セクサロイドは眠らない

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2003年11月25日(火) 数ヶ月に一度。任務の合間を縫い、激しく抱き合って、もう翌朝には、お互い町ですれ違っても知らぬ顔をする恋人。

窓の方からコツコツと音がする。

「おかえり。」
私は、窓を開ける。

ハトが飛び込んで来て、私の肩に。

その羽に触れてやると、安心したようにその生き物は私の肩を離れ、今度は犬に姿を変えて床に降り立つ。

「疲れたでしょう?しばらく休んでいなさい。」
そう声を掛けると、彼は少し離れた場所に伏せる。だが、私への視線をはずさない。

愛らしい犬の姿をしているが本当は姿を持たない、その生き物は、「運び屋」だ。組織から支給され、ある一定期間を一緒に暮らす。スパイ活動を手助けするように訓練され、飼い主への忠誠心は絶対だ。どんなものにでも姿を変え体の中にありとあらゆるものを飲み込むと、指示したところまで届けてくれる。この数年間、彼なしでは、任務をこなすことは出来なかっただろう。

時に、傷を負って戻って来ることがあるため、一回外に出すと彼が無事な姿を見せるまでは、いつも落ち着かない。

だが、その心配も今日で最後。

私の運び屋は、最後の任務を終えて戻って来たのだ。

--

運び屋を充分に休ませると、私は彼に姿を変えるように命じる。

彼はうなずいて、犬から、青年の姿に。

美しい茶色の瞳の青年に。

私は、満足して、彼のために衣装を選ぶ。タキシードが良く似合う体は私のお気に入りで、任務がない時はいつもこの姿に変身させるのだ。私も着替えを済ませると、彼の姿を前に一瞬動けなくなる。

泣いては駄目。

今、この瞬間の彼を目に焼き付けて。

それから、彼の差し出す腕に手を絡ませると、既に待っている車に乗り込む。

今夜が最後。それから、運び屋とはお別れだ。運び屋には引退の時期がある。変身能力が衰えるからだ。引退の時期を迎えると、運び屋は組織によって始末される。それが組織の掟。そして、また、新しい運び屋が支給される。若くて訓練を受けた運び屋。

運び屋と私は、レストランでの食事をしながら無言だ。彼は話が出来ない。それも大事なことだ。いざ、運び屋が捕らえられても、話ができなければ尋問されて情報が引き出される危険もないから。私が教えたテーブルマナーは完璧で、優雅だ。愛らしい生き物。教えられたように姿を変え、望むような働きをする。私達は無言で。それでも、時折、指と指を触れ合わせる。そうすれば、物言わぬ運び屋の気持ちが伝わってくる。今日の彼は穏やかで、満足しているようだ。もちろん、最後の夜だという事も知っている。

多分、任務を離れて姿を変えていられる事に満足しているのだ。

素敵な食事を終え、私達は私の部屋に戻る。

スパイという仕事柄、居場所も転々としなくてはならないため、簡素な作りのベッドルームで、私は運び屋と一緒にベッドの縁に座る。運び屋が私の腰に手を回す。運び屋には何でも分かるのだ。私がどうして欲しいか。私が何を望んでいるか。

彼は特別なのだ。

普通、この生き物は、ほとんど感情を持たない。もともと、あまり思考能力もない。だからこそ、スパイ活動にうってつけなのだ。だが、彼は違う。何匹かに一匹。この子のようなのが混ざっている。

私は組織の一員として彼に特別な感情を持つことは許されない。だたの道具。それ以上ではない。時期が来れば破棄し、新しい道具を手に取るべきなのだ。

できる事なら、このまま、運び屋に飲み込まれてどこか誰も知らないところまで運んばれたい。そうして、二人で暮らすのだ。むろん、それは出来ない。すぐさま組織が追って来て、二人共始末されてしまう。

私は、運び屋の腕の中でまどろむ。夢を見る。南の島。ただ、二人だけで暮らす。私達の間には、任務も言葉もない。微笑み合って暮らすだけ。

--

南の島は組織の手によってめちゃくちゃにされる。

私は悲鳴を上げる。

そうして、目が覚める。

私はシーツの上に起き上がって運び屋を探す。運び屋は、少し離れた場所で、こちらを見ている。タキシードを脱ぎ、簡素な服に着替えている。

「行きましょう。」
私は、立ち上がる。

--

ボスの背中に向かって、私は、無理とわかる依頼をしている。

「駄目だ。三年。もう、そいつは引退だ。お前も分かっているだろう。」
ボスは言う。

傍らには、背の高い男性が控えている。私の恋人だ。スパイ仲間。有能な男。ベッドの中でも有能だが、もう随分と会っていない。お互いの仕事が忙し過ぎるのだ。数ヶ月に一度。任務の合間を縫い、激しく抱き合って、もう翌朝には、お互い町ですれ違っても知らぬ顔をする恋人。

私のそばには、物言わぬ運び屋が、黙って立っている。

恋人は、私の運び屋を見詰めている。この三年、恋人よりずっと長い時間私のそばにいた、この生き物を。

「お前は、私が連れて来て育てた女だ。組織の掟は良く知っている筈だ。それに従わぬなら、どうなるか。分かってるな。」
「はい。」

ボスは、恋人の方にかすかに顔を動かす。恋人はうなずく。私達の命が、今、ボスに忠実なその男にゆだねられた。

運び屋の手を強く握りしめ、目を閉じる。

今、恋人が私達に向かって一歩踏み出したところだ。

組織に忠実な恋人。

ねえ。私達、組織にいることで、いろいろなもの捧げ過ぎたわ。だから、一つぐらい、手にしたまま離さないものがあったって・・・。


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