セクサロイドは眠らない

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2003年12月12日(金) 自分の人生は真っ直ぐな一本道で、迷うことなく進めると思っていた。そんな馬鹿な男だっただけです。

私、別に怪しい者じゃありません。ええ。ただ、もし、お暇なら話を聞いていただきたいと思いまして。そうですね。変ですよね。こうやって、見ず知らずの人に話し掛けるなんて、三年前なら考えられない事でした。でもね。今だけは、こうやって誰かと一緒にいたい気分なんです。もちろん、そんなにお手間は取らせません。

そうですか。付き合ってくださいますか。いや。ありがたい。

もうお気付きかもしれませんが、私の歯は総入れ歯です。ええ。まだ、そんな年齢には見えないでしょう。実際そうなんです。今、41ですから。まあ、今さら運命を恨んだってしょうがないですがね。突然のアクシデントに見舞われたというんですか。それまで、私という人間は実に傲慢だった。健康だし、それなりの大学も出てまして、人の痛みについて考えたこともなかった。歯だって、幼い頃から一本も虫歯になったことがない。真っ白な歯も自慢でしたね。スポーツが好きで、年中、何かスポーツをしてましたし。

仮に誰かを傷つけていたとしても、全く悪気はなかった。ただ、自分の人生は真っ直ぐな一本道で、迷うことなく進めると思っていた。そんな馬鹿な男だっただけです。

ある日のことでした。

歯がね。一本、ポロリと抜けたんです。ええと。右の奥歯だったかな。それまでグラグラしたこともない。歯周病なんかとも無縁だ。痛みもなかった。だから、不思議でしたね。でも、事実は事実だ。ちゃんと受け止めなくてはならない。あまり気にしないようにしました。ストレスを溜めるのも苦手でしたし。

歯医者には行きました。医者は、全く問題ない、と言いました。健康そのもの。だからこそ、何で抜けたのかも分からないと。そう言いました。

私は、それ以上は歯の事を考えるのをやめました。人間が解明できないことだって世の中には沢山あるしね。

そうして、一週間ぐらい経った頃かな。また、一本。今度は、全然別の場所です。前歯の方だから、今度は知らん顔もできなくてね。慌てて入れ歯を作ってもらいに行きました。前歯は目立ちますからね。仕方がないです。ただ、もう無視するわけにはいかないと思いました。何の脈絡もなく、突然に歯が抜け始めるなんてね。気持ち悪いじゃないですか。しかも、あちこちの歯が。そうしているうちにも、また一本。

ありとあらゆる検査を受けました。

だが、何も原因は見つかりませんでした。健康そのもの。それが私に対する診断でした。

困ったことに、歯が抜けるというのは不摂生の見本みたいですよね。特に、前の歯が抜けているとひどく間が抜けて見える。

私も、歯が抜け始める前は、ちょっとモテてましてね。だから、余計に気になったんです。

でもね。どうにもならなかった。それからも定期的に一本、二本と歯が抜けて行った。

その時ね。不思議な事に気付いたんです。

金魚なんですがね。もらった金魚を飼い始めて一年ぐらいだったかな。そこそこの大きさになってたんですが。その金魚に餌をやろうとして気付いたんです。金魚にね。歯が。ええ。白いものが口についてて、よくよく見ると歯だったんですね。

びっくりしました。気持ち悪いっていうか。それも、私の抜けた歯と同じところに生えてて。

いや。あれは、もう。言葉に尽くし難いですね。

とにかく。

私は、嫌な考えに囚われないようにと。それだけを考えて生きていました。自分は長い夢を見ているんだ、とか。

ですが、現実は、現実です。歯はどんどん抜けて行く。夢だとしたら、最低の悪夢ですよね。

私は、間もなく全ての歯を失いました。そして、金魚は、そんな私から奪った歯をむき出しにして、水槽を泳ぎ回ってたんです。

なんででしょう。なんで、こんな事が私に降りかかるのでしょう。

そんなある日の事ですが、私はね。気が付いたんです。ひどく空腹なのに、入れ歯じゃろくに食べられないってね。やけになって、コンビニの幕の内を金魚の水槽に放り込んだんですね。そしたら、金魚が、私の歯。あの白い歯をむいて、食べ物を次々に食べて行くんです。いや。びっくりです。まるで人間みたいで、ますます気持ちが悪い。

