セクサロイドは眠らない
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2003年11月20日(木) |
彼にさえ苛立ち始めた。私に必要なのは、抱き締めてもらうこと。だが、彼にはそれが出来ない。 |
彼と出会ったのは、一年中カラリと晴れた南の島だった。短大の卒業旅行で友達と一緒の予定が、急に友達の都合が悪くなり、私一人でその島を訪れたのだ。
なぜ、そんな島を選んだのか分からない。友達が見つけたその島は、何もない島だった。日本からの添乗員は同行してくれず、旅行会社の人が空港まで見送ってくれただけだった。「生水は飲まないでくださいね。それから、正露丸。これでたいがい何とかなります。」そんな簡単なアドバイスだけで送り出された。
島は、風もなく暑かった。
着いた日の翌日の午後、退屈して浜まで出てみた。
男がいた。男は熱心に海の向こうを眺めていた。
「何かあるんですか?海の向こうに。」 思わず、訊ねた。
「何もないよ。何もないけど。海は、向こう側と繋がってるから。待ってるんだ。」 「何を?」 「何か。うん。僕にも分からない。」
男は初めて、振り向いた。彼は、体が砂で出来ていた。
目をパチパチとしばたかせて、私を見て、 「海の向こうから来たんですか?」 と、言う。
「ええ。」 「良かったら。その。一緒に歩きませんか?」 「そうですね。」
私達は、歩いた。それから話をした。短大を出るまで異性と付き合った経験のない私は、ただ、歩くだけのデートにときめいた。
私達は、ただ、歩いて歩いて。歩いた先にあった、「結婚」という文字を手に取った。
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私達は、そんな島で、宿泊客を泊める仕事を始めた。
私は、その島があまり好きではなかった。風は止まり、滅多に海の向こうからは人が訪れない。海の向こうを眺めているしかすることがない。
仕事は楽だったが、退屈だった。家は砂でザラつき、何度掃除しても皮膚に砂がまとわりつく。料理もベッドメイクも、砂男ではなく私の仕事だ。
最初のうちは、砂男との生活に有頂天になり、それら全部に満足していた。日本では得られないシンプルな生活。島の人の飾らない性格。島で挙げたささやかな結婚式。両親は心配してくれたが、末の娘のわがままだと割り切り、「いつでも日本に戻っておいで。」とささやいて帰って行った。
砂男は、いつでもそんな私を心配してくれた。私は、そんな彼にさえ苛立ち始めた。私に必要なのは、抱き締めてもらうこと。だが、彼にはそれが出来ない。強く抱き締めた途端、ばらばらに崩れてしまう。そばに愛する人がいるのに抱き合えない寂しさが、私を次第に蝕んで行く。
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ある日。珍しく客が来た。私は嬉しかった。砂男と二人の生活で息が詰まりそうだったのだ。
顔の半分が髭で覆われていて、沢山の金貨をちらつかせた。お金など必要のない島だったが、私はその金貨に目を奪われた。
「少し長く泊まりたい。」 「分かりました。」
私は、男のために、久しぶりに腕を振るい、熱いスープを作り、表面がパリッと香ばしいパンを焼いた。砂男は何も食べることができない体だから、私はいつも私の分しか食べるものを作らないのだ。
私は男の部屋に料理を持って行った。
男はすぐさま、パンをちぎり口に入れた。 「うん。うまい。」
私は、顔を赤らめた。そんな風に物を食べる姿に見とれてしまっていた。
物を美味しそうに食べる人が放つエロティックな空気が、あまりにも濃厚だったのだ。
「いえ。あの。良かったら、見ていていいですか?」 「いいよ。」
男は黙って食べる。私は黙って眺める。
「日本から来たのか。」 一息ついて、男は訊ねる。
「はい。」 「こんな何もない島に?」 「ええ。」 「変わった女だな。」
私は、顔をますます赤らめる。
「ごちそうさま。美味しかったよ。」
私は、慌てて食器を片付けるために部屋を出る。
その夜。砂男の隣で私は眠れない。
