セクサロイドは眠らない

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2003年11月27日(木) 「それから、私の事。幾つかの大事な事を、あなた知らないわ。」「何だろう?」「ひとつめ。私、・・・」

彼女は美しかった。初めて会った時、心臓が止まるかと思った。一生を共にしたいと思った。

彼女の美しさはをどう説明しようか。彼女は何というか、純粋な結晶のような存在なのだ。何度も何度も純度を高めながら抽出した結晶。

僕らは、社会人のテニスサークルで出会った。

一年後、僕は、彼女に結婚を申し込んだ。

--

「いいけど。あなた、私の事なにも知らないわよね。」
「ああ。確かに。」
「随分と無謀な人ね。」
「しかたない。出会った時から決めていた。」
「まず、父に会ってくれなくちゃ。」
「ああ。それは大事な事だね。」
「それから、私の事。幾つかの大事な事を、あなた知らないわ。」
「何だろう?」
「ひとつめ。私、離婚歴があるの。いわゆる、バツイチってやつね。」
「知らなかった・・・。」
「どう?引き返したくなった?」
「いや。もっと奥に踏み込みたくなったよ。」
「勇気があるわね。」
彼女は笑った。

本当に。僕は彼女の何も知らない。金融関係のシステム屋。それしか取り柄のない僕だ。

「ふたつめ。子供がいるの。」
「何人?」
「一人。」
「男?女?」
「男の子よ。」

まったく。随分と間の抜けた質問しかできなかった。子供か。知らなかった。だが、しかし、それも大きな障害とは言えない。子供なら、姉貴の子供の面倒を見るのだって得意だ。

「知らなかったよ。きみに子供がいたなんて。」
「訊かなかったでしょう?」
「そうだな。本当に。想像もできなかった。第一、きみ、子供がいるなて素振りを微塵も見せなかったんだもの。」
「ええ。」
「こう言ったら何だけど。わざと隠していた?」
「・・・。」
「なんで?」
「急に何もかも訊かないで。お願い。」
「よく分からないな。」
「ごめんなさい。」
「謝らなくていい。時間はある。これから少しずつ知るつもりだよ。」
「ありがとう。」
「じゃあ、オーケーしてくれるんだね?」
「あのね。もう一つだけ。私の父の事なんだけど。」
「ああ。そうだ。確かに大事な事だね。」
「いろいろあなたの事訊ねると思うの。」
「構わないよ。」
「本当に些細な事まで訊ねるのよ。」
「平気だ。何でも訊いてくれたらいい。」
「ありがとう。」

彼女は初めて笑顔を見せる。

僕は彼女を抱き締める。

--

「で?きみは金融システムのプロフェッショナルというわけだね。そのジャンルでなら誰にも負けないという自信はあるかね?」
「自信・・・。というほどでもないですが。」
「謙遜は良くないな。きみの事は既に調べてある。昨年の・・銀行と・・銀行の合併では、きみが指揮を取って見事にシステムを稼動させたそうじゃないか。」

そこまで知っているなら、何も僕が僕について説明することはないじゃないか。皮肉の一つも言いたくなる。が、未来の父となる男性にそんな事は言えない。ましてや、数え切れない程の会社を経営し、日に何億もの金を動かしている男には。

「きみには、私の経営している会社の一つに入ってもらいたい。」
「はい。」

結婚の条件が幾つかあるの。彼女が言いにくそうに切り出した内容の一つだった。

「コンサルタント会社でしたっけ?」
「そうだ。」
「一体、どんなジャンルのコンサルタントを?」
「ありとあらゆることだ。」
「ありとあらゆる・・・。」
「人の人生は、全て繋がっている。どこからどこまでという切り分けができるものではない。ならば、相談に来た者のありとあらゆる不安を取り除いてやるような気持ちで接するのだ。」
「そんな事が僕にできるんでしょうか?」
「きみならできる。」

