セクサロイドは眠らない

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2003年11月17日(月) 真っ白な美しい肌。長い真っ黒な髪。体全体がきゅっと締まっていてな。無駄な肉はついてない。

昨夜はひどく海が荒れた。

カラリと晴れた浜辺を歩く。

嵐の残骸に混じって老人が倒れていた。

「おい。大丈夫か?」
返事の代わりに、薄く目を開く。

仕方がないので、老人を肩に担いで帰る。老人の体はひどく軽い。もう、魂の重さすら無いんじゃないかと思えるほど。

--

私は、粥を作って老人の口元に持って行く。老人はノロノロと口を開けるが、半分以上こぼしてしまう。

「食べなきゃ死ぬぞ。」
私は怒鳴る。

そうやって幾日かして、老人は何とか起き上がって布団の上に座るまでに回復した。だが、その目は虚ろで、気が違っているとしか思えなかった。

「じいさん。おい。聞こえてるか?」
「ああ。」
「死にたかったのか?」
「あ?」
「だから。じいさん、なんで倒れてたんだよ。」
「探してた。」
「何を?」
「人魚。」

言葉すら忘れたかのように、ようやく絞り出す声。

「人魚?」
「そう。人魚。」
「じいさん、気は確かか?」
「ああ。一緒に暮らしてた。」
「一緒に?」
「三年。」
「はは。三年ね。」
「うん。三年。」
「で、いなくなっちまったのか?」
「ああ。逃げられた。」

それでも、老人は、結局、単語を並べただけのようなしゃべり方で、人魚の話を語り始めた。

--

あれは、まだ、私が元気で沖に毎日出てた頃の話だ。あの日も海が荒れた翌日だった。網に人魚が掛かったんだ。

「人魚ってのは、あれか?別嬪なのか?」

ああ。そうとも。とても美しい。人間の女の比じゃあない。人魚は、俺に捉まえられても抵抗が出来ないぐらい弱ってた。俺は一目で人魚が気に入り、連れて帰った。尻尾にな。深い傷を負っていた。俺は、毎日、真水で綺麗に洗ってやった。

人魚は、最初はひどく怯えていた。そのうち、俺に気を許すようになり、俺の手から食べ物を食べるようになった。それから、少しずつ言葉を覚えた。

人魚は素晴らしかったよ。陽に焼けていない、真っ白な美しい肌。長い真っ黒な髪。体全体がきゅっと締まっていてな。無駄な肉はついてない。俺は、人魚に惚れちまったさ。人魚に嫌われたくない一心で人魚の世話をした。そんな生活がずっと続けばいいと思っていた。大した事は望まなかった。美しいその生き物を眺めていられるだけで良かった。

最初の一年の間は良かったよ。

だがな。あの声を聞いてから、俺はおかしくなっちまった。

あの夜は暑かった。蒸し暑くて眠れなかったんだよ。だから、水を飲みに起きた。ついでに人魚の体も水で湿してやろうって思ったのさ。その時だよ。うん、うん、と苦しそうな声を人魚が出していたから、俺は慌ててね。だが、俺がそばにいるのに全然気付かない顔で、ただ、背をそらし、口をぽっかりと開けて、何かを欲しがるように身をねじっているんだ。俺は人魚の肩を揺さぶったが、全然俺に気付きやしない。そのまま、三時間ぐらい、人魚は苦しいような悲しいような声を出し続けたよ。

ようやく、ぐったりとした人魚が眠り始めた頃になって、俺は気付いたのさ。自分の体が異様な興奮に包まれていることをね。

ああ。声さ。それから、あの暗闇の中で悶える白い肌。まるで男に抱かれているようだった。

次の晩も。その次の晩もね。

当の本人は、翌朝になると夜の事はすっかり忘れてケロリとしてやがる。

だが、俺はとうとう我慢できなくてね。人魚に問い詰めた。

そうしたらな。自分は知らないと言うんだ。だが、姉さんかもしれないと。

「姉さん?」

ああ。そうなんだ。双子の姉がいると言うんだ。

「それがどう関係するんだ?」

それはな。姉の方は、自分と全く逆だというんだ。魚の上半身と、人間の下半身。それから泣き出した。きっと、どこかの漁師に捕まって、体を弄ばれているんじゃないかとね。

「そんな人魚の噂など、聞いた事ない。」

ああ。最初は俺も否定したさ。だが、しまいには信じるようになった。人魚の出す声が、あまりにも切ないからだ。白い肌が赤く染まり、よじれるところを見たら、お前さんだって・・・。

「それで?どうした?」

そのうち、俺の人魚は、昼間の様子もおかしくなったのさ。最初のうちは、ろくに食べなくなった。だが、半年もしないうちに今度はやたらと飯を沢山食べるようになった。

そう。まるで、お腹に赤ん坊でもいるみたいに食べるようになった。顔は浮腫んでな。

俺は怖れた。その日が来るのを。

だが、とうとう来ちまったのさ。その日がな。朝から大変なことだった。大声でわめき続けてな。脂汗をダラダラ流して。本当に息が止まるかと思ったさ。そうやって、丸一日苦しんだ挙句、本当に死んじまうんじゃないかというような悲鳴を上げてな。

あとはぐったりさ。

--

老人は何度もまばたきをした。泣いているようだった。

「馬鹿なことだがな。俺は信じてしまったんだよ。人魚のお腹の子は、俺の子。ってな。」
「それで?」
「もちろん、赤ん坊なんぞどこにもいない。だが、人魚の乳はたっぷりと張ってなあ。」

老人は、そこで言葉を切る。しばらく口を閉じたまま。

「なあ。男というのは馬鹿だなあ。本当に馬鹿だ。そこにはない女の下半身すら、俺のものと思ってしまう。だがな。だが、ある日気付いた。人魚の目はあらぬ場所を見ていた。俺の顔を見ずに微笑んでいた。俺は、だから、腹が立ったんだよ。この裏切り者ってな。人魚の首を絞めたんだ。」
「殺したのか?」
「いや。殺しきれなかった。俺の子供の母親だぜ?殺せるわけがない。気を失わせただけだった。」

老人は、その場で一緒に気を失ったという。

「気がついた時には、人魚はいなかった。俺の元からいなくなってしまった。」

老人の手が、私の腕をきつく握っている。
「なあ。」
「なんだ?」
「あいつが俺を呼んでるんだよ。海の中から。」
「たとえ生きてたとして、どうするつもりだ?」
「俺の赤ん坊。俺の妻。二つに体を裂かれた女。」

それから、ふらふらと立ち上がり、止めるのも振り切って、老人はどこかへ消えて行った。

--

今日も海が荒れている。

老人は、もう、海にその体を投げ出してしまったのだろうか。

波のまにまに、白い足が跳ねたように見えた。


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