セクサロイドは眠らない
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2003年11月16日(日) |
三年の月日はとてつもなく重かった。多分、私にとっても。だからこそ、それをゼロにしてしまうのが怖かった。 |
■第六回雑文祭■参加作品
私が育ったのは、小さな町だった。
誰もがお互いの名前を知っていて、郵便物には住所なんか書かなくても届く。そんな町だった。
その日、小学生の私は、親友のチカと一緒に帰っている最中、誰かから聞いた噂を口にした。 「ねえねえ。このポストさ。手紙が届いたり、届かなかったりする、変なポストなんだって。」 「へえ。変なの。」 「ねえ。私チカに手紙書くからさ。チカは私に手紙書いて。それで、こっから出してみよう。」 ふとした思い付きが口から飛び出す。
「うん。そうだね。じゃ、私はアケミちゃんに出すわ。」 じゃあ、明日。ちゃんと切手貼ったものを持って来ようね。
そんな約束をして、私達は別れた。
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次の日。私達は、お母さんに頼んで切手をもらった手紙を持ち寄った。もちろん、毎日一緒に遊んでいるから、大した内容ではない。学校から帰る途中、思い切って、せーの、で、手紙を投函した。それから、意味もなくきゃーきゃーと興奮してその場を離れた。
だが、手紙は、予想に反して二日後にはちゃんと届いた。私達はがっかりして、何度か試してみたが結果は同じだった。もっとも、私の住んでいる町では、きっと、切手なんか貼らなくても、道端に落としておけば、きっと誰かがその相手に手紙を届けてしまうに違いない。そんな町だった。
それからは、そんな噂があったことすらすっかり忘れて、私は、何度もそのポストを使った。いつも読んでいる雑誌の全員プレゼントの応募券も、一足先に町を出てしまった友達への年賀状も。いつもちゃんと届いていた。
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時が過ぎ、大学に行くために、私はその町を出た。チカは病気の母のために大学をあきらめ、その町に残ることになった。
「じゃあね。手紙出す。」 「あのポストから?」 「そう。あのポストから。」
私達は、幼い日の出来事を思い出して笑い合った。
それから、走り出す電車の中から手を振った。
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大学を終えた私は、そのまま町に戻らず就職をした。今でも、故郷の町を思い出す。離れてみて、改めて、あの町の良さが思い出される。まとまった休みが取れたら必ず帰っていた。
その日も、まだ、冬に入る前。私は、チカに電話を掛け、町に立ち寄る約束をした。チカは同級生との間に子供を三人もうけ、すっかりいいお母さんになっていた。
「久しぶり。」 「あはは。すっかりお母さんしてるわねえ。」 「アケミは変わらないわねえ。いいなあ。キャリアウーマンでしょう?」 「そんないいもんじゃないわよ。この不景気で給料も減らされちゃうしさ。で?今日は子供は?」 「アケミんちのお母さんが預かってくれてる。いいお母さんねえ。」 「あはは。私がいつまでも結婚しないもんだから、チカのところの子供が自分の孫みたいに思ってるのよね。」 「今夜は遅くなるって言ってるから。」 「了解。付き合ってもらうわよ。」 「ね。ちゃんと話てよね。」 「え?何を?」 「何って。なんか上手くいってないんでしょ。だから帰って来てるんでしょ。アケミはいつもそうなんだから。」 「まいったなあ。」
私達は、これまた小学生の頃からの同級生のタクヤがやっている店に入った。 「お。久しぶり。」
タクヤは、すっかりたくましくなっていい男になっていた。カウンターの向こう側から私に手を差し出して来た。私はその分厚い手をぎゅっと握る。
「奥の席に行くね。今日は女同士、じっくり話すんだからさ。」 「オッケー。」
それから、店のサービスといっては出てくるピザやパスタをつつきながら、私達は小学生のあの頃の気分に戻っておしゃべりをする。他愛のない話。 「ね。タクヤね。すごい若い奥さんもらったんだって。」 「へえ。」 「まだ19よお。」 「えー?この町の子?」 「違うって。」 なんてこと、噂しながら。
もう、酔いもすっかり回った頃、 「そろそろ話しちゃいなさいよ。」 と促されて。