義父になる男は、きっぱりと言った。そして、鷹揚な笑みを浮かべた。その一言で、僕の体内に力が湧く。

「それと。コンサルタントにとって大事なことは、決して、ノーとか不可能とか言わないことだ。オーケイです。大丈夫。あなたならできます。そうやって常に励ます事が重要だ。」

僕は、そこでようやく笑い返す。なるほど。大した男だ。

「娘を大事にしてやってくれ。あれは私の子供の中でも一番出来のいい子なんだ。あれが男だったら。と、思わなかった事がないでもないぐらいな。」
「分かります。」
「だがな。女で良かったのかもしれん。女なら、子が産める。」

--

新しい生活が始まった。

僕は、妻のためなら多少の犠牲は払うつもりでいた。

息子となった少年も、とてもいい子だった。毎日、真っ黒になってサッカーに打ち込んでいる。当分、我々の子供は作らずにいよう。そう思った。

だが、子供を欲しがったのは妻の方だった。

「自然にまかせよう。」
そう言う僕に、それじゃ駄目なの、と焦りの言葉をぶつけてくる。

僕は妻の激しさにあっさりと折れて、子作りに積極的に取り組む事を約束した。いずれにしても、子作りという目的を抜きにしても僕は妻をたっぷりと愛するつもりではいたのだから、同じことだ。

そうして、ほどなく妻は妊娠した。

もちろん、妻は大喜びした。義父も大いに喜んでくれた。

--

不思議なのは、妻が前の結婚相手との間に作った少年の事だった。マモルという名の少年は、気立ても良く、成績もそこそこで、何よりサッカーが上手い。だが、妻は、マモル以外に子供を欲しがっているようだった。女の子が欲しいのだろうか。

少しずつ大きくなるお腹を大事に抱え込んでは、妻は幸福そうな表情を見せる。

十ヶ月はあっという間に経過した。いよいよ陣痛が始まった妻を義父が自ら病院に運んだ。そして、分娩台に上るまで、義父は妻を励まし続けた。

そう。まるで、僕に出番はなかった。

--

退院した日の夜、僕と妻はベッドの中で手を繋いで、喜びを静かに分かち合った。

「あなた。ありがとう。」
「きみが頑張ったからだよ。」
「父も喜んでいるわ。」
「それは良かった。」

妻の言葉はそこで途切れる。

泣いているようだった。

「どうしたの?何が悲しいの?」
「お別れだから。」
「お別れ?」
「ええ。子供が生まれたら、あなたはもう用がないのよ。」
「どういうこと?」
「前の主人もそうだったの。」
「僕はどうなるの?」
「父が始末するわ。」
「始末って。そんな・・・。」
「マモルが生まれた時も父は大喜びだったわ。だけど、父の目からしたら、もっと優秀な子が欲しかったのね。」
「じゃあ、僕らの子が社長の希望にそぐわなかったら?」
「私は、また結婚する事になるわ。」
「そんな。人を何だと思ってるんだ。第一、始末って。」
「父になら簡単よ。どうにでもするわ。人一人の命ぐらい。」
「きみはそれでいいのか?」
「仕方がないわ。父が決めた事なら。」

僕は呆然とする。

だが、妻は、悲しみこそすれ、事の理不尽さには気付いていないようだった。無理もない。生まれてこのかた、彼女にとって父親こそが世界だったのだ。そして、彼女自身こそが、そうやって、最も優秀な血として残された子供なのだ。

僕は、ただ無言で妻を抱き締める。

ひとしきり泣いた後、彼女は低い声でささやく。
「私達、一緒にいられる方法が一つだけあるわ。」
「なんだ?」
「父を・・・。父を殺すの。」

僕は、しばらく妻の言葉について考える。

「無理だ。」
社会的影響力だけとっても、僕があの男を抹殺する事など不可能だ。

「なら、お別れね。」
妻の声が冷たく響く。


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