セクサロイドは眠らない

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2003年11月26日(水) 男の体の上に乗り、その肩に爪を食い込ませる。だが、その皮膚は、ひどく固い。クライマックスを迎えようとする瞬間、

新しい恋人とベッドを共にした夜。彼はすっかり満足した顔で、うつ伏せのまま枕元の煙草に手を伸ばす。私は、その肩から背中にかけての美しい線に見とれて、指でなぞる。

彼は笑って、私を引き寄せる。

彼の丸く艶やかな肩が唇に触れる。私は、思わず唇を開く。彼の弾力のある肌。

「っつー。やめろって。」
彼がいきなり私を押し退ける。その肩に血がにじむ。

「ごめんなさい。」
「なんだよ。吸血鬼かっての。ってーなあ。あーあ。血が出てら。」
「ほんと、ごめん。」
「いいけどさ。子供じゃないんだし。何やってんだよ。」
彼は怒った顔のまま、背を向ける。

ああ。またやってしまった。私の悪い癖。滑らかな皮膚に歯を食い込ませずにはいられない。

いつもこうだ。一度や二度は、ふざけてやった事にして許される。だけど、そのうち冗談じゃ済まなくなるのだ。

--

噛みたい。

その衝動は唐突に私を襲う。

仕事中でも、デート中でも。

月末の忙しさに気を紛らわせていたつもりだが、あっという間に終わった恋が私を滅入らせ、仕事のミスを増やす。

「どうした。きみらしくないな。」
部長が私のミスに気付き、溜め息をつく。

「すみません。」
「何か心配事でもあるのか。」
「いえ。」
「しかしなあ。もう、これで三回目だぞ。」
「はい。」
「今日は早めに上がりなさい。」
「でも・・・。」
「私もそう遅くならないうちにしまうから。どうだ。ちょっと話でもしないか。」
「はい・・・。」

私は、消えてなくなりたかった。信頼する部長にミスを指摘されてしまった。

厳しい叱責を受ける覚悟を決めた私に、遅れて店に入って来た部長は優しく微笑んだ。
「好きなものを頼みなさい。今日も昼休み返上で頑張ってたのは分かってる。腹が減ってるだろう。」

部長は私を叱ったりはしなかった。それどころか、どことなく憂鬱そうな顔をしてばかりの私が心配でならなかったのだと言い、それから照れたように笑った。
「いい迷惑だってことは分かってるんだ。今日だって、仕事が終わってからも付き合わせて。」
「いえ。いいんです。嬉しいです。そこまで気に掛けてくださってたなんて。」
「覚えてないかもしれないが、きみが我が社に入る時に面接の担当官をさせてもらったのは私だ。きみの家庭の事情も知っている。」

父が家を捨て、母と妹と肩を寄せ合って生きて来た事を言っているのだ。

「私を父親と思って、何でも言って欲しいんだよ。」

私は、その言葉にうなずき、そっと回されたた腕に体を預けた。

--

その夜から始まった部長との逢瀬は、私にとって辛いものだった。既婚の彼は、私を抱いてしまうと、そそくさと洋服を身に付ける。だが、それより何より。

噛みたい。だが、噛めない。

彼の体は、決して傷つけてはならないものだった。

いつだったか。うっかり伸ばした爪が彼の頬をかすめた時、彼は不愉快そうに言ったのだった。
「おい。気をつけてくれよ。」

四十代の働き盛り。ゴルフで日焼けした肌は滑らかで美しい。だが、その肌に戯れに歯を立てる事を許されないのだ。それは、予想以上のストレスを私にもたらした。

彼が帰ってしまった後、私は身もだえして、挙句、自らの体に歯を立てる。腕の内側の柔らかいところ。皮膚が裂け、血が滲み、鉄の味が口の中に広がると、ほんの少しだけ私の心は落ち着きを取り戻す。

--

子供が熱を出して急に会えなくなった。待ち合わせの店で、そんな電話を受けた夜。私は、ふらふらと歩きながら血の味を思う。その時に。

「おっと。危ないよ。」
不思議な笑顔だった。どこか固く。だが、危なげの無い笑顔。

うっかり車道に飛び出しそうになった私の腕を、その男は掴んだ。

「大丈夫かい?」
「ええ。」
「顔色が悪いよ。」
「放っておいて。」
「そうはいかない。きみ、まるで病気みたいだもの。」

抵抗しきれない私を、男はタクシーに押し込み自分の部屋まで運ぶと、温かいココアの入ったカップを渡してきた。
「お飲みよ。きみの顔、真っ青だ。」
「ありがとう。」

私は、カップを両手で包むように持ったまま、男を観察する。

「僕ら、友達になれるよ。きっと。」
男は笑う。

抜け殻のようになっている私は、
「抱いてよ。」
と、服を脱ぐ。

私は、男の体の上に乗り、その肩に爪を食い込ませる。だが、その皮膚は、ひどく固い。クライマックスを迎えようとする瞬間、私は上半身を折り曲げて、男の耳たぶを強く噛む。

だが、果たして。その耳は、私の歯型の痕跡を残さない。

「あなた、何者?」
「僕は、ゴム男さ。」
男は笑う。少し自嘲気味に。

--

二人の男。一人は、私を愛さない。もう一人は、私が愛さない。

決して愛してはいないゴム男の部屋を時折訪れては、その傷付かない皮膚に、何度も何度も歯を立てる。

--

そんな日は長くは続かなかった。

私の心が耐えられなくなったのだ。愛する男は、決して私を選ばない。長い時間を掛けて、たったそれっぽっちのことをようやく知った。

私は、自らの手首に歯を食い込ませる。アルコールのせいで朦朧とした意識の中、火を放つ。
「さようなら。」

熱気が迫る。もう、体が動かない。壊れた人形みたいな私は、こうやって死ぬのがお似合いなのだ。

だが、しかし。誰かが私を呼び、抱き起こす。ゴム男だ。お願い、死なせて。そうつぶやいた瞬間、私は意識を失った。

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「気が付いた?」
ゴム男が、ベッドのそばで心配そうに私を見ている。

「私・・・。」
「きみは死ぬべきじゃない。」
「でも、もう、生きてる意味なんてないの。」
「なんでだよ。なんで、あいつなんだ?」
「さあ。どうしてかしら。きっと。噛むことが許されなかったからだわ。いつも、無傷の綺麗な背を向けて、私の元を離れて行くのよ。あの人。」

私は、まだひどく疲れていて、もう一度眠りに引き込まれた。

--

退院して、真っ先にゴム男のアパートに向かった。

空は晴れていて、気持ちが良かった。

私はゴム男のお陰で、傷を負わずに済んだ。お礼だけでも言わなくては。許してもらえないかもしれないけれど。私は、最後に会った時のゴム男を思い出す。

ドアを開けたゴム男は、私をまぶしそうに眺める。

「久しぶり。」
私は照れ笑い。

「もう、来ないかと思ってたよ。」
「うん。私も。合わせる顔がないなって思ってた。だけどね。」

私は、ゴム男の耳たぶから顎にかけてのラインをそっと手でなぞる。

「ねえ。ひどく溶けちゃったわね。もう、戻らないの?」
「うん。こんな体だからね。熱には弱いんだよ。」
「私のせいね。」
「気にしてないよ。」
「・・・でも。ずっと素敵だわ。この顔。」
「僕もそう思ってる。ずっと。きみが傷をつけた男達に嫉妬してたんだよ。僕。」

私は、ゴム男の首に手を回し、その傷を唇でなぞる。ゴム男は、もう、無傷なゴム男ではなかった。それ故に、私は愛した。


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