ですがね。不思議なことに、金魚が腹いっぱいに残飯を食べたことで、私の空腹が解消されたんですね。なんともはや。ひどいもんです。私と金魚の胃袋は逆転しちまったんですもん。

そんな現実を、私は耐えました。幼い頃からエリートの道をまっしぐらです。一度だって他人に弱みを見せたことはない。

私が選んだ解決策はこうです。

結婚したんです。

さっきも言いましたように、金魚と私の胃袋は逆転してしまった。ご存知のように、金魚は小さな胃袋しか持っていない。朝から晩まで餌を与え続けないと、私の体が持たないんですね。だから、数年間付き合っていた女に金魚の世話をさせようと思ったんです。

彼女、喜びましたね。私がいつまでも結婚を言い出さないことで、しびれを切らしてましたから。

私は、結婚して、すぐ、彼女に秘密を打ち明けました。

新婚の頃ってのは、女は素直ですからね。いや。素直なのは新婚時代のほんの一時かもしれない。

妻は、私の言いつけ通り、餌を一日中与え続けてくれました。気持ち悪いなんて言ってても、女は案外と度胸が据わってて、すぐ慣れちゃいましたね。

でも、その度胸が据わってるのが良くない。金魚にも慣れるが、私との生活にもあっという間に慣れて、そのうち飽き飽きしたと言い始めた。倦怠期だったんですかね。それで、私は大声を出してしまって。ひどい喧嘩をしました。その時に妻が言ってはならない事を言ったんです。
「何よ。金魚の世話をさせるために結婚したんでしょ。こんな金魚なんか殺してやるわ。」

冗談じゃない。金魚が死んだら、私の食事はどうなるんでしょう?

カッとなりましてね。私、妻を殺してしまったんです。

妻ですか。金魚に食べさせてしまいました。ひどいもんです。水槽は、何日も血で染まってましたよ。

そろそろ限界ですか?まだ大丈夫ですか。そうですか。もうちょっとですから、聞いてくださいな。

私は、早速困ってしまった。餌をやる者がいなければ、私が一日水槽にへばりついてなくちゃいけない。

それは困るというので、結婚することにしました。新しい妻には大人しい女を選びました。友達もいないような。そんな女。

醜かったですが、いい女でしたね。私に忠実でした。金魚の餌といってもおろそかにせず、私の健康に気を配って、あれやこれやと食べさせてくれたんですね。ですから、私は、二度目の妻を深く愛しました。そうですね。初めてと言ってもいいかもしれない。あんなに一人の女を深く想ったのは初めてです。

幸福だった。黙って金魚の世話だけをしてくれて。私をいつだって気遣ってくれた。間違っても、結婚生活に飽きたなどとは言わない。

だけどね。そう長くは続かなった。

二度目の妻にぞっこんの私は、ある日、茶目っ気を出しましてね。出張と言って出て、早い時間にこっそりと家に戻ったんです。妻を喜ばせようと考えたんですね。明るいうちから二人で寝室で過ごして、彼女を喜ばせてやろうって。

恥ずかしながら、ね。そんな事を考えて。

ですが、そこで見た光景が私を突き刺したんです。

なんてことはない風景でした。妻が、金魚に餌をやっている。ですが、よくよく見れば、妻は、膳に持った豪華な料理を一品一品、金魚に話しかけながら食べさせてるんですね。

それが、何といいますか。嫉妬に狂ってしまったんですね。私。

妻は驚きました。突然、何やらわめきながら部屋に飛び込んで来たんですから。

それでね。勢いで。その。金魚を。水槽の金魚をわしづかみにして、窓から庭に叩き付けたんですよ。

ええ。死んじまいました。

ほんとに奇妙な話ですよね。こんな事が、なんでまた、私の身に降りかかるのか。

人間はあれですよね。一緒に向き合って、食事を共にする。これがなくちゃ、駄目ですね。一緒に飯を食わない男女は、もろいですわ。

え?信じられない?

そうですか。でも、見てくださいよ。さっきから、あなた。私はどんどん痩せ細ってます。ほら、この腕。ね。もう、私の胃袋はなくなっちまったんです。私には飢えを満たす手段がない。

だからね。怖くて。誰でもいいから話を聞いて欲しかったってわけだ。いや。お手間を取らせました。信じてもらえたらいいんです。信じてもらえないのは、どうしようもなく孤独ですからね。

では、失礼。


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