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それが恋だと言われたら、素直に認めましょう。砂男との生活に飽き飽きしていた私には、泊り客が放つ圧倒的な雰囲気に酔い、いつまでもそこにいてくれることを願うようになった。
砂男は何も言わない。確かに気付いている筈なのに。何も言わないことが余計に悲しくて、私は、泊り客の部屋に行っては会話する。海の向こうの話。どこかに残して来た、彼の恋人の話。
「どうして恋人を置いて来たの?」 「若かったからな。さんざん迷惑を掛けた。酒は飲むし、他に女は作るし。」 「でも、彼女はあなたが好きだったのね。」 「ああ。だが、それが鬱陶しかった。愛することに夢中で、愛されることに不慣れだった。追い掛けている方が楽しくて、追い掛けられると逃げ回った。」 「今は?」 「今か。どうかな。」 「彼女の元にはもう戻らないの?」 「ああ。」
私は、ふいに彼と二人きりで部屋にいることを強く意識し、手が震えた。
「なあ。亭主を大事にしろよ。いつもあんたを見ている。」 「あなたと一緒よ。私は愛され過ぎるのに上手く馴染めないの。」 「それでも、彼を大事にしろよ。」 「・・・。分かったわ。」
私は、彼が何を言おうとしているのか分からずに部屋を出た。
部屋の外の廊下にはザラリとした砂の感触。
ああ。あなた。今、ちゃんと名前を呼んでくださらないと、私。
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年に一度、嵐が来る。小さなラジオで、いつも嵐の情報を聞く。砂男は、嵐が来たら、一歩も外に出られない。
泊り客の男は、その時期になってもまだ出て行く気配がない。
もちろん、私は嬉しかった。夫は、その心配症の脳みそで、嵐の心配ばかりしていることだろう。それをいい事に、客の部屋に日に何度も足を運んだ。
「もうすぐ嵐が来るの。」 「そうか。」 「うちの人はあんな体だから、外には出られないの。」 「厄介な体だな。」 「生まれてからずっとああだから。」 「うん。」 「でも、私は違う。もっと沢山の刺激を受けて生きていたいわ。」 「まだ若いからなあ。」 「ええ。若いのに。こんな寂しい島で。」
私は、男の髭にそっと触れる。 「髭、剃らないの?」 「うん。恥ずかしいからな。こんなにも変わってしまった俺を、女に気付かれないように。」 「ねえ。その人のこと、まだ好き?」 「ああ。好きだ。」 「それでもいいから。ねえ。抱いて。」
男は、私をじっと見る。
その時、階下でドアが激しく音を立てる。 「嵐だわ。」
慌てて私は部屋を出て、駆け下りる。
だが。
夫がいない。どこにも。どうしよう。あんな体で、嵐の中になど出て行くわけにはいかないのに。
私は、嵐の中、飛び出す。砂男の名前を呼んで、浜辺をさまよう。
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男は荷造りをしていた。
「行っちゃうのね。」 「ああ。」 「今度はどこに行くの?」 「俺を待ってる女のところ。」 「そう。」 「悪いことしたな。俺が、ぐずぐずしていたから。」 「いいの。どっちにしても、私は、私の寂しさしか考えない身勝手な女だったもの。」 「亭主は帰って来るよ。多分。バラバラになるのと死ぬのは一緒じゃない。」 「そうだといいけど。」
私は、男を見送る。
再び、乾きと静けさを取り戻したその島で、私は一人ぼっち。
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それから、一ヶ月程して。私は、砂を。たくさんの砂を。吐く。このところずっと気分が悪かったことを思い出す。
私が吐いた砂の山に手を入れると、そこに小さな小さな人間の形をした砂の固まりが。
ああ。あなた。私達の赤ちゃんよ。
私は、ただ、そっと、砂の赤ちゃんを救い上げる。
その子は、砂男に良く似ていた。それから私にも。
パパはいつか帰って来るわ。
私は、その子に向かって言う。
男の人っていうのはね。そういうところがあるの。焼きもち焼きで。意地っぱりで。愛の言葉を求められると逃げ出しちゃうところがね。だけど、きっと帰って来るわよ。きっと。
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