セクサロイドは眠らない

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2003年12月08日(月) 少女は、恋をしたかった。時間がない。今、16の少女が一番にやりたいこと。それは恋だった。

雪が降る。真っ白な雪。

「綺麗ねえ。」
彼女はつぶやいた。

「うん。綺麗だ。」
二人は同じ景色を見ていた。そうしていて幸福だった。彼女は、お互いの心の中に違う想いがあることを知っていた。だからこそ、いつまでも同じ景色を見ていたかった。

冷たい指先を握り合った。


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曲がりなりにも作家を名乗り文章を書く仕事をしていれば、時折、「書いたものを読んでください」と添えられた原稿が手元に届く。だが、多くの場合、それらは読むに値しないもののため、秘書に命じて適当なお礼状と共に、作者の元へ送り返される。最近では目を通すことすら滅多になくなった。

だが、その文章は違った。

どこか清らかな印象のする、その原稿が他と違うのは、まず手書きだったからだと後から気付いた。ほとんどがワープロの文字の中で、その繊細な字は、最近の女子高生が書くような丸っこい字ではなかった。文章もどこか大人びていた。だが、添えられた手紙を読むと、作者は現役の高校生であるらしい。ふと手に取ったまま、読みふけった。「一章」となっているその文章群は、途中で唐突に終わった。続きが読みたい、と思った。

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その小説の主人公は16歳の少女だった。少年とは、ゲーセンに忘れた携帯電話によって知り合った。少年も16歳だった。少年は、それまで本当に誰かを好きになったことはなかった。

だが、少女がにっこり笑って、
「あたしたち、恋愛しようか。」
と言った時、初めての恋に落ちた。

少女は心臓を患っていた。16年の人生の大半を病室で過ごした少女には、何もかもが珍しかった。少女の両親は、もう少女に多くの未来が残されていないことを知っていて、病室から解放することを決めた。少女も両親が言わずにいる言葉が何かを分かっていた。

私、死ぬ。

少年には、自分の病気のことは黙っていた。だが、少女は、恋をしたかった。時間がない。今、16の少女が一番にやりたいこと。それは恋だった。

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少女は、初めて海を見て、可愛らしい歓声を上げた。少年は、少女を喜ばせた事が誇らしかった。

少女は、透き通るように白い肌をしていて、日差しをさえぎるものがなければ、体中を真っ赤にヤケドしてしまう。少年は、
「ここで待っていて。」
と、海の家に馬鹿高い料金を払って、少女を屋根のあるところで待たせた。それから、ぐんぐんと泳いで遥か沖に出たところで少女に手を振った。少女からは見えっこないのに、手を振った。少女もまた、手を振った。

少年が泳いで戻って来たところへ、少女は駆け出して行った。心配のあまり。

「はは。あれぐらい平気だよ。」
少年は笑った。

少女は、笑い返そうとして、そのまま少年の腕の中で気を失った。少年は慌てて少女の体を抱き締め、そのあまりの軽さに不安になる。

チリン。

少女が目を開けた時に真っ先に見えたのは、少年の心配そうな顔だった。

チリン、チリン。

「どこかで、鈴みたいな音がする。」
少年はつぶやいた。

「私の心臓の音だわ。ドキドキしてるもの。私ね。10歳の時に心臓の手術したの。だから、私の心臓には小さな金属が入ってるのよ。それが音を立てるの。」
少女は、ささやく。


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夏が終わり、秋が来て、そして冬に。

「四章」と書かれた原稿は、少し間隔が空いて届いた。

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雪を初めて見て喜ぶ少女の傍らで、少年は、
「毎年、一緒に来よう。この笑顔のためならば、何度だって連れて来てやるよ。」
と思う。

雪に初めて触って、少女は歓声を上げながら思う。
「これが最後ね。雪に触れるのも、彼と遠出するのも。」
と思う。


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だが、二人は無言で降りしきる雪を見詰める。

不覚にも、僕は涙を流し、原稿用紙をめくる。

このまま少女が本当の事を言わなければ、少年は、なぜ少女を永久に失ったかを知らないままだ。

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少女は、どうしても言い出す事ができなかった。

だから少女はこっそりと携帯電話を雪の中に落とす。電話が二人を繋いでいたから。待ち合わせの時も、会えない夜も。

本当の事を知ってしまえば、彼にとって二人の今までが全部後悔に変わってしまうだろう。あの時、無理をして海に連れ出さなければ。あの時、紫色の唇をした少女といつまでも雪を見ていなければ。

そんな風に彼は後悔ばかりするだろう。

そんなのは嫌。

だから、もう、会わない。

少女の携帯電話は、ほどなく雪に埋まってしまう。


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「四章」はそこで終わっていた。

僕は続きを待った。だがもう、待っても待っても続きは来なかった。

冬が来たから?

まさか。

だが、不安は募る。まるで、少女に恋した少年のように、僕は置き去りにされてしまう。だが、続きはとうとう来なかった。封筒はいつも、差出人の名前がなくて、確認をする術がない。だから尚のこと、雪の中に置き去りにされた携帯電話が目に浮かぶ。

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春が来て。

沖田早苗と書かれたB5ほどの大きさの封筒が届く。

開けてみると、赤い手帳。早苗の両親と名乗る人からの短い手紙。笑顔の黒髪の少女の写真。それから。

それから、小さな金属のカケラ。

グラスに入れると、チリンと音がした。

ずるいよ。こんな小説を書くなんて。

小さな赤い手帳には、ある作家の本に巡り合ったことで文章を書く喜びを知ることができた、と記されていた。作家冥利に尽きる言葉だった。僕らは、同じ雪を見ることはできなかったけれど。同じものを大切に胸に抱いた。

僕は、いずれこの小説の最終章を書くだろう。そこで、少女は少年に打ち明けるのだ。本当のこと。少年は、生まれて初めての恋を失って、声を出さずに泣くだろう。けれど、本当のことを知らされたくなかったとは決して思わないにちがいない。

それは、恋をしたかった少女の物語。たしかにそこに、16の僕がいた。


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