかむが、一分でも早く帰りたい一心で、一生懸命にペダルを踏む。
「おかえり。」 アパートのドアを開けると、一番聞きたかった声が耳に飛び込む。
「ただいま。遅くなっちゃった。」 「うん。年末だし、忙しいんだろ。」 「そうなの。本当はバイトをもう一人雇って欲しいんだけどね。そうもいかなくて。」 「食事、用意しといたから。」 「洋ちゃんは?もう食べた?」 「まだだよ。恭子が帰って来るの待ってた。」 「先に食べておいてくれたら良かったのに。」 「そうもいかないよ。」
彼が並べておいてくれた食卓の前に座って、少しだけ、胸が痛くなる。だが、慌ててその痛みを打ち消す。
私が女だから。そして彼が男だから。でも、逆だったらこんな風に思わなかったはずで。
こんな風に負い目を感じているのは彼も同じだから、余計に悲しくなるのだ。
「手、冷たい。真っ赤だよ。」 洋介がふいに私の手を包むから。
「手袋忘れたの。」 と言った。
「ごめん。」 って。なんで言うの?謝らないで。謝るのは私だから。
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彼と知り合って二年目になる。
私が働いている営業所にバイトに来ていた学生だった。
多分。彼が私を好きになったのと、私が彼を好きになったのは、同時だったと思う。
気がついたら、どうしようもないぐらい好きになっていて。
私は結婚して子供も二人いたから、最初のうちはお互いに気持ちを打ち明けなかった。ただ、理由を作っては一分でも長く一緒にいようとしてたっけ。
それから、ある日。
ちょっとずつコップに溜まっていった水が、突然溢れるみたいに、お互いの想いは隠しておけなくなってしまった。
結局、私の元を夫と子供は去り、私は洋介と一緒に暮らすことにした。
就職が決まらない彼をアパートに残して仕事に出かける。洋介が家事を引き受けてくれる。何かバイトを探すよ、と言った彼を引き止めたのは私。怖かったのだ。彼もいなくなってしまうかもしれないと。夫も子供も、大きくて温かい家も。たくさんを手放した。私には彼だけだったから。
もっともっと、一緒にいたい。一緒にいなかった時間より、一緒に暮らした時間のほうが長くなるぐらいに、ずっと。
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「今日はクリスマス・イブだろ。今日ぐらい早く帰れないの?」 彼が訊く。
「うん。そうだね。所長に言ってみる。」 「デートしよう。ね。僕らが最初にデートで待ち合わせした場所、覚えてる?」 「覚えてるよ。」 「七時。ね。待ってるから。」 「ん。」 「あのさ。ちょっとぐらい遅れても待ってるからさ。慌てるんじゃないよ。」 「うん。」
携帯電話を持たない私達の待ち合わせは、遅れることが前提の待ち合わせだった。
私は、キーキーときしむ自転車に乗って、洋介に手を振って。
じゃあね。夜。と叫ぶ。
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案の定。今日も所長と二人で残業だ。
「今日は早く帰らせてくれって、バイトがさ。」 という所長の言葉にうなずく。
言える筈もない。私もデートがあるんです。早く帰りたいんです。なんて。私が離婚したことも、何もかも、黙って受け入れて、正社員で残してくれている所長に。白髪が目立つようになった所長は、今夜も遅くまで仕事をするのだろう。多分、私が帰りたいと言えば黙ってうなずいて、その分、一時間余計に仕事をするのだろうけれど。家庭とか、クリスマスとか。そんな言葉はとっくに忘れてしまった優しい中年男性のために、私はその一言が言えなくて。
時計を見る。
もう、九時が来ようとしている。
「なあ。恭子ちゃん。もういいよ。仕舞って。」 「え?」 「約束。あるんだろ。すまんな。気付かなくて。」
もう、所長の声を最後まで聞いていられなかった。急いでコートを羽織り、バッグを掴む。
「お先にっ。」 私は大急ぎで事務所を飛び出す。
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彼はいなかった。
イルミネーションがキラキラして。目が痛かった。
きっと、そこいらに隠れてて、私をびっくりさせようとしてるんだわ。そんな風に考えて笑っていた私から、次第に表情が消える。
ねえ。
待ち合わせでどっちかが遅れたら、来るまで待つのが私達のルールだよね。
だが、もう、十時が来ようとしても、私に向かって手を振る人は誰もいない。
やっぱり、クリスマスだから奮発して携帯電話を買わなくちゃ。そんなことを思ったりもした。
サンタクロースの格好をした人が、今にも泣き出しそうになっている私の肩を叩く。 「あなた、恭子さん?」 「はい。」 「これ。頼まれたんです。」
白い封筒を差し出すと、サンタクロースは行ってしまった。
封筒には、彼の文字。 「恭子へ。」 と。
「そばにいてくれたらいいの、何もしてくれなくてもいてくれたらいいの、といつも恭子は言ってたけど。僕は僕の愛し方を考えてみた。きみと少し離れて考えてみたくなった。きみがそばにいたら甘えるから。僕は僕で、どう恭子を愛したらいいか。上手く考えられないから。少しだけ離れてみるよ。」
そう書かれた封筒を握り締めて、私は、もう、最後に必死で握っていた幸福までも逃げてしまった事を知る。
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一年後。
今日も、また、クリスマス・イブ。
あれからすっかり仕事も減って。所長と二人で奮闘しているのは相変わらずだけど、何の予定もない今日、定時で仕事を終えられるなんて、随分と皮肉なことだ。
実のところ、私は洋介がいなくなったことで平静を取り戻していろいろな事を考えられるようになった。
中年の女が、一人の若者の将来を摘み取ってしまうところだった。彼が逃げ出したのは当然の事だ。自分があのまま、彼を縛っていたら、どんなにか醜いやり方だったろう。
だから、あれで良かったんだよ。負け惜しみじゃなくて、本当だよ。
って、心の中で何度も洋介に伝えたっけ。
向こうからサンタクロースが歩いて来る。
なんだか手を振ってるみたい。
ねえ。サンタさん。去年の今日、あなたの仲間が持って来てくれた手紙、本当にひどい手紙だったのよ。だけど、私・・・。
そのサンタクロースは、両手を広げ、私を抱き締めて来る。
ねえ。サンタさん?
「待っててくれたんだ。」
洋介の声。途端にスイッチが入ったみたいに、私の体の鼓動が音を立て始める。
「当たり前じゃない。」 私は、微笑む。
「ごめんよ。随分と遅くなった。きみへのプレゼント、探してた。」 「で?見つかったの?」
返事の代わりに、彼は私の指に指輪を。
「一緒にいられる方法。ずっと考えていたんだ。」
ねえ。髭を取ってよ。私は、涙が出るほど笑えて、困ってしまうのだった。
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