セクサロイドは眠らない

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2003年12月02日(火) お前も不安だったんだろう?怖かったんだろう?あの人を失う事が。私もずっと怖かった。

もう、長く誰も訪れて来ていなかった。あの、金色に輝く髪とオレンジの瞳を持った少年が最後に来てからは。

少年は、何度も何度も振り返った。ドラゴンは、ただ、黙って見送った。少年は何か言って欲しかったのかもしれないが、ドラゴンは何も言わずに見送った。声に出してしまうと、本当の事は嘘になりそうだったから。

ドラゴンは再び一人になった。そして、その時をじっと待っていた。

--

オレンジの瞳の少年は、今や立派な王子となり、世界中を回り剣の腕を磨いた。そして旅先で一人の少女と出遭った。少女は、少年の母がまだ若い頃そっくりで、勇敢だった。王子と剣を交えて面白がるような。そんな少女だった。王子はすっかり嬉しくなって、少女を国に連れて帰った。この娘なら母とも気が合うだろう。王子は、母に代わって国を治める時を迎えていた。

だが、笑顔で出迎えてくれる筈の母は、ベッドに臥せっていた。

「母上。」
「ああ。王子。良かった。戻って来てくれて嬉しいわ。」
「一体どうしたんだよ?」
「そうねえ。もう、王子がすっかり立派になったから、安心しちゃったのね。」
「だって、まだ、母さんは若い。ねえ。会わせたい人がいるんだ。」
「誰かしら?」
「素敵な娘さ。」
「婚礼の支度をしなくてはね。急ぎましょう。」
「何言ってるんだよ。まだ、まだ。母さんが良くなるのが先だよ。」
「いいえ。」
「それでさ。いつか。そうだ。4年に1度しか咲かない花が次に咲く頃に、僕らには赤ちゃんが生まれるだろう。そうしたら、その赤ちゃんに名前をつけてもらわなくちゃいけないし。」
「・・・。」
「ねえ。母さん。」
「急がないと、ねえ。」

王子は母の部屋を出てむせび泣く。

王子は知っていた。母が、悲しみのあまり病に臥した事を。あの人に会いたがって、来る日も来る日も。

だが、母はただ、黙ってその想いを胸に秘め、国のために忙しく働いた。

--

ドラゴンは、大地の感情を知る事が出来た。今、一つの国の偉大な統治者が消え行こうとしている事も知っていた。

馬のひずめの音がする。ひどく急いでいるようだ。馬も、馬の乗り手も若く、感情むき出しにこちらにやって来る。

そして。

今。

その地底の深い場所を再び人が訪れた。

ドラゴンはその者が誰か知っていた。ドラゴンを見つめる青年もまた、ドラゴンのことを知っていた。

「久しぶりだね。どうした。こっちにおいで。外は雪だろう?暖まるといい。」
「お願いがあって来たんです。」
「お願い?」
「ええ。」

ドラゴンは、昔、一度だけ言われた言葉を、ふと思い出す。
「あなたがいらっしゃいよ。火の番人をやめて。世界は広くて楽しいわよ。」

ドラゴンは小さくため息をつく。

「私にどんなお手伝いが出来るというのかな?」
「一緒に来て欲しいんです。母のところに。」
「無理だよ。」
「どうしてですか?知っていらっしゃるでしょう?母の状態は。」
「ああ。知ってる。」
「なら、一緒に来てください。」
「お前も知ってるだろう。火の事を。ここで火の番をしなくちゃならないんだ。」
「火なら、代わりの者が見ます。この娘が。」

青年の陰からそっと少女が現れた。ほっそりとした白い体に、長い金髪。はかなげな見た目とは裏腹に、真っ直ぐな瞳が誰かに似ていて、ドラゴンはハッとした。

「私がお手伝いしますわ。だから、私からもお願いします。」
「それは・・・。いや。できない。」

「どうして?」
青年と少女の声が重なる。

「炎は、私の命なんだ。ずっと私が守って来た。他の者では駄目だ。」

青年と少女は、涙ながらに何時間か懇願したが、ドラゴンは決して首を縦にふらなかった。

「分かりました。こうしている間にも母はどんどん弱っています。僕らは引き上げます。」
青年は、低い声で言った。

「あなたは・・・。あなたは弱虫だ。」

ドラゴンは無言で、体を覆う固い鱗をむしり取ると、青年に渡した。青年は無言で受け取ると、踵を返した。

青年と少女は来た時と同じように、ひどく馬を急がして去って行った。

--

母は、もう、意識が朦朧としていた。だが、王子がドラゴンの鱗を渡すと、少しだけ元気を取り戻し微笑んだ。

そして、息を引き取った。

国中が悲しんだ。

--

ドラゴンもまた、少しずつ少しずつ弱っていき、体も小さくなって来た。

炎の勢いが弱くなり、世界が冷え込んだ。

王子は、再び馬に乗った。

ドラゴンを恨む気持ちに変わりはなかったが、もう一度だけ会っておきたかったから。

「ああ。」
王子を見て、ドラゴンはしわがれた声を出した。

「どうしたんです?この前見た時とは全然違う。」
「終わるんだよ。」
「何が?何がです?」
「炎を・・・。予定より早過ぎだ。何とか炎をもう一度燃え上がらせておくれ。」

王子は慌てて、地上に戻り、枯れ木でも何でも集めた。しまいには、自分が背負って来た荷物まで火にくべた。

火は高く燃え上がり、王子を照らした。

「手を貸してくれないか。」
ドラゴンは言った。

「どうするんです?」
「火だよ。」

そうやってヨロヨロと火のそばまで行く。

「父さん。」
「なんだ?」
「父さん。ずっと呼ぼうと思ってたのに。」
「いいんだ。」
「僕、謝らなくちゃ。」
「何。いいさ。お前も不安だったんだろう?怖かったんだろう?あの人を失う事が。私もずっと怖かった。怖くて怖くて、生きるって事そのものが、死ぬ事よりも何倍も怖かった。あの人に会いたかった。だけど、私はここにいなくてはいけなかった。あの人も、同じだった。あの人にも、守るべきものがあった。お互い分かってたんだ。」

それだけ言うと、ドラゴンは王子の支えを振り払い、炎に飛び込んだ。

王子は、叫び声を上げた。

炎がひとしきり、ゴウゴウと燃えた。長い時間燃えた。

火が落ち着いたところで、王子はゆっくりと立ち上がった。炎の中からキラキラと輝くものが飛び出して来たから。

「ドラゴン・・・。」

幼いドラゴンは、まだ言葉を持っていなかった。だが、自分のすべき事を知っていた。炎の周りをくるくると回り、キーキーと鳴いた。

「また、来るよ。」
王子はドラゴンに向かって言った。

国には妻が待っている。そのお腹には新しい命が。母も、ドラゴンも、知っていたのだ。始まるために終わりがある事を。


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