セクサロイドは眠らない
MAIL
My追加
All Rights Reserved
※ここに掲載されている文章は、全てフィクションです。
※長いこと休んでいてすみません。普通に元気にやっています。
※古いメールアドレス掲載してました。直しました。(2011.10.12)
※以下のところから、更新報告・新着情報が確認できます。 →
[エンピツ自由表現(成人向け)新着情報]
※My Selection(過去ログから幾つか選んでみました) → 金魚 トンネル 放火 風船 蝶 薔薇 砂男 流星群 クリスマス 銀のリボン 死んだ犬 バク ドラゴン テレフォンセックス 今、キスをしよう
俺はさ、男の子だから
愛人業
DiaryINDEX|past|will
2003年11月21日(金) |
「なのに。他の人と結婚するって。なんだか、腹立って。最後の時間を上手く過ごせなくて。彼に置いてかれて。」 |
仕事を早めに終え、私は急いでいた。雨が激しく、傘を差していてもスラックスの裾が濡れてしまう。
皆、急ぎ足で歩いている歩道に、一人の女性が立っていた。傘も差さず。みな、少し体をねじりながら除けている。私も同様にその女性を避けようとして。振り向いて立ち止まる。その女性のことを良く知っていたから。 「どうしたんだ?こんなところで。びしょ濡れじゃないか。」 「課長・・・。」 「皆の邪魔になってる。さ。行こう。」 「嫌です。」 「どうして?」 「だって・・・。」
頬を伝うのは、涙なのか雨なのか。
しかし、私は少し乱暴に彼女の腕を掴み、歩き出す。
「待って。ねえ。待ってったら。」 彼女は叫ぶ。
とりあえず、手近な喫茶店に飛び込む。彼女は僕の部下で、普段は明るい女性だ。
「どうしたの?」 「すみません。個人的なことなんで。」 「そうか。だが、あの場合、見過ごすわけにはいかなかった。」 「分かってます。」
彼女の体は小刻みに震えていた。
「寒いか?」 「ちょっと。」
だが、震えているのは、彼女の体ではなく心だろう。
「もう会えないって言われたんです。それで、私。」
コーヒーでは彼女の体はとても暖まりそうにない。
「おいで。」 私は、伝票を掴み、レジに向かう。
「どこへ行くんですか?」 「ホテル。」
私は、黙って彼女の手を引いて歩き始める。
ビジネスホテルが立ち並ぶ道に差し掛かる。 「適当に入るよ。最近のホテルは設備がいい。服だって乾かせる。」 「はい。」
小奇麗なホテルを適当に選び、フロントに向かう。
私は思う。
これで、花束が買えなくなるな。
--
「落ち着いた?」 「ええ。」 「シャワー、浴びてきなさい。」 「でも・・・。」 「大丈夫。変なことはしない。それより、このままじゃ風邪をひく。」 「分かりました。」
素直にうなずくと、彼女は立ち上がる。
シャワーの音が響き始めたところで、私は部屋を出て、ホテルを出たすぐのところにあるコンビニでビールのパックを買う。
私は、また、思う。
これでケーキが買えなくなるな。
--
彼女がバスタオルを巻いた体でベッドの縁に腰掛けている。
「ビール。飲むだろう?」 「はい。」
もう、声も落ち着いていて、震えは泊まっている。
私は、ビールを差し出しながら、自分の分も手にする。
「ありがとうございます。」 彼女は小さな声で礼を言う。
「まったく。びっくりするじゃないか。君らしくもない。」 「ほんとですよね。私もびっくり。」
彼女はビールをぐいっと飲んで、へへっと笑う。
ああ。いつもの彼女だ。元気だけが取り柄で。男性が多い部署で、ただ一人の女性。みんなのマスコット的存在だ。
「大学の時、バイトで知り合ったんです。バイト先のマネージャで、私に仕事を教えてくれたりして。もう、五年ぐらい。ずっとあの人のことだけを考えて生活してたんです。」 「・・・。」 「なのに。他の人と結婚するって。なんだか、腹立って。最後の時間を上手く過ごせなくて。彼に置いてかれて。」 「なあ。」 「はい?」 「お前、幾つになったっけ?」 「25です。」 「若いなあ。」 「若くないですよ。全然。」 「いや。若いよ。うん。悪い意味じゃなくて。」
いつのまにか、彼女が私のすぐそばまで移動して、寄り添うような格好になっている。
「でもね。分かってたんです。私。彼に甘えてたって。私よりずっと大人で。無理言って会ってもらって。本当は対等には扱ってもらえてなかった。妹っていうか。で、彼も弱くて、私が頼んだら拒めなくて。」
私は、ビールには口をつけず、二本目の煙草。
「ねえ。課長。私のこと、今晩抱いてくれませんか?今日だけ。彼の代わりに。駄目ですか?」 「・・・。」 「明日からは普通にして。今日のことは全部忘れますから。ね。だから。」 「駄目だ。」 「どうしてですか?奥さんのことが気になりますか?それとも、私が魅力的じゃないから?」 「いや。きみは魅力的だ。」 「だったら・・・。」 「それはできないよ。」
私は立ち上がり、もう一枚大きなバスタオルを彼女の肩に掛ける。
「服、乾いたか見てきてやるから。」 「課長。」 「今なら、まだ、そんなに遅くない。な。」
私は、彼女を残し部屋を出る。
--
戻って来た時には、彼女は少しばかり明るい表情。
「早く着替えなさい。待ってるから。」 もう一度部屋を出る。
--
ホテルから出ると、もう雨は止んでいる。
「ねえ。本当のこと教えてください。課長、本当はどうだったの?私を抱きたくなかった?」 「うん。かなり迷ったけどね。でもさ。明日。」 「明日?」 「ああ。明日。いつもみたいに部署のみんなと笑って仕事がしたい。もちろん、きみとも、いつもみたいに冗談言い合って笑って仕事がしたかった。その幸福とは引き換えにできなかったんだ。」 「分かります。多分、私も。」 「そうか。じゃ、明日もしっかり仕事してくれよな。」 「やだ。ひどい。」
私達は、笑う。
まだ電車がある時間だったが、心配だったから彼女をタクシーに乗せる。 「真っ直ぐ帰るんだぞ。」 「はーい。」
私は走り去る車が消えるまで、そこで見送る。
それから、慌てて。今なら終電に間に合う。走った。
私は走りながら計算する。
今渡したタクシー代で、レストランの食事代が飛んでったな。
--
自宅の玄関前で、私は大きく息を吸う。玄関の向こうでは、妻が起きて待っていることだろう。
11回目の結婚記念日。花束も、ケーキも、レストランの食事も、今日は何もない。
きっと、きみは、僕が一番恐れる笑顔で、ドアの向こうにいるだろう。
一晩中。僕は、一晩かけて君をなだめる。朝を迎える頃、僕は、勝ち誇った君を前に、従順なしもべとなることだろう。なぜなら僕は君にぞっこんだから。
そうして、あらためて、仲直りのキスと結婚生活の継続に、乾杯をすることだろう。
|