私はポツリポツリと、会社の上司との行き場のない恋愛が、ついに終わった事を打ち明ける。 「馬鹿みたい。私。よく分かったわ。あの年齢の男はね。ちゃんと決着のつけ方が分かってるの。そりゃ見事なものよ。私じゃなくて自分が振られたように演出できるの。」 「私は、旦那一筋だから分からないけどさあ。アケミ、いっぱい傷付いて、すごく大人になったね。」
私は、ただ、泣いていたかった。この町で泣いて、それから朝を迎えれば、元気になる気がしていた。
どれくらい飲んだかも分からない。
チカが、 「ちょっと、タクヤ。アケミ頼んだよ。」 と言ったのは覚えている。
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「どう?具合?」 そこは、簡素な四畳半のアパートの一室だった。
「頭痛いー。」 「そりゃ、すげえ飲んでたもんな。」 「何か食う?」 「ううん。いらない。」
タクヤが笑って、私にグレープフルーツジュースを差し出す。私はそれを一気に飲み干す。
「何か、チカから聞いた?」 「いや。何も。」 「そっか。馬鹿みたいね。この町に来ると安心しちゃって、飲み過ぎちゃうの。」 「嬉しいよ。」 「・・・。」 「俺、アケミが帰って来るの、すげえ嬉しいよ。」 「やだ。そんなマジな顔して言わないでよ。」
私は、布団にもぐる。
私は、急に思い出したのだ。やっぱり小学生の頃、私とチカで、タクヤの事が好きだって打ち明けあった事。
「なあ。俺、アケミの事好きだったんだぜ。でもさ。お前、学級委員までしててさ。俺のことなんか眼中にないって感じで。俺、落ちこぼれだっただろう。だから、相手にしてもらえないって。内心そうだと思い込んでいたよ。」 「・・・。」 「だからさあ。球技大会の前の晩、お前が俺に電話掛けて来た時は、ものすごく嬉しくてさ。」
私は、布団の中で泣いていた。ねえ。何で今、そんな話をするの?
「変な話してごめんな。なんか、こういう時でもないと言えないと思ってさ。とにかく、お前、今でもいい女だよ。無理すんな。ここにいつでも帰って来て、休んで。」
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私と、くだんの上司は、まだ、ほんの少しズルズルと続いた。それはもう、愛でも恋でもない。お互い、わずかばかりのメリットのために、体だけ重ねた。
すっかり疲れた私は、会社を辞め、実家に戻ることにした。
上司は、 「寂しくなるな。」 と言ったが、その顔は重荷が降ろせると安堵している男の顔だった。男と続いた三年の月日はとてつもなく重かった。多分、私にとっても。だからこそ、それをゼロにしてしまうのが怖かった。
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故郷に帰る事は、チカにさえ言わなかった。狭い町だから、すぐに伝わってしまうだろうけど。私は、しばらく一人になって考えたかった。チカにも、タクヤにも、他の友人にも、甘えるのは嫌だった。
「手紙、来てるよ。」 母が差し出した手紙。
なぜか、東京の住所が書かれていた。
中身はタクヤだった。
「昨日はごめん。」 から始まっていた。
昨日?
タクヤと会ったのは、半年も前だ。
先を読み進む。
そこには、若い妻とは上手くいってないこと。私と会って、やっぱり私のことを好きな自分に気づいたこと。今、離婚手続き中だが、きちんと決着がついたら、また逢いたいこと。などが書かれていた。
その日は、日曜で、タクヤの店は休みの筈だった。
だが、私は、タクヤの店に走る。
店には、タクヤが一人で煙草をふかしていた。
「アケミ。帰って来てたのか?」 「うん。誰にも内緒でね。」 「そっか。」 「手紙・・・。」 「ああ。あれね。届いたとは思わなかったな。ほら。あのポスト。あそこから手紙出しても、手紙届かない事があるっていう噂、あったじゃん。だから、届いてないかもって思った。正直、お前から返事がなくてホッとしたよ。つまんない手紙で、俺らの友情まで壊しちゃうのって怖いからな。」 「ね。離婚したの?」 「ああ。やっぱ、この町を好き過ぎなんだな。俺。他所から来た嫁さんには、そういうのが我慢できなかったみたい。」 「私も、この町が好き。」 「そっか。」 「だから、帰って来た。」 「何か飲むか?」 「うん。」 「待ってな。」
うん。待ってる。時間は、たっぷりあるから。
手紙をもっと早くにもらってたら、私は、急ぎ過ぎて駄目にしていたかもしれない。寂しさを埋めるために、タクヤに抱かれていたかもしれない。タクヤもきっとそうで。
だから。あのポストのいたずらに感謝を。
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