セクサロイドは眠らない

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2003年12月19日(金) 誰だっていいわけじゃないんだ。たとえば、男は誰でもが、この女と寝たい、と意識しながら声掛けるわけじゃない。

初めてだった。男から興味を持たれたのは。それが、たとえよこしまな考えからであっても。

彼の楽しそうな目が私を捕らえた時、私は自らを捧げようと思った。

だから、彼が近付いて来た時、私は彼の言葉の全てに従うことに心を決めていたのだ。

「今、暇?だったら、少し僕のおしゃべりの相手をしてくれないかな。友達にすっぽかされてさあ。」
「いいわ。」

彼は、慣れたように、私の腰に手を回す。彼が遊び人であることは最初から分かっていた。彼の周囲に漂う邪悪な雰囲気は、だが、心を誘う。

--

「まだちょっと明るいけど、お酒飲む?」
彼は訊ねる。

「ええ。」
「そうか。じゃあ、何か頼もう。きみ、緊張し過ぎてる。」
「男の人とこうやってお酒を飲むのなんて初めてなんですもの。」
「いいね。素敵だ。」
「でも、なぜ私?」
「実は、僕、悪魔なんだ。」
「まあ。」
「いや。驚くなって。悪魔ってのは、案外とそこらに普通に暮らしてるんだよ。」
「気付かなかったわ。」
「そりゃそうさ。僕みたいに自ら名乗る悪魔なんて、他にはいないもの。」
「なるほどね。じゃあ、私の魂か何かが欲しくて声を掛けたのね。」

私は少しがっかりする。女性として欲したというわけじゃなかったんだ。

「うーん。ちょっと違うなあ。最終的に欲しいにしてもさ。誰だっていいわけじゃないんだ。たとえば、男は誰でもが、この女と寝たい、と意識しながら声掛けるわけじゃない。まず、自分に何か訴えかけてくるような魅力がある子だから声を掛けるんだよ。」
「そう。じゃあ、私は魅力があるのね。」
「もちろん。」
「どんな?」
「きみの見え易い心。爪を立てればすぐに傷付きそうな柔らかい心がね。僕ら悪魔の好物なんだ。」
「私の心。」

それから、思い出す。昔からいじめっ子にターゲットにされ易かった、私自身の人生。

「分かるわ。いつもそうよ。目をつけられ易いの。」
ため息をつく。

「きみをいじめたやつは、悪魔かもしれないね。あるいは、悪魔の真似をしたがってるやつら。」
「悪魔の真似?」
「うん。放っておくと、人は正しいことをしたくなる生き物なんだ。それを悪魔が邪魔する。悪とは魅力的なものだと思わせる。だから、人は悪事を働く。」
「あなたは、そんな悪い人には見えないわ。」
「うん。僕は・・・。悪魔らしくない悪魔。いつだって中途半端だって、仲間から言われる。」
「やさしい悪魔なのね。」
「そろそろ出る?」
「ええ。」
「良かったら僕の部屋においでよ。」
「分かったわ。」

これが悪魔の手口かもしれなかったが、もう、どちらでも良かった。悪魔の心の裏を読もうなんて意味がないことだ。容姿に恵まれなかった私には、悪魔と名乗る青年に手を握られただけでも幸福だった。一体、善良な人々の誰が私の手をこうやって握ってくれたことだろう。

--

悪魔の部屋は、普通の部屋だった。普通の青年の部屋。若者らしい乱雑さ。

「意外だわ。」
「こんなものさ。悪魔が、典型的な黒い尻尾を持ってるわけじゃない。」

そこで私は急に怖くなる。部屋を満たす、彼の若い男らしい体臭が、私を漠然と恐れさせるのだ。

「シャワーなら、奥にあるよ。」
「ねえ。どうするの。」
「どうって。普通の男女がすることさ。それとも、手をきみの体に突っ込んで、心臓を引きずり出して欲しいのかい?」
「いいえ。」

悪魔は笑いながら私を抱き締める。

私は、その胸の中で、自らを解き放つ。そうだ。最初から、全てをこの人に捧げるのだったわ。

悪魔の唇が私の耳たぶをそっと噛む。私は、初めての感覚の中に無我夢中で飛び込む。

--

「僕は少し出かける。きみ、そろそろ帰ったほうがいい。」
「ここにいたいの。」

悪魔は少し困った顔をして。

「僕としては、一時の興味できみを抱いただけだ。きみを愛してるわけじゃない。なんせ、僕は悪魔なんだし。」
「分かってる。」
「ともかく、帰れよ。もうすぐ僕の友達が訪ねてくる。ろくでもないやつらばかりだよ。」

彼は言い残して、部屋を出て行ってしまう。

--

しばらくして、恐ろしく美しい女がやって来た。

「あら。人間ね。」
「ええ。」
「あの子にも困ったものね。こうやって中途半端に人間を相手にして。いつだってそう。あいつときたら。ねえ。あいつがどんなやつか知ってるでしょ?」
「悪魔だって聞きました。」
「そうなの。だけどね。人間にだって魔が差すって言葉があるでしょ。あいつは時々、いい心出しちゃうからね。でも、あたし達は所詮、悪魔よ。覚えてなさい。」

女は一人でべらべらしゃべって。

「ところで。」
と、私の方に向き直る。

「何でしょう?」
「私、あいつに貸しがあるの。あんた、返してくれない?」
「いいですけど。幾らぐらい?」
「お金じゃないわよ。馬鹿にしないで。私は悪魔よ。」
「なら、何を出せば?」
「そうね。命とまでは言わないわ。腕と足、一本ずつってところかしら。」
「それは・・・。」
「とにかく、もらっていくわ。あんただって、それが分かっててここにいるわけでしょう?どう見ても、あんたはあんたの意思でここにいたみたいだし。」
「それがあの人のためになるのなら、何でも差し出します。」
「理屈はどうだっていい。とにかく、もらってくわね。」

女は、さっさと、私の体から腕と足をちぎり取る。

--

その後も、いろいろな悪魔が入れ替わりやって来て、私の体から取れるものをむしり取る。

そして。

私にはもう、目玉が一つ残されただけだった。

彼が戻って来る姿が見たかったから、私は、これだけは残してと頼んだのだ。

そして、今、彼が部屋に戻って来た。

「おや。まだいたんだ。」
彼は笑った。

何が可笑しいのか、ゲラゲラと笑った。

それから、私の目玉を足で踏み潰してしまった。


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