セクサロイドは眠らない

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2003年11月15日(土) 三年前に離婚した。お互いの仕事の都合だとか、何やら分からない説明をしていたが、小学二年生の僕にだって。

■第六回雑文祭■参加作品

日曜日。僕の誕生日。父さんは、
「じゃあ、仕事に行ってくるから。」
と言って出かけてしまった。

入れ替わりに母さんとお姉ちゃんが何やら買い物袋とか、沢山持ってやって来る。

「お誕生日おめでとう!トオル。」
母さんが僕にでかい箱を差し出す。

「聞いてない。」
怒っているような声が口から飛び出す。

「え?」
「今日、父さんが仕事なんて聞いてなかった。」
「しょうがないじゃない。急に仕事が入ったって。」
「母さんが来るからだろう?」
「・・・。」

僕の父さんと母さんは三年前に離婚した。その時は、お互いの仕事の都合で別に暮らすことになったとか、何やら分からない説明をしていたが、小学二年生の僕にだって分かっていた。

お姉ちゃんは、母さんに付いていく事になった。なら、僕は父さんと一緒にいる。咄嗟にそう言ったものの、何でどちらかを選ばないといけないのか、全然分からなかった。分かるわけないじゃないか。今日だって。父さんも、僕の誕生日を祝ってくれると思ってたのに。母さんが来るから、父さんは顔を合わせなくて済むように出掛けてしまった。

そうだ。

僕はずっとずっと怒っていた。

母さんは、エプロンを着け、お姉ちゃんに「手伝って。」と声を掛けて、台所に立った。

僕の好きな鶏の唐揚げや、ポテトサラダが並び始めた。おいしそうなパウンドケーキの匂いもし始めた。

僕は、部屋に閉じこもって、何だか悔しくて泣きそうだった。

ノックの音がする。僕は返事をしない。

「入るよ。」
お姉ちゃんが入って来た。

「出てけよ。」
「ね。おいでよ。お母さん、あんたの好きなものばっか用意してくれたんだし。」
「要らない。」
「そんな事言わないで。」
「要らないったら。」
「あの。さ。これ、今日は言わないつもりだったんだけどね。あたしたち、もう、今までみたいに月に一回とか、あんたに会いにこれないんだよ。」
「・・・。」
「これ、内緒なんだけどさ。母さん、さ来週の日曜日、結婚するんだ。」
「・・・。」

何?結婚って。僕は、腹が立って声が出なかった。ねえ。どうして、母さんだけで決めるんだよ。どうして、お姉ちゃんはそういうこと、腹が立たないんだよ。

「あんただって、もう五年でしょ?いつまでも拗ねてないでさ。母さんと話ししてあげてよ。母さん、ずっと悩んでたんだから。」
「悩むなら・・・。悩むなら、うちを出て行かなきゃ良かったんだよっ。」

僕は、姉ちゃんを突き飛ばして、部屋を出て、そのままの勢いで玄関を飛び出した。靴も履かず。

それから、河原まで走ってった。

そういえば、さっきお姉ちゃんも泣いてた。僕は、いきなり思い出した。お姉ちゃん、なぜか泣いてた。母さんと一緒だと思ってた。いろんな事がもう、中学生になったお姉ちゃんには分かってて、だから平気なんだと。内心そうだと思い込んでいた。

何十分か。何時間か。僕は、河原で雲を見ていた。

パッパー。

背後でクラクションが鳴るから振り返ると、父さんの軽トラが見えた。父さんが、うなずく。僕はノロノロと立ち上がり、助手席に乗った。

「どうした?」
父さんが訊いた。

「ん。」
「母さんが待ってるんじゃないのか。」
「ああ。」
「帰ろう。」

僕らは無言で帰った。

家には母さんがいて、お姉ちゃんが僕の顔を見て、軽くおでこを小突いて来た。

僕らはそのまま何も言わずに料理を食べた。

母さんは、帰り際、
「じゃあね。」
とだけ言った。他に何か言いたそうだったけど、何も言わなかった。

僕はどうしてそんな事をとっさに言ったのか、分からない。
「ねえ。さ来週の日曜、僕、野球の地区大会があるんだ。来てよ。」

母さんは、無言でうなずいた。

ほんと、どうしてあんなこと言っちゃったんだろ。きっと、何も言わない母さんに腹が立って、意地悪してみたくなったんだ。

--

当日はよく晴れていた。

僕は、実際のところ、補欠だった。本当は、だから、母さんに見に来て欲しいっていうのは本心じゃなかったんだ。ま、来るわけないけどさ。母さんの花嫁姿を想像しようとするが、どうしても出来ない。母さんは、花嫁じゃなくて、母さんだ。

「おーい。トオル!」
振り返ると、応援している父兄に混じって、父さんがいた。いつもみたいにカーキ色の作業着じゃなくて、スーツを着ていた。変なの。僕はなんだか笑えた。僕がいつも、父さんの作業着を恥ずかしがってるのを知ってて、スーツを着てきたんかな。どうせ、出番ないのに。

僕は、負け試合を精一杯応援した。点差は一点。

とうとう一点差のまま、最終回を迎えた。

「トオル。代打。行け。」
監督が言った。

僕はびっくりして監督の顔を見た。
「トオル。思い切って行けよ。」

僕は、うなずく。正直、何で僕か分からなかった。去年、四番を外されてから、ずっと打ててなかったし。

僕は、バットをぎゅっと握って、応援席を振り向く。

母さん?何で母さんが?

花嫁さんの格好をしてるわけじゃない。普通の服を着て、母が何か口に手を当てて叫んでいた。お姉ちゃんも横で僕に手を振ってた。

僕は、大きく息を吸って、ピッチャーからのボールを待つ。体がふうっと大きく軽くなった気がした。

それからは、ゆっくりと飛んでくる玉を、これまたゆっくりと大きく振ったバットが捉えて、とても綺麗な音が響いた。ボールは、空へ空へ高く飛んだ。

ああ。

その時、僕は全部分かったんだ。母さんは、僕と離れて、知らない誰かと暮らしても母さんで。お姉ちゃんだって、いつまでも僕のお姉ちゃんで。僕らは永遠に家族だってこと。

そんな事が急に分かって。

秋の空、歓声が響く中、僕は走り始める。

僕は、後で、母さんに「おめでとう。」って。そう言える気がしていた。


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