セクサロイドは眠らない

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2003年12月01日(月) どこといって特徴のない顔。だが、何をしていた男なのか。無地のパジャマを着て立っている男は、どこか間が抜けていた。

目が覚めると、少し頭が痛んだ。

私は、二、三度とまばたきをしたが、そこがどこかは分からなかった。乳白色の、どこといって特徴のない壁に囲まれた、十二畳程の大きさはあろうかという部屋だった。

病院にあるようなベッドに寝かされていた私は、起き上がり、部屋を見渡した。冷蔵庫や、本棚。ゆったりした皮張りのソファ。電子レンジ。テレビ。ポット。どれも、どこにでもあるような一般的なデザインのものばかりで、しかも新品である。本棚に並んでいる本も、一貫性はなく、そこに何の統一された趣味も見られない。

立ち上がり、冷蔵庫を開けてみる。暖めるだけの食品やら、新鮮な果物、ミネラルウォーターなどがぎっしりと入っている。どれも真新しく、誰かが口をつけた気配もない。

ここには誰かが生活した気配というものがない。ついさっき、適当に選んだものを詰め込んだばかりの部屋、という感じだ。

ドアがある。取っ手をゆっくりと回すが開かない。外から鍵が掛かっているようだ。

仕方なく、私はテレビをつけてみる。顔だけは知っているが名前の浮かばないタレントが幾人か出演しているバラエティ番組をぼんやりと眺める。

そこで初めて、私にはそれまでの生活の記憶がないことに気付く。

鏡を見る。そこには、40歳ぐらいの年齢の男の顔があった。この顔には見覚えがある。少し薄くなり始めた髪の、どこといって特徴のない顔。だが、何をしていた男なのか。無地のパジャマを着て立っている男は、どこか間が抜けていた。せめて、ネクタイでも締めていれば、自分がどんな仕事をしていたか思い出せたかもしれないのに。

部屋を探すと、案の定、紙とペンが見つかった。私は、そこに、思い出せる事を書いてみようとする。だが、どれも幼い記憶ばかりで、大学を出た後、自分が何をしていたかさっぱり思い出せない。結婚はしていたのか。子供はいるのか。思い出そうとすると頭痛がする。

あきらめて、ペンを置く。

冷蔵庫の中を探し、チーズとビールを取り出す。アルコール類も揃っているところを見ると、ここは病院ではないのだろうか。少なくとも一つだけ分かったことがある。私はビールが好きな奴だったようだ。ビールを飲むと眠たくなった。そのままソファに横になる。

寝て起きたら、そこは自分の慣れた部屋で、記憶がちゃんと戻っているといいがな。そう思いながら目を閉じた。

--

何時間寝たのだろうか。

まだ、少しばかり頭痛がする。やはり、記憶はなく、そこは見知らぬ部屋だ。そこで初めて、じんわりと憂鬱な気分が滲み出す。眠れば何かが解決すると思っていたが、そんなことはなかった。この部屋は不気味なくらい静かで、物音が聞こえない。窓もない。時計を見ると、10時を少し過ぎたところらしい。朝か。夜か。テレビを点ける。ワイドショーのような番組だ。多分、朝の10時なんだろう。朝食を取らなくては。

冷蔵庫を開け、卵とバターを取り出す。部屋の一方の壁に取り付けられた調理台でスクランブルエッグを作る。

ふと気付くと、ドアの手前に新聞が置いてある。眠っている間に誰かが置いたようだ。私は、新聞を拾い上げ、開く。そこに何か記憶の手がかりはないかと探すが、何も思い出せそうにない。あきらめて、卵とコーヒーで朝食を済ませる。それから、紙を取り出し、日付を書きつける。今日から日記を書こう。そうでもしないと、自分がどこにも存在しないもののように思えてならないから。

--

午後。ノックの音がして、私は驚いてソファから飛び上がる。

「失礼します。」
看護婦が入って来る。

何から訊けばいいのか。慌てたせいで頭の中が真っ白になる。

「ゆっくりなさってください。何かあれば、ナースコールで呼んでくださいね。」
と、ベッドサイドに垂れ下がるナースコールのボタンを指差す。

「あの。」
「なんでしょう?」
「ここは、どこですか?」
「クリニックですよ。」
「クリニックって。何の?何で鍵が掛かってるの?」
「落ち着いてください。先生が説明に来るまで待っていてくださいね。」

看護婦は、事務的な笑顔を浮かべ、私の着替えを置いて部屋を出て行ってしまう。鍵を掛けたカチリという音が響いた。

--

夕方になってようやく、医者がやって来た。

「ああ。そのままで。リラックスして。」
立ち上がろうとする私を制して、医者は微笑んだ。

何から訊こう。私は、唾を飲み込む。

「あの。先生。私、記憶がないみたいなんですが・・・。」
「そうですか。じゃあ、ゆっくりでいいんで、今の状況を整理して教えてください。」

私は、言葉を選びながら、少しずつ話を始めた。

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愛しい男が話し始める様子がモニターに映し出される。

「本当に記憶がないのね。」
私は、隣でモニターを眺めている博士に話しかける。

「ええ。無理矢理に記憶を失わせるのは望ましい事ではありませんがね。お嬢さんのご希望とあれば、しかたありますまい。」
「ねえ。彼、記憶は戻るかしら?」
「そうですね。一度に何もかもというわけにはいかないですが、断片的な記憶が少しずつ取り戻せるでしょう。」

私は、モニターを食い入るように見つめる。

「もし僕が記憶を失ったとしたらさ。記憶が蘇った時に真っ先に思い出すのはきみの事だと思うよ。」
そうささやいた愛の言葉を思い出す。

「本当ね?奥さんのことでも、子供のことでもなくて、私の事なのね?」
私は彼の腕の中でそう聞き返したんだっけ。

そんなロマンティックな愛の瞬間、どうしても手にいれたいの。

私は、早速、お父様にお願いしたんだわ。


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