セクサロイドは眠らない

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2003年12月10日(水) ちゃんとしてればそれなりに美人なのに、度の強い眼鏡、美容院に行くお金がないためにしょっちゅうもつれてしまう髪の毛。

ミツエさんと僕が出会ったのは一昨年の冬で、もうすぐ一緒に暮らしてからニ年が来ようとしている。今日は僕の誕生日。

「おめでとう。」
ミツエさんが僕に特別のごちそうを用意してくれた。

「ありがとう。」
「あとは、小次郎にお嫁さんもらわなくちゃね。」
そう。僕は小次郎って名だ。コーギーっていう種類の犬だから、小次郎だってさ。そういうワケ分かんないセンスの持ち主がミツエさんってわけ。

ミツエさんは、一人で嬉しそうにグイグイとワインを飲んでいる。

「あんたも飲む?」
って訊かれたけど、丁寧にお断りさせていただいた。前、知らずに飲まされて大変な事になっちゃったからね。

ミツエさんは、
「あんたがお酒の相手をしてくれたら言うことなしなんだけどね。」
なんて笑ってる。

もうそろそろ、ミツエさんはぶっ倒れて、今日のパーティはおしまいになるだろう。僕は、ミツエさんの体に毛布を掛けてあげて傍らで眠るのさ。

--

売れないイラストレーターのミツエさんのところに僕が貰われて来たのはこういう経緯だ。ミツエさんの妹という人が気まぐれに僕を飼おうとしていたのだけれど、急に海外行きが決まったとかで僕はミツエさんに預けられたのだ。それからは、ミツエさんという、少し変わったところのある女性と一緒に暮らす事になった。ちゃんとしてればそれなりに美人なのに、度の強い眼鏡、美容院に行くお金がないためにしょっちゅうもつれてしまう髪の毛。

最初のうちはミツエさんが僕の母親代わりだったが、今では僕がミツエさんの保護者みたいなものだ。だって。ミツエさんという女性は、まるで子供みたいで生活能力はゼロに等しい。明日、食べるものを買うお金がないって時はしょっちゅだったけど、僕らはそれなりに楽しくやった。時々、ミツエさんが、「あんたって足が短いわねえ。」なんてケラケラ笑って僕はかなり傷付くんだけども。

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いつもの散歩コースを少し変えて、僕らは公園の中を通り抜けることにした。

そこで、僕は、足を止める。

「どうしたの?小次郎。」
「うん。何でもないよ。」

ミツエさんは、だが、すぐに気付いた。
「あの子ね。」

そこには、とても可愛らしい白い犬が座っていた。公園のベンチの足のところに。

「でも、飼い主はいないのかしらね。」
ミツエさんは、強引に僕を引っ張ってその子のところに行く。

「ねえ。あなたのパパはどこにいっちゃったのかな?」

白い犬は無言のまま。ミツエさんの方を見ようともしない。

「あなた、名前は?迷子になった?置いてかれたの?」
尚もしつこく訊くミツエさんには、僕も困った。

「もう、行こうよ。」
「あら。いいじゃない。だってさ。とっても可愛らしいんだもの。」
「いいからさ。」
「うるさいわねえ。本当に。」

ミツエさんはしぶしぶ立ち上がり、白い犬にバイバイと手を振った。

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次の日も。また、次の日も。

その白い犬は、同じ場所にいた。

雨が降っていた日も。

さすがに僕は心配になって声を掛ける。白い犬は、その頃には僕らが通ると笑顔を見せるようになっていた。

「ねえ。雨だよ。濡れちゃうよ。」
「いいの。」
「だってさあ。」
「いいの。マコトさんが帰って来るまで待ってなくちゃ。」

結局、僕はあきらめる。

「何か事情がありそうね。」
そういうミツエさんに、僕は、彼女の問題には首を突っ込んで欲しくないと思った。なんていうか。ミツエさんって人はデリカシーに欠けるんだよな。

その日、ミツエさんは、仕事がないにも関わらず午後から出かけて行った。僕は雨が降っていたから、知らん顔で寝たふりをした。

夕方頃帰って来たミツエさんは、傘を差していたにも関わらずズブ濡れだった。

「雨、ひどいわね。」
「ん。」
「あの子、またいたわ。あのままじゃ、死んじゃうわよ。」
「分かってる。」
「保健所につかまっちゃうかもしれないし。」
「分かってるって。」
「あの子の飼い主ね。あの子の前で救急車で倒れて運ばれたんだたって。だから待ってるの。ずっとずっと。でも、もう戻って来ないのよ。あの子の飼い主は。」

つまんない探偵ごっこやってる暇があったら真面目に仕事しろよ、と、僕は怒鳴りそうになった。実際には、何も言わなかったけれど。

--

翌朝は、よく晴れていた。

あの子は、まだ、そこに。だが、すっかり痩せて今にも倒れそうな感じでそこにいる。

そこへすっとミツエさんが近付いて行った。

何だよ?何するんだよ?

それから、ミツエさんは大きなバッグの中から餌入れを取り出した。
「あなた、ベッキーっていうのね。」
「ええ。」
「これね。私、昨日探して来たわ。」
「それ、私のよ。」
「知ってる。でもね。これを探しに行ったおうちでは、マコトさんという人の家族がこれを私にくれたの。ベッキーをお願いします、ってね。みんないい人達で、あなたと同じようにマコトさんがいなくなったことを受け止められなくて苦しんでいたわ。」

それから、ミツエさんはそっと優しく言う。
「ね。私の家に一緒に帰りましょう。」

白い犬は、全てを分かったような顔になって、ヨロヨロと立ち上がる。

ミツエさんがその体を抱き締める。

--

ベッキーは、一週間ほどで回復した。だが、心は元気のないまま。

それでも、少しずつ笑顔を見せるようになった。

夜、ミツエさんがいつものようにお酒を飲み過ぎて寝ている時、ベッキーは、僕に言った。
「あなた、幸せね。この家で飼われて。」
「だったら、一緒にいればいい。ずっと。」

ベッキーは返事をしなかったけれど。尻尾が嬉しそうに動くのは止められなかった。

「ミツエさん、きっと大歓迎さ。」
「だといいけれど。」
「大丈夫。」
「ね。あの人、子供みたいね。」
「うん。そうなんだよ。あの人にも、僕みたいに素敵なパートナーが見つかるといいんだけどさ。」

それから、慌てて付け足す。
「ねえ。僕もう、きみにプロポーズしたっけ?」

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僕ら、家族になった。そんな僕らを見てミツエさんは笑う。
「良かったわ。これで、あたしがいついなくなっても安心ね。小次郎は一人ぽっちにはならない。」

おいおい。僕らの方が寿命が短いんだぜ。一人になって心配なのはそっちの方だろうが。ミツエさんはそんなことを言う僕にお構いなしに、鼻歌を歌いながら仕事机に向かう。


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