セクサロイドは眠らない

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2003年11月13日(木) そうして、無理矢理どこかに行こうとしない感じで抱き合う。それだけで良かった。彼の前では、何かを望むことすら無意味に思えた。

いろんなものを求め過ぎると何もかもが逃げて行き、求めることをしなければ向こうから押し寄せて来るものだ。

私にとって、生きるとはそういうこと。

資産家で、幾つもの会社を持ち、月の大半をあちらこちらと飛び回って過ごす夫の元で私は退屈な主婦だった。あんまり退屈だったからインポートの雑貨をネットで販売する商売を始めたところ思った以上に売れ行きが良く、いつの間にか50人あまりのスタッフを使うようになっていた。自分から望んで手を広げたわけではない。周囲があれこれと助言してくる中、私の小さな脳みそが理解できることを言う人にだけ従っていたら、気付けばちょっとした規模の会社に成長してしまったのだ。

夫は、
「きみのセンスが良かったからだよ。」
と言ってくれた。

今では、片手間とは言っていられず、会社でひっきりなしに判断を下していかなければならなかった。もはや、私の仕事は判断し、決断すること。主婦のままごとみたいな会社ではなくなっていた。子供のいない私は、夢中になって会社経営に打ち込んだ。

夫とも、いつの間にか、対等にビジネスの話をするようになっていた。

それはそれでとても楽しかったのだけれど。

--

息抜きがしたくなったのだと思う。

久しぶりに仲間内の集まりに出掛け、立場も忘れて学生の時のようにはしゃいだ。そこで再会したのが、彼だった。

冴えない服装。無口で、みんなの話をニコニコと聞きながらお酒を飲んでいる男が沢木だった。

昔から物静かな男で掴みどころが無かった。

「久しぶりね。」
私は、グラスを持って彼の隣に移動した。

「うん。久しぶりだ。何年ぶりかな。」
「もう、五年ぐらいになるかしら。」
「綺麗になったね。」
「やだわ。」
「本当だよ。仕事が上手くいってるんだって?」
「お陰様でね。遊び半分で始めたのが、いつの間にか本気になったってところ。」
「もともと才能があったんだね。きみが結婚と同時に仕事を辞めて家に入ってしまうなんて不自然だと思ったよ。」
「子供でもいたら良かったんでしょうけどね。」

私は、煙草を取り出す。
「いいかしら?」
「ああ。構わないよ。」
「煙草を吸って、お仕事の話ばかり。男みたいな生活よ。それよりあなたは?」
「僕?僕は、何もしていない。」
「お仕事は?」
「辞めた。」
「じゃあ、どうやって食べてるの?」
「アルバイトしてる。」
「将来はどうするの?」
「さあ。どうするかな。いいんだ。養わないといけない家族がいるわけじゃないし。」

沢木は、それ以上でもそれ以下でもなかった。ただ、最低限の「生きる」という事を誠実にやるだけで満足する男だった。

それが心地良かった。私が仕事の話をしても、それを自分に結びつけてあれこれと言うこともしない。そのもどかしいような踏み込めなさが却って新鮮だった。

「ねえ。あなたの部屋に行きたい。」
「いいけど・・・。やっぱり、まずいんじゃない?」
「だって。」
「しょうがないなあ。わがままな子だね。」

彼も、また、心のどこかで私との再会を喜んでいるように見えた。

私と彼は、そっと席を立ち、冷たくなり始めた秋の風に頬をさらした。

--

それだけで良かったとも言えるし、もっと沢山のものを望んだとも言える。

私は、沢木にのめり込んで行った。

彼がお金のことで引け目を感じないよう、もっぱら彼の部屋で午後を過ごす。私は、他人に指示を求められる生活から逃れるように、彼の部屋に通った。

彼の前では、値の張るアクセサリーが恥ずかしかった。隙のないメイクも。今年流行りの色のスーツも。

そうして、無理矢理どこかに行こうとしない感じで抱き合う。

それだけで良かった。彼の前では、何かを望むことすら無意味に思えた。

--

ふいを突かれて、私は立ちすくむ。

夫の手には、分厚い封筒。

頬を打った痛みに、ゆっくりと手をやる。

「調べたよ。きみの行動。」
「あなた・・・。」
「ちょっとぐらいなら見逃すつもりだった。短い間で終わるならね。だが、少しずつ会う時間が長くなっている。どこかで手を打たないとどうにもならなくなると思ってね。」
「ひどい。」
「ひどいのはどっちだ?」

私はどうなるのだろう?彼との時間は、どうなってしまうのだろう?

「明日、沢木とかいうやつと会う事にしている。」
「ねえ。お願い。私の問題よ。私が彼に言うわ。」
「駄目だ。もう、きみだけの問題じゃない。」

私は、泣き喚いて夫にすがりつく。夫は、私の手をそっと外すと、背を向けた。

--

沢木がどうなったかは、知らない。夫のことだ。きっと、私が二度と会えない場所で暮らすように、金も住まいも手配したに違いない。沢木もまた、黙って従う男なのだ。女を巡って誰かと争うようなことは決してしない男だ。

ベッドで横になっている私に向かって、夫は言う。
「しばらく仕事は休みなさい。何もかも、元通りになるまで。」

私は返事をしない。

せめて、私がなぜ沢木にのめりこんだかを訊いてくれたなら。せめて、どうすれば元に戻れるか一緒に考えてくれたなら。

だが、夫は、
「仕事に行く。」
と言って、部屋を出て行った。

私は、ようやくベッドから起き上がり、会社に電話を入れる。一番有能なスタッフを呼んでもらい、
「しばらく休むわ。ええ。ちょっと働き過ぎだったから。その間、会社の方はあなたに任せるわ。大丈夫。」
とだけ。

それから、薬を。ずっと長く眠りに就く事ができる薬を沢山。

もう、何もかもが元には戻せない。

ちょっとした事だったのに。どこにも行かずにとどまる生き方を、沢木に教えて欲しかった。思い出させて欲しかった。それは、もう、叶わない